第12話「ツッコミ芸人と破壊神、ネタ作りをする」

「一晩考えたんじゃが……やっぱり余にはネタ作りとか無理だと思うのじゃ……」


 次回公演について教えられ、エルヴィーラ主導でネタを考えてもらうと告げた翌朝の朝食後。目の下にくまを浮かべてエルヴィーラはそういった。


「どうした? やけに自信がなさそうじゃないか?」

「いや、じゃって貴族が視察にくる公演とかすごい重要なやつじゃろ!? なのに今まで一度もネタを作ったことがない余が作るの、あまりにも無謀だと思うんじゃが!!」


 エルヴィーラがそう言っていると、ディアが横から口を挟んできた。


「アタシもちょっと理由を聞かせてもらいたいな。反対、ってわけじゃないけど、冒険だとは思う。エルヴィーラにネタを作らせたいなら、何も次の公演じゃなくてもいいんじゃないのか?」


 ぶんぶんと首を縦に振り同意するエルヴィーラ。だが、俺は首を横に振った。


「いや、むしろ大舞台だからこそエルヴィーラの力が必要だと思う」


 俺の答えに、ディアは興味深げに目を見開いた。


「ほう……そこまで言うからには、実はエルヴィーラには隠されたネタ作りの才能が」


 ディアの言葉に、俺はニヤリと笑った。

 エルヴィーラは少し驚き、そして何かを確かめるように自分の手をニ、三度握り、自信ありげに笑った。


「無いと思うけど」

「無いんかい! じゃあさっきのニヤリはなんだったのじゃ?」

「お前も今のグーパーはなんだったの?」

「なんか身のうちから溢れ出る力とか実感できないかな……と思って……」

「ネタ作りの力があってもそれじゃわからないと思うぞ」

「冷静にツッコまんで欲しいのじゃ!!」


 俺とエルヴィーラのやり取りを見て、ディアは首を傾げた。


「とりあえず、今のやり取りからはエルヴィーラが意外とツッコミも行けそうなことぐらいしかわからなかったんだけど」

「な、ディアもそう思うよな。今度ネタに仕込んでみようと思うんだ」

「それは別にいいんじゃけど! それよりもなんで余にネタ作りやらせるかの説明がほしいんじゃが!」


 そう言えばそんな話だった。

 ちなみに、他の団員たちは飯を食べたら早々に自分たちの作業に戻っていた。信頼されているのか、俺とエルヴィーラのやり取りなど慣れてきたのか、微妙なところだ。

 一応制作進行の管理をしなければいけないマイが笑いを堪えながら俺達のやり取りを聞いていて、その横でまだ慣れていないリンがオロオロしていた。

 俺はふむ、とうなずいてからエルヴィーラにネタ作りを任せたい理由の説明を始めた。


「色々あるが、一番の理由が二人で考えたほうが絶対に面白くなるからかな」


 ブレインストーミングの手法に触れるまでもなく、アイデア出しは複数人でやったほうが効率的なのは言うに及ばない。

 本当はもっと早くからエルヴィーラが本格的にネタ作りに加わってほしかったのだが、まずは舞台慣れするところから始めるべきだと思ったのであえてそうしてこなかった。


「だが、今回は貴族様の視察が来るんだろう? だったら、少しでも面白くできるように努力すべきだからな」

「それにしたって、メインはマサヤでいいんじゃないのか?」

「そこはまあ、俺の希望だな。プレッシャーのかかる舞台に挑戦できる機会があったら、積極的に挑んでいって欲しい。荒療治だがそっちのほうが伸びが早いからな……まあ、わがままだってんのは分かってるから、ディアが止めるなら俺メインで行くが……」


 気楽に数をこなすのもハードな経験をするのも等しく重要だが、後者を経験できる機会の方が圧倒的に少ない。だから機会は逃したくないのだ。

 俺の言葉に、ディアは軽くうなずいた。


「ああ、いいぜ」

「ええ!? よ、良いのか!? だって余じゃぞ!」


 ディアの言葉に驚くエルヴィーラ。彼女の背を、ディアがバシバシと叩いた。


「ピンチはチャンス! プレッシャーを前に成長する展開って燃えるじゃねえか! なに、マサヤもちゃんとサポートしてくれるんだろ? だったらアタシは文句ないぜ。マイもいいよな?」


 声をかけられたマイは、ため息をついて首を振った。


「私は正直反対ではあるんだけど……どうせお姉は言うこと聞かないし、マサヤとエルヴィーラはうまくやるんでしょ?」

「ははっ、分かってるじゃねえか」

「褒めてないからね」

「と、言うわけだ。頑張ってくれよ、エルヴィーラ!」


 退路がたたれてがっくりと肩を落とすエルヴィーラ。脳天気に笑いながらエルヴィーラの肩を叩くディア。そんな二人を呆れ顔で見ているマイ。

 そしてリンは、少しだけ眩しいものを見るように皆のやり取りを眺めていた。



―――――



 ディア達にも見捨てられたエルヴィーラは、彼女らが去ってから盛大なため息をついた。


「もう駄目じゃ……おしまいじゃ……」

「いや、なんでそんなこの世の終わりみたいな顔をしてるんだよ」

「この世の終わり……? ふふ、そっちの方がマシじゃわい」

「そんなことないだろう」

「だって余が自分で起こせるし」

「そうだった!」


 相変わらずの破壊神である。


「大体、なんでそんなに凹んでるんだ? 昨日の夜にネタを考えてもらうって言った時は、そこまででもなかっただろ?」


 俺が聞くと、エルヴィーラはしょぼんと小さくなった。


「そりゃの、余も昨日の夜言われた時はまあ、案外できるかな? とか思っておったんじゃがの……それで朝までになんかすごいネタを考えてびっくりさせてやろうと思って考えたんじゃが……」

「目の下のくまは寝ずにネタを考えてたせいか」


 俺の言葉に小さくうなずくエルヴィーラ。

 なるほど、エルヴィーラは初心者が陥りがちなミスをしてしまったようだ。これは俺の責任でもあるので少し反省だ。

 俺は優しくエルヴィーラの肩に手をおいた。


「いいか、エルヴィーラ」

「マサヤ……」

「いきなりネタなんて作れるわけないだろ」

「ひどいのじゃ!? こうなることが分かっておったのか!? じゃあなんで余にネタを作れって言ったんじゃ! この鬼! 悪魔!」

「お前は破壊神だけどな。ま、しかし俺の説明不足が原因だったのは認めるよ」


 エルヴィーラは首をかしげた。


「説明不足、とな?」

「ああ、エルヴィーラ。ちょっと聞きたいんだが、お前、どうやってネタを作ろうとした?」

「そりゃ、どんなふうにネタを初めて……で、ボケをいれてツッコミをいれて……ってやろうとしたんじゃが……最初のボケから全然出てこなくて……」


 そこでまたしょぼんと肩を落とすエルヴィーラ。もう地面に寝そべらんばかりである。


「うむ。見事によくある失敗パターンだな。いいかエルヴィーラ、ネタの考え方には順序ってもんがあるんだ。それに沿えば簡単に……とは言えないけど、少なくともまったく何も出てこない、ってことはなくなると思う」


 俺の言葉に、疑わしげな視線を返すエルヴィーラ。どうやらよほど自信喪失しているらしい。


「まず、お前は頭から考えてたって言うが、実は最初の導入……前フリとか、落語で言うと枕とかいうパートだな。そこを考えるのは一番最後でいい。というより、最後の方が良い」

「えっ!?」


 驚いて目を見開くエルヴィーラ。


「フリ、オチ、ツッコミの話はしたよな? フリで『共通認識』を作り、オチで『ズラし』、ツッコミでそのオチを強調する、と。この三段階で、一番重要なのはどこだと思う?」

「それは……オチ、かの?」

「そうだ、フリもツッコミも、言ってしまえばオチを際立たせるためにあると言ってもいい。つまり、最初はオチから考えていくべきなんだ」


 俺の説明を聞いて、ようやく納得したような顔になるエルヴィーラ。

 とりあえず頭からネタを作り始める、というのはやってしまいがちなのだが、本来重要なのはネタの核となる部分『オチ』なのだ。その順序を間違えると、途端にネタ作りは難航する。


「なるほど! つまり最初は面白いオチから作っていけばいいんじゃな!」

「そうだ! だからどんどん面白いオチを考えていってくれ!」

「それができんから苦労しとるんじゃー!!」


 エルヴィーラはノリツッコミも習得していた。


「俺もうかうかしてらんねえな……」

「いや! そういうんじゃなくて! 結局どうすれば面白いオチを思いつくのかわからんのじゃ! やっぱりこれではネタなど作れなかろう!」

「まあ、そりゃそうだ。それはつまり、オチより先に、『テーマ』を決めなくちゃいけないってことだ」

「テーマ、って……あれか? 自然を守らねばならぬ! とか、人類は愚か! とかそういうやつか?」


 エルヴィーラの上げたテーマが明らかに偏っている。一体こいつはどこからそういうのを学んでくるんだ。


「いや、そういうのじゃなくてな。お笑いのテーマはネタの方向性ぐらいのもんだ。例えば、俺達がやった最初のネタは『勇者』がテーマだったし、二番目にやったネタは『焼けば食える』がテーマだったろ。そういうふうに、ボケツッコミに使う題材を決めること、それがテーマだ」

「じゃが、なぜテーマなぞ決める必要があるのじゃ? 普通に面白いボケを一杯繰り出せば良いのではないか?」

 

 エルヴィーラの疑問に俺は首を横に振った。これもまた、初心者のやりがちな失敗なのだ。


「『テーマ』を決めると、ネタ作りもしやすくなり更に笑いも取りやすくなる、いいことづくめなんだ」

「な、なんじゃと!? どういうことじゃ?」

「ちょっと考えてみろ。ヒントは『共通認識』だ」


 むむむ、とエルヴィーラは腕組みをして考える。少し難しかったか、と助け舟を出そうとしたところで、エルヴィーラはポンと手を打った。


「そうか! その『テーマ』があるとそれが『共通認識』になるわけじゃな! 見る側には『テーマ』に沿った話がくるという『認識』ができるから、いちいち『フリ』でどんな話をするか説明せんでよくなってテンポがよくなる。ネタを作る方としても、『テーマ』を軸にネタを考えればいいから考えやすくなるということじゃな!」


 おっ、と思わず声が出てしまった。

 このことに気づける分の内容は教えてきてはいたが、それでもこんなにスムーズにいくとは思っていなかった。

 やはり、エルヴィーラはエルヴィーラなりに笑いに対して真剣なのだ。


「そういうことだ。まとめると、ネタを作るためにはまず『テーマ』を決める必要がある。そしてそのテーマにそって『オチ』を作っていき、そのオチを活かす『フリ』と『ツッコミ』を構築していく……そうして出来た『フリ・オチ・ツッコミ』を使って漫才として『構成』していくことで、ひとつの漫才ができるわけだ」

「んむ? また新しい用語が出てきたの。『構成』とはなんじゃ?」

「実は『構成』が一番重要な要素なんだが……ま、一度に説明しても難しいし、これは後からやってもいい……というより後からやるべき作業だからな。まずは順をおってやっていこう。最初は『テーマ』を決める。そしてそれに沿って『オチ』を作るぞ」

「うむ!」


 目の下のくまは相変わらずだが、エルヴィーラの目には光が戻っていた。これはいいものが作れそうだ、と思いながら、俺とエルヴィーラはネタだしを続けていった。

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ツッコミ芸人、転生する ~破壊神とコンビで目指す異世界お笑いNo.1~ ロリバス @lolybirth

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