第8話「ツッコミ芸人と破壊神、はじめての公演」

 『フリ・オチ・ツッコミ』と『天丼』。

 この2つの概念を踏まえて作ったネタがマイ達に受け入れられたかというと……


「く、悔しい……こんなに簡単に……!!」


 バカウケであった。


「のう、マイ。笑ってもらっておいてこういうのはなんじゃが貴様ちょっとチョロすぎではないか?」

「いや、そんなことは」

「そのちょろさ、ちょっと妬けるのう」


 エルヴィーラの言葉にマイがブフォッと吹き出した。

 これが天丼の力なのだが、マイがチョロいことはどうあがいても否定できなかった。


「いや、マイはチョロいが実際面白かったと思うぞ。さすがはアタシの見込んだ奴らだ!」

「う、うん。マイはその……言い訳できないと思うけど、俺も良かったと思うよ」


 ヤコフとディアも褒めてくれているし、イーナも無表情なりにウンウンとうなずいている。どうやら自信を持って良さそうだ。俺は軽く安堵のため息をついた。

 エルヴィーラは受けたのがよほど嬉しいのかまだマイをいじっていた。俺はエルヴィーラをマイから引き剥がした。


「まあ、ネタに関してはこれでOKってことだな。それじゃあ、当日の詳しい話を改めて聞きたいんだけど?」


 俺の言葉に、エルヴィーラが首をかしげた。


「んむ? 当日の進行って、余たちはネタを披露すればよいのではないのか?」

「人が多い劇団ならそうだろうが……」


 俺がそこまで言ったところで、息を整えたマイが言葉を引き継いだ。


「あいにく、うちは裏方専門のスタッフが揃えられるほど大所帯じゃないからね。大道具小道具出ハケに場転、客入れ客出しも自分たちでやらないといけないから」

「デハケ?バテン?」


 言葉の意味がわからないのか、エルヴィーラはピンとこない顔で首をかしげている。

 かくいう俺も、そこまで自分たちでやるような公演は久しぶりだ。一応、曲がりなりにもプロの芸人だったのだ。細かい裏方仕事まで自分たちでやらなければいけないような公演はほとんどやったことがない。

 俺達二人の様子を見て、マイはニンマリと笑った。


「ま、その辺はアリマと私でみっちり仕込んであげるから。楽しみにしててね」


 その目には明らかに先程までエルヴィーラに弄くられていた恨みがこもっていた。


「お、お手柔らかにのぅ……」


 エルヴィーラは明らかにたじろいで、助けを求めるように俺を見た。

 俺はうなずいた。


「エルヴィーラ、自業自得って知ってるか」

「知りとうなかった……」



―――――



 それから公演当日まで、俺達はみっちり練習を行った。

 ネタはもちろんのこと、当日の進行についてもマイとアリマの精力的な指導のかいもあってエルヴィーラはきちんと習得できたようだ。

 俺とエルヴィーラの出番は一番最初ということになり、客入れ――チケットを受け取りお客さんを席まで誘導している最中、俺とエルヴィーラは舞台裏で自分たちの出番を待っていた。

 俺は直前であがいても仕方がないと思っているタイプなので、軽く肩をほぐしながら深呼吸をして出番を待っている。一方、エルヴィーラは落ち着きがなかった。


「お、おお! 見よ、マサヤ! ほ、本当に客席に人が入っておるぞ!」

「お前は客席に何を入れると思ってたんだ」


 軽めのツッコミも耳に入っていないようで、エルヴィーラは舞台裏からチラチラと客席を覗いては落ち着きなくウロウロとあるきまわっている。


「人間どもが……今までどこにこんなにたくさん潜んでおったのじゃ……」

「自宅とかかな」

「おのれ……見ておれよ人間ども……」

「ネタをな」

「ただでは帰さぬぞ……」

「お代は見てのお帰りってか? あいにく、入場料は先払いだ」


 落ち着きのないエルヴィーラの背中を、俺はポンと叩いた。


「お前、経歴の割りに緊張に弱いよなあ」

「し、仕方なかろう! だってほれ、客がひゃ、百人とか居るじゃろこれ!? この人数の前でネタ披露なぞ……」

「破壊神の討伐隊とか邪教の集団とかの前で喋ったことは?」

「あるぞ」

「一番多かったときの人数は?」

「当時の国家総戦力とか言っておったから……よくわからんが10万人とかそれぐらいかのう……?」


 ちなみに東京ドームの収容人数が5万強である。


「それだけの人数の前で喋れるなら一緒だ。まして、今日の客はお前を倒しに来てるんじゃねえ。笑わせてもらいに来てるんだ。余裕だぜ」

「そ、そうかのう……」


 明らかに詭弁ではあるが、それでも話しているうちにエルヴィーラは落ち着いてきたようだ。

 ちらっと見ると、舞台には衣装を来たマイが立っていた。


「本日は、ご来場いただきまして誠にありがとうございます。開演に先立ちまして、お客様にお願いがございます……」


 マイの来場者への説明が終われば俺達の出番だ。

 深呼吸をし、エルヴィーラと顔を見合わせる。大丈夫、と伝えるように背を叩き、俺とエルヴィーラは舞台へと出ていった。


―――――



○漫才 焼けば食える


「はいどうもー、マサヤでーす」

「エルじゃ。皆のもの、今日はよく来た。褒めてつかわす」

「君、本当に偉そうだね! お客さんにお金を払って見てもらってるんだから、もうちょっと下手に出てもいいんじゃないの?」

「金か……まあ、確かにのぅ。余は出たての芸人だから金がなくてのう……」

「あんなに偉そうなのにねぇ」

「本当に毎日ひもじい暮らしをしておるんじゃ……」

「まあ、出たての芸人ってそういうもんですしね」

「知っておるか、マサヤ? 最近気づいたんだが大抵のものは焼けば食えるんじゃぞ」

「悲しいことを言わないでくださいよ……例えばなんですか?」

「クッキー」

「焼かずに食ってたの!?」

「よく焼くと香ばしくてうまいんじゃよ」

「そんな珍味の食べ方みたいな言い方されてもね! みんな知ってるからね!」

「あとはパンも焼くと美味いのう」

「小麦粉を生で食うな! というかエルさん普通にいいもん食ってるじゃないですか」

「まあ、でもこういうのは例外中の例外じゃよ。普段はひもじく暮らしてるのじゃ……ああ、親切なお客様が差し入れとかくれぬかのう……」

「厚かましいな! まあでも、実際食べ物に限らず差し入れとかいただけるとやる気がでますよね。さっき入り口で見ましたけど、団長あての花束とかあったじゃないですか」

「焼けば食えるのう」

「焼いて食うな!」

「生でもイケるかの?」

「違う! ファンの好意を食うなって言ってるんだよ!」

「ファンを……食う……? それはエロい意味でかの?」

「悪意のある聞き間違い!」

けるのう」

「焼ける違い! いや、妬くなよ! ファンは食うな!」

「しかしのう。団長も団長ならファンもファン。ただ食われる一方じゃないらしくての」

「団長の話掘り下げるの!?」

「まさに煮ても焼いても食えぬというやつじゃわい」

「上手いこと言ったみたいな顔をするな!」

「まあ、余たちは新人。そういう駆け引きには疎くての。応援するならやっぱり普通に食べ物がよいのう」

「それはそうですね。ちなみにエルさん、今食べたいものとかあります?」

「かき氷」

「焼いて食うもの要求する話の流れだったろ今ァ!!」



―――――


 今回のコントを作るために使った、基本の『フリ・オチ・ツッコミ』と必殺技の『天丼』。

 これは今回のように、客層が読めていないときに安定して効果を発揮する。

 『フリ・オチ・ツッコミ』とはネタの基本的な流れのことだ。

 フリは簡単に言えばこれからどんなネタをやるのか宣言すること。これにより、『こういうものが出てくるだろう』と観客に予想させる――『共通認識』を作る。

 続くオチでフリで作った『共通認識』との『ズレ』を演出する。

 そして最後のツッコミでその『ズレ』に対するリアクションをとり、観客に笑いどころを認識してもらう。

 極論すれば、この基本パターンさえできていればある程度の笑いは取れるのだ。

 とはいえ、毎回毎回このフリ・オチ・ツッコミの工程を繰り返しているとテンポが悪くなる。

 そこで今回使ったのが『天丼』である。これは『同じことを繰り返す』という笑いのパターンだ。

 なぜこれが必殺技なのか? 笑いの肝である『共通認識』を確実に作れるからである。

 一度見た物を繰り返すと、観客にはすでに『一回目に見た時はこうだった』という『共通認識』が作れる。そしてそこから『ズラす』ことで笑いが生まれるというわけだ。

 『共通認識』を作るためには観客が知っていることを理解しなければならない。だが、『天丼』ならネタ中で見ているので確実に観客は『知っている』のである。これが必殺技と言わずしてなんと言おうか。

 そしてそれがうまく行ったかと言うと……観客席からの笑い声を聞けば語るまでもないだろう。

 客の笑い声を聞きながら退場すると、エルヴィーラはヘナヘナとへたりこんだ。


「う、ウケたのか……?」

「笑い声、聞こえるだろ? 上出来だ」


 エルヴィーラは、緊張が解けたように力なく笑った。

 床にへたり込む彼女に手を差し出したのは、次が出番のヤコフだった。

 ヤコフはエルヴィーラの手を握り立たせると、感謝するように両手でエルヴィーラの手を握った。


「お、お疲れ様。二人が盛り上げてくれたおかげで、俺もやりやすいよ。ありがとう。それじゃ、行ってくるね」


 そう言ってヤコフは舞台に出ていく。エルヴィーラは、ヤコフに握られていた手を呆然と眺めていた。

 

「どうした?」

「いや……その……こういうの、初めてじゃから……」


 戸惑ったような口調。だが、顔がニヤけていた。


「ほら! 何ぼーっとしてるの! 出番が終わった後も裏方の仕事があるんだからね! 覚えてる!?」


 エルヴィーラを現実に引き戻したのは、小さくも鋭いマイの声だった。


「ひゃ、ひゃい!」

「他の演者がスムーズに舞台に出られるように準備する! 使い終わった道具の回収や大道具を交換して場面転換! やること頭に入ってる?」

「ああ」

「もちろんなのじゃ!」


――――


 ヤコフとイーナの曲芸、アリマの手品、そしてディアの詩吟と芝居。

 裏方で動くエルヴィーラはあれこれワチャワチャとしていたが結果的に大きな失敗はなく、公演は成功裏に終わった。

 俺とエルヴィーラが客出し――公演後のお客さんの誘導を行っていると、お客さん達が「面白かったよ」「上手いもんだねえ」などと声をかけてくれた。

 エルヴィーラは、そんな言葉をかけられるたびに大げさに照れたり調子にのったりしている。初々しい彼女の振る舞いに、声をかけた人たちは微笑ましげに笑っていた。

 すべてのお客さんの退場が終わり、団長のディアが宣言する。


「よし、これで今日の公演も無事終了だ! みんな、お疲れ様! 特にエルヴィーラとマサヤ!」

「お、おお!? な、なんじゃ!?」


 名指しで呼ばれて、動揺するエルヴィーラ。その姿を見てディアはニコッと笑った。


「ふたりとも、初めてなのにネタもその後の裏方も素晴らしい活躍をしてくれた! 本当にありがとう」

「お、おお、おおお!?」


 褒められて、照れたようにエルヴィーラは笑う。


「ネタはともかく、裏方作業はもう少し頑張ってもらいたいけどね」

「マイ、ネタを聞いて舞台裏で口を抑えて笑ってたものねぇ」

「言わないでよアリマ!!」


 仲間たちとともに、楽しそうに笑うエルヴィーラ。

 こうしていると、まるで彼女が見た目通りの少女のようにみえて、俺まで笑みがこぼれてきた。

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