第10話「ツッコミ芸人と破壊神と団長、拉致する」

 マイがディアを呼んでいた理由は簡単で、今のままでは仕事が回らないから人を増やして欲しい、ということだったようだ。

 忙しくなった分懐事情も改善されているらしく、一人や二人増やしても問題ないそうだ。

 というわけで、ディアの新人探しにたまたま暇そうにしていた俺とエルヴィーラも同行することになったのだ。


「まあ、だからといって簡単に人が見つけられるわけでもないんだがな」


 と、エルヴィーラに事情を説明するディア。エルヴィーラは首をかしげた。


「む、そうなのか? あれじゃ、冒険者ギルドとかで適当に声をかければ見つかるものではないのか?」

「ああ、お前らの時はそうだったな。けど、そういうパターンは珍しいよ。うちは旅の劇団だからな。入団してもらうとなるとあちこちを回らなくちゃいけなくなる。そうなると、地元だの家族だのあるような奴らは入ってくれないからな」


 まあ、言われてみれば当然のことだった。

 俺とエルヴィーラは見事に行き場のない元生贄と破壊神だったから良かったものの、普通はそれなりに生活もあるしそうホイホイついていくわけには行かないのだろう。跡継ぎになれない農家の三男坊とかならまた別なのかもしれないが、この世界のそのへんの事情に関してはあいにくとまだ良くわかっていない。


「こんな仕事に付き合ってくれるのはまあ、色んな事情で帰る場所がなかったり家を追い出されたりした奴なんだが、そういう奴らって大体冒険者になりたがるんだよなあ」

「ああ、旅の間の護衛を頼んだ冒険者も、なんか若くて目がキラキラしてる奴らが多かったよなあ」


 俺は劇団での移動中に護衛を頼んだ冒険者達を思い出す。確かに若くて希望と熱意に燃えていて、魔物との戦闘もやる気に満ち溢れていた。魔法も使っていた。

 ああいう、具体的な社会貢献ができる仕事と比べると劇団なんぞというものはまあ、虚業である。楽しませることにプライドとやりがいを感じているのは事実ではあるのだが、何か生産的なことをするわけでもなし、志望者が多いわけでもないのはうなずける話だ。


「あ、キラキラしてる冒険者に護衛を頼んでたのは大体ああいう奴らのほうがキャリアが浅くて安いからだ。熟練の冒険者はもっと目が死んでるよ」

「聞きたくない情報をありがとう……」


 どこの業界も世知辛かった。


「んむ。人集めが大変なのはわかったが、それならどうやって新人を見つけるのじゃ?」

「まあ……とりあえずは冒険者ギルドに行ってみるか。それで駄目ならその時考える」

「適当じゃのう」

「こういうのは運命だからな。お前らとの出会いだってそうだったろ?」


 ディアに言われて、俺は出会いを思い出す。運命、だったのだろうかあれは?


「運命も運命さ。小銭を稼ぎに冒険者ギルドまで弾き語りをしに行ったら、門前払いされてる面白い奴らを見つけたんだ。これだ、と思ったよ」

「言い方ひでぇ……」

「結果的にアタシの目に狂いは無かったしな。今回も上手くいくさ」

「うむ! 行くといいのぅ」


 そんな話をしているうちに冒険者ギルドについた。

 どうやらこの街の冒険者ギルドの作りも最初の街と大差ないようだ。酒場が併設され、飯や酒目当ての冒険者でそれなりに賑わっている。

 ディアが冒険者ギルドの受付に向かうと、受付嬢がニコリと微笑んだ。


「ようこそ! 依頼をお受けになられますか?」


 どうやら、ディアの見た目のせいで冒険者と勘違いされたようだ。ちなみに今日もディアは眼帯に鎧装備、見た目だけなら歴戦の女戦士である。


「ああ、いや。酒場でちょっと弾き語りをやらせてもらいたくてな。許可をもらえるか?」

「弾き語り、ですか……?」


 受付嬢は怪訝そうな目でディアを見た。まあ、当然だろう。どう見ても女戦士が弾き語りをしたい、などと言ってやってきたら怪訝そうにもなる。

 ディアは背負っていた袋を下ろした。どう見ても冒険者用の道具袋から出てきたのは、よく手入れされた弦楽器――リュート、とか言うのだろうか――だった。

 ディアは手慣れた手付きでリュートをかき鳴らした。繊細な手つきで奏でられる優しい音色は、何度見ても女戦士のような見た目とはミスマッチだった。

 一通り演奏をして手を止めると、酒場の方から拍手や口笛があがった。ディアはそちらに向けて軽く手を振り、受付嬢に向き直った。


「どうだ?」

「ええっと、そういうことでしたらどうぞ。ただ、諍いが起こってもこちらで責任は持ちませんのでその点はお気をつけて」

「あいよ」


 酒場のカウンターに腰を下ろすディア。俺とエルヴィーラはとりあえずついていく。正直、ここでいきなりネタを披露しろ、と言われても困ったところだ。

 酔っ払いというのはかなり胡乱なので、変なところで笑ったり絶対いけるところで笑わなかったりする。一発ネタなんかに強いとやりやすいのだろうが、漫才の客としてはあまり向いているとは言い難いのだ。


「おうおう! いいぞねえちゃん! もう一曲なんか披露してくれよ!」


 先程の演奏で酔っ払い達の心は掴めているようだ。歓声をあげる酔客を、ディアは手で制した。


「いいぜ、と言いたいところだが――語るにはちょっと喉が乾いていてな。少し潤っていりゃあ、スルスルと言葉が出てくるところなんだが」

「しょうがねえな! マスター! エールを一杯! 俺の奢りだ!」


 ディアの厚かましい要求を、酔客はゲラゲラと笑いながら受け入れる。差し出されたジョッキで唇を潤すと、ディアはリュートを爪弾き始めた。


「さぁて、それじゃあ何の話から行こうか。リクエストはあるか?」

「お涙頂戴って気分でもねえ。なんか英雄譚はあるか?」


 ポロンポロン、と優しい音色を奏でていたリュートが、段々とテンポの良いリズムを奏で始める。


「英雄譚。いいねぇ、アタシも大好きだ。それだったらとっておき、『勇者ディートリンデの決戦』でも語らせてもらおうか。さてさて、破壊神が復活しなかった話は皆知っているだろう。肩透かしを食らった奴らも多いかもしれないが、しかし、破壊神が復活しなかったのは幸福なことなんだ。前の復活は今から数百年も昔、当時の王国騎士団も歯がたたず、世界は滅びを待つばかり……絶望に包まれた王都に現れたのは、一人の村娘・ディートリンデだった……」


 定番の演目なのだろう。朗々と語るディートリンデ。

 俺とエルヴィーラはというとできることもないのでぼんやりと座っていたが、酒場のマスターに睨まれたのでとりあえずエールとつまみを注文した。

 出されたエールを飲みながら、俺はエルヴィーラを見た。エルヴィーラは、食い入るようにディアの語りを聞いている。


「いや、お前が熱中するのどうなの」

「そうは言うがの。やはりディアの語りは格別よ。先の展開は知っているのに余も手に汗握ってしまう」

「お前より先の展開に詳しい奴居ないだろうに」

「なんなら勇者を応援したくなるぐらいじゃ」

「勇者もお前には応援されたくないだろうな……」


 しかし、と俺は思う。

 これだけ語りがうまくて、見た目も美人なのだ。あんな眼帯をした女戦士風の格好をするより、もっと吟遊詩人らしい格好をしたほうが受けるのではないだろうか。

 その辺り、何かこだわりでもあるのだろうか。今度聞いてみようかな、と思いながら、俺は酒杯を傾けた。

 そんなとき、ドン、と何かが俺の身体に当たった。思わず身体がぐらつき、残っていたエールが少しだけカウンターにこぼれた。

 

「あ、わわわ! す、す、す、すいません!」


 見れば、俺にぶつかったのは若いみすぼらしい女だった。

 身長は高いが、身体はガリガリだ。来ている服も継ぎだらけのぼろ。伸ばし放題の髪が顔にかかっていて、表情はうまく読み取れない。

 とはいえ、焦っているのは口調だけで十分すぎるほど伝わってきたが。


「ああ、いや、別に。そちらこそ大丈夫ですか?」

「あ、え、あ、はい」


 おどおどとうなずく女性。

 そこで俺は、彼女が謝りながらもチラチラとディアの方を気にしていることに気がついた。


「好きなんですか、この話? それともディアに何か用が?」

「あ、はい、あの、いえ、あの……」

「むう、落ち着くが良い。ほれ、余のエールを飲め」


 エルヴィーラに勧められたエールにためらいがちに口をつけ、ふっと一息をついてから女性は言葉を続けた。


「あの……ディア、さん? のこのお話が……なんだかとても懐かしくて……つい……」

「ディアが言うには定番の演目らしいからのう。どこかで聞いたことがあったのかの? それとも、ディアにあったことがあるのか?」


 エルヴィーラの問いに、女性はふるふると首を横に振った。


「わ、わからないです……あの……私……その……」


 どうやら、何か事情があるようだ。俺とエルヴィーラは顔を見合わせ、うなずいた。


「まあ、とりあえず余の隣に座るがよい。マスター、こやつにもエールを一杯頼む。それで、名はなんというのじゃ?」


 エルヴィーラに問われて、女性は小さくうつむいた。


「えっと……」

「む、なんぞ話せぬ理由でもあるのか? じゃったら深くは聞かぬが」

「いえ、そういうわけではないんですが……あの……覚えてないんです……」

「覚えてない? 記憶喪失ってことか?」


 俺が聞き返すと、女性は首をかしげた。


「キオクソウシツ……なのでしょうか?」

「じゃが、あれじゃ。ステータス表示するやつ。あれがあれば名前とスキルぐらい分かるのではないのか?」


 エルヴィーラの問いに、女性は再び首を横に振った。

 

「その、ステータス表示? というのがうまく表示されなくて……ステータスがわからないとできる仕事もなくて……ギルドの方のご厚意で下働きをさせていただいているのですが……」


 なるほど、どこかで聞いたような話である。


「ちなみに帰る場所はあるかの?」

「……いいえ」

「特技は?」

「読み書きと……多少の計算ぐらいでしたら……」


 俺とエルヴィーラはハイタッチをした。


「な、何してるんですか……?」

「希望給与とかあるかの?」

「き、給与?」

「この後時間ある?」

「え、あ、え、あの、わ、私、何を聞かれてるんです?」


 俺とエルヴィーラにまくしたてられて、うろたえる女性。

 そんなやり取りをしていると、一曲語り終えたディアが俺達の元へと戻ってきた。


「ん? そっちの人は?」

「ディア、喜べ。有望そうな人材が落ちてたぞ」

「マジか! やっぱり私はついてるな! そこの人、名前は?」

「あ、え、えっと……」

「まあいいか、じゃあ後はマイに面接してもらって採用不採用を決めようか!」

「い、一体私は何をされるんですか!?!?」


 うろたえる女性の両脇をエルヴィーラとディアでがっちりと拘束し、俺達は冒険者ギルドを後にしたのだった。

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