第7話「ツッコミ芸人と破壊神、買い物に行く」
「え、ネタ作り直すの!? あれで十分面白かったのに!?」
俺の返答を聞いて、マイは驚いたような声を上げた。
無事に劇団ディートリンデへの加入を認められた俺とエルヴィーラ。6日後に迫った次回公演で披露するネタについて尋ねられ、今日とは別のネタをやると答えたらこうなったのだ。
「あれはあれでいいネタだったと思うが、まあ、言ってみれば皆に俺達の実力を認めてもらうためのデモンストレーション的なネタだったからな。客を集めてやるなら、それ用のを別に作りたい」
「ううん、でも、他の演目との兼ね合いもあるし、準備だって……」
俺の言葉に、なおも難色を示すマイ。
まあ、マイの懸念もわからなくはない。ただでさえ、ギリギリになって俺達が加入するというイレギュラーがあったのだ。これ以上不確定要素を持ち込みたくはないだろう。
この手の、クオリティを優先させたい演者と確実さを優先させたい制作進行スタッフの対立はよくある話だ。一説によると漫画家や小説家が締め切りを守らないのも半分ぐらいはこういう原因らしい。
この辺は衝突を繰り返して妥協点を探していくのだが、今回はあまり妥協したくない。皆に見せたネタが客層を少し絞りすぎているから、ウケない可能性が高いのだ。
お互い引かない俺とマイ。膠着状態を解消したのはディアの一言だった。
「なあ、マサヤ。新しいネタを作ったら確実に面白くなるって言い切れるのか?」
ディアはまっすぐ俺を見た。さすがは団長だ。普段はわりとダメなことが多くとも、こういうときの威厳は十分にある。
「確実に面白くなるって言える」
俺は断言した。
絶対確実、なんて本来は言えないが、それでも言い切れるだけの自負があってこそ一端の芸人である。
「じゃあ、いいじゃないか。やらせてやろうぜ、マイ!」
「お姉!」
ディアに食ってかかろうとするマイ。だが、ディアはマイを手で制した。
「た・だ・し。ヤコフ、イーナ、アリマ! こいつらの分まで公演準備するのに、どれぐらい時間がかかる?」
「お、大道具の方は大した手間じゃないよ。特別なものは要らないんでしょ? 半日もあれば調整できると思う」
「……小道具と衣装も別に。すぐ終わる」
「当日進行の方はそうねえ……リハーサルとかも含めて3日はほしいかな」
「公演まであと6日だから……よし、わかった」
ディアはうなずき、指を2本立てた。
「2日だ。あと2日で新しいネタとやらが見せられるもんにならなかったら、アタシらに見せたネタを使う。それでどうだ」
「俺達は大丈夫だ。マイは?」
マイは少しだけ悩み、ため息混じりに答えた。
「ん……それなら、まあ。でも、それ以上は絶対待たないから」
「よし、それなら決まりだ。よろしく頼むぜ。マサヤ、エルヴィーラ」
「あいよ」
「うむ!」
エルヴィーラの快活な返事に、満足げにうなずくディア。
これで会議が終わり、各々の作業に戻ることになった。
そこで、エルヴィーラが俺に詰め寄ってきた。
「だ、大丈夫なのかマサヤ! 2日じゃぞ!? 2日でネタが作れるのか!?」
「なんだ、心配してたのか。大丈夫だって、さっきのネタだって一晩で作ったろ?」
「じゃが、あれはネタを見せる相手が絞られてたからできた芸当じゃろ!? 今度は客を入れるのだからそうは行くまい!!」
ワタワタと慌てるエルヴィーラ。なるほど、どうやら俺の言ったことがちゃんと身についているらしい。そのせいで残された時間の短さにオロオロしているようだが。
「ま、確かにそうだな。だからネタ作りのために必要なことがあるんだが……」
そういって、俺は辺りを見回した。探していたものは運良くすぐに見つけることができた。
「マイ、ヤコフ! どこに行くんだ?」
二人連れ立って歩いていたマイとヤコフに声をかける。
「買い出し。大道具と、あとご飯の材料とかも買ってこないといけないから」
「俺達も連れて行ってくれないのか?」
俺がそう言うと、マイは怪訝そうな目で俺を見た。
「別にいいけど……」
ちらっと、マイはエルヴィーラを見た。エルヴィーラは露骨にうろたえていた。
「な、何を言っておるマサヤ! ネタ作りの方が先じゃろ!」
「相方はああいってるみたいだけど」
「大丈夫だって。これはネタ作りに必要な工程だから。というわけで、エルヴィーラ。買い出しついでに街を見て回ろうぜ?」
なおも焦るエルヴィーラを強引に引きずり、俺達は街へ買い出しに向かった。
――――――
「ほー! これがこの街の市場か! 色んなものが売っておるのう!」
「そう? 別にそこまで大きくもないと思うけど」
「あ! あれは何じゃ! のうのう、あれは? あれは?」
市場に来たエルヴィーラは、あっという間に買い出しを満喫している様子だった。
あちこちをキョロキョロと眺め、何か面白そうなものを見つけてはマイにあれは何かとたずねている。
外見年齢はふたりとも似たようだが、割合落ち着いているマイとはしゃいでいるエルヴィーラが並ぶとまるで姉を引っ張り回す妹のようだった。
「は、ははは。エルヴィーラ、ずいぶんとはしゃいでいるねえ」
ヤコフはニコニコとそんな二人を見ている。マイとエルヴィーラが姉妹なら、ヤコフは父親のようだった。
「多少はこうなると思ってたがここまでとは……正直、すまん」
「ううん、構わないよ。前も言ったような気がするけど、マイには息抜きが必要だから。でも……」
そこでヤコフは視線をそらし、もごもごと口ごもりながら言った。
「本当に、買い出しに来ていて大丈夫なの?」
「ああ、むしろこれは必要な行程だから……ま、無駄になる可能性もあるけどな」
「そ、そう言われるとちょっと心配になるな……」
ふーっと大きくため息をつくヤコフ。まあ、ここは嘘をついても仕方ないのだ。
「だが、それならそれで、ちょっと早いがエルヴィーラに必殺技を伝授するいい機会になるからな?」
「ひ、必殺技?」
「ああ、かつて俺の地元で最高と言われた芸人をして、最強と言わせた必殺技だ」
「殺すの?」
「殺さないけど」
「ひ、必殺技じゃないじゃん……」
「そこはスルーしてほしかった……」
男どもが話をしているうちに、マイとエルヴィーラはずいぶんと先に進んでいる。
今は野菜を売っている露店で店員と話しているところだった。
「のうのう、お姉さんや。こいつはなんなのじゃ?」
「ああ、これは南方由来の黄果だよ。甘くて美味しいんだよ」
「ほほう……それはそれは……」
「そんな贅沢品買えません! お姉さん、いつものをお願いします」
「はいはい、芋と野菜だね。ちょっとおまけしとこうかね」
俺とヤコフは早足で二人に追いつき、品物を受け取った。荷物持ちぐらいしないと流石に何のためについてきているのか分からない。
芋のつまった籠を受け取りながら、俺は店員に話しかけた。
「店員さん。このへんの特産品ってなんか扱ってるかい?」
俺の問いに、店員は首をかしげた。
「特産品ねえ……辺境、って言っても、そんな代わり映えのするものが取れるわけじゃないからねえ……珍しいものなら、こないだ冒険者が北から持ってきた竜角花が……」
「ああ、そういうのじゃなくて……ううん、それなら、何かこう、事件みたいなのがあったりしなかったか?」
「そりゃ、もちろん破壊神の復活の件だねえ。でも、結局何も無かったって言うだろ? 冒険者も王都の兵隊さんもだんだん帰ってるし、すぐにこの街の賑わいも元通りになっちまうんじゃないかねえ。まったく、こんなことなら人がいるうちにもう少し稼いでおくんだったよ。どうだいお兄さん。何か買っていかないかい?」
「あいにくと、財布はそっちに握られてるんで」
俺が苦笑しながらマイを指さすと、マイが軽く俺の足を蹴った。
「のうのう! こっち! こっちはなんじゃ!」
「あ、ちょっと! エルヴィーラ!」
目ざとく次の獲物をみつけ走り出すエルヴィーラ、それを追いかけるマイ。
ヤコフと一緒に荷物を運びながら、これは苦戦することになりそうだぞ、と俺は思った。
――――
「はー……めちゃくちゃ楽しかったのう……」
買い出しが終わった後、俺にあてがわれたテントにやってきたエルヴィーラは満足そうにつぶやいた。
「お前、最初に街に来たときはここまではしゃいでなかったろ」
「あの時は路銀だなんだで落ち着いて見て回れなかったからのう。市場とかちゃんと見て回るのは今日が初めてじゃ」
「そいつは良かった。で、俺達のおかれてる状況を忘れてないよな?」
俺がたずねると、エルヴィーラはキョトン、としたあとだんだんと顔色が悪くなっていった。
「あー! そうじゃった! どうするんじゃマサヤ! なんでわざわざ買い出しについってったんじゃ!」
「めちゃくちゃ楽しんでたくせに」
「それとこれとは話が別じゃ!」
まあ、それはそのとおりである。
「まあ、よく聞けエルヴィーラ。復習をしよう。俺達がマイやディアに披露したネタ。あれの材料に勇者を選んだのはなんでだっけ?」
「『共通認識』じゃろ。それがないとうまくズレを生み出せんから、全員が共通して興味のある勇者をネタに使ったんじゃ」
「そうだな。じゃあ、次にネタを見せる相手は街の人達だ。その人達と『共通認識』が持てるものを探すにはどうすればいいと思う?」
そこまで聞いたところで、エルヴィーラはハッと目を見開いた。
「なるほど! 『共通認識』が持てるものを探すために買い出しをしながら街の人に話を聞いてたんじゃな!」
「さすがエルヴィーラ。理解が早い。よし、じゃあ次だ。俺が街の人と話してたことを覚えているな? この街の特徴はなんだ?」
「別に特産品とかもないし破壊神の復活の事件も大体終わってるから話題の中心じゃなくなっておる。街に来てた冒険者や勇者候補たちもだんだん帰っているらしいの!」
「なんか面白い『共通認識』作れそうなものある?」
「……………なんもないわ! ダメじゃろ!」
エルヴィーラはバシーン! と空中にツッコミを入れた。
「お前わりとツッコミいけそうだな。ボケツッコミスイッチ系のネタも今度考えてみるか」
「いや、どうするんじゃマサヤ! これじゃあネタを作れんじゃないか!」
露骨に焦るエルヴィーラ。だが、俺はニヤリと笑い指を2本立てた。
「何、そもそも客層がつかめないことなんてしょっちゅうあるんだ。焦るほどのことじゃない。今から2つのことを教えてやろう。基本と、必殺技だ」
「基本と、必殺技!? それはなんなんじゃ?」
俺は少しだけもったいぶってから答えた。
「『フリ・オチ・ツッコミ』と『天丼』だ」
「……それは合わせて4つじゃないのか?」
「『フリ・オチ・ツッコミ』はセットの概念なので1つに数えてください」
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