第6話「ツッコミ芸人と破壊神、はじめてのネタ披露」
マイの温情でとりあえず一晩泊めてもらえることになった俺達は、劇団の仲間たちと一緒に夕食を御馳走になっていた。
今日の夕食は野菜が多めのポトフとパン。ポトフに肉類は入っていない。
「うむうむ、美味いのう!」
人間の食事が珍しいのか、エルヴィーラは美味しそうにポトフを頬張っている。
「べ、別に褒めたって手心を加えたりしないからね!」
「うむ、それとこれとは別問題じゃ。ところでおかわりはあるか?」
「……まったくもう、一杯だけだからね!」
そしてマイは料理を褒められて少しだけ頬を赤らめている。魔女のアリマと筋肉質のヤコフがそれを微笑ましげに見守っていた。
「マイが楽しそうでよ、良かったね」
「なんかうちのが迷惑かけて申し訳ない」
「いいのよ。マイ、楽しそうだもの。年が近くてあれだけ話せる子がいままで居なかったからね。イーナはほら……」
アリマがチラッと軽業師のイーナを見る。イーナは少し離れたところでモソモソとパンを食べていた。
「悪い子じゃあないんだけどねえ……」
イーナの隣、正座をさせらた団長のディアが腹を鳴らしていた。マイいわく、突然客が増えたので勝手に人を連れてきたディアに食べさせる飯がなくなったそうだ。
「でもエルヴィーラにはおかわりさせてるんだよな……」
俺がそうつぶやくと、アリマがクスクスと笑った。
「まあ、形だけのお仕置きだから。みんなが食べ終わったら小言を言って、ディアにも食べさせるわよ」
「姉妹の力関係がよく分かるな……」
「あら、そうでもないのよ?」
アリマがそう言うと、ヤコフがうんうんとうなずいた。
「だ、団長が無茶をするとマイは怒るけど、でも、最後に折れるのはマイの方だから」
「私もヤコフもイーナも、そうやって団長に拾われてここに来たわけだしね」
言いながら二人がディアの方を見る。ディアはイーナのパンをよだれを垂らしながら物欲しげに見て、見事に無視されていた。
「なるほどな……そういや、この劇団はここの街が拠点なのか?」
俺が尋ねると、アリマが首を横にふった。
「いいえ、別にどこかに腰を据えてるわけじゃないわ。今回も、破壊神討伐に参加する冒険者たちや勇者候補の慰問みたいな感じで来たの」
「勇者候補? 勇者じゃなくてか?」
「あら、知らない? 今の勇者はまだ確定してないのよ。血を引いてる候補は何人かいるけど……」
と、そこでアリマが苦笑して声をひそめた。
「……正直、あいつらが勇者とは思えないわ」
「なんだ、評判悪いのか?」
「ええ、勇者候補に選ばれたことを笠に着て色々と絡んできたり、ね」
あれはひどかった、とヤコフが鼻息を荒げている。どうやらアリマが被害にあったらしい。
「ま、団長やマイじゃなくて私で良かったけど」
「なるほどな……ちなみにディアは勇者候補じゃないのか?」
「団長は勇者に入れ込んでるだけの一般人よ。だからこそ『勇者らしさ』にこだわりがあるみたいだけどね」
「なるほどなあ」
ちなみに、今のディアはエルヴィーラのおかわりでポトフが無くなりそうになっているのを絶望的な目で見ていた。
確かに、勇者候補には見えない振る舞いだった。
――――
その日の夜。
団員たちが寝静まってから、俺は気持ちよさそうに寝ているエルヴィーラを叩き起こした。
「なんじゃ? 朝ごはんか?」
「お前案外ご飯好きなのな。残念だが違う、ネタ合わせだ」
「ネタ合わせとな?」
キョトン、と首をかしげるエルヴィーラ。なるほど、そこから説明しなくちゃいけないのか。
「明日俺達はみんなの前でネタを披露するわけだが、当然だがぶっつけ本番で全部アドリブでやるわけじゃない。事前に準備した台本が必要だ」
「うむうむ、それは分かるぞ」
「で、さらに言えば台本を頭に入れるだけで良いわけじゃない。全体のテンポやボケツッコミのタイミング。そういうものも笑いが起こるかどうかを左右する。それを調整するために、実際にネタをやってみて調整が必要なんだ。それがネタ合わせ、というわけで」
「なるほどのう」
エルヴィーラは感心したようにうなずいていたが、何かに気づいたかのようにハッとした。
「じゃが、その台本はどこにあるのじゃ?」
「さっき書いた」
満月の下、俺はトントンと地面を木の棒で叩いた。そこには先程俺が書いた台本が記されている。
「おお! この短時間で書いたのか!」
「まあ、今回は条件が特殊だしな?」
「む? どういうことじゃ?」
「今回、笑わせる対象が団員たち。ディア、アリマ、ヤコフ、イーナ、そしてマイとはっきりしている。こういう場合はネタが作りやすいんだ」
「なんでじゃ?」
首をかしげるエルヴィーラ。正解を教えてやってもいいが、今はレクチャーよりネタ合わせが先だ。
「それは終わってから教えてやろう。ヒントは『俺が食事中に何をしていたか』だ」
「むむう、意地悪なのじゃ」
「自分で考えてこそ身につくってもんだ。さ、ネタ合わせやるぞ」
―――――
ネタ合わせをしていたら夜はすぐに明けてしまった。
朝食もごちそうになり(なお、流石に朝はディアも普通に食べさせてもらえていた)、片付けをしてから俺は団員たちの前でネタを披露することになった。
マイは厳しい表情で、ヤコフは心配そうに、アリマはうっすらと笑みを浮かべて、イーナは無表情で、そしてなぜかディアは得意げに胸を張っている。
「よし、エルヴィーラ。行けるか?」
「う、うむ。大丈夫じゃ……き、緊張をほぐすにはあれじゃろ? 観客の人間ごときは矮小な存在であると思い込めばいいんじゃろ? そういうのは得意じゃ」
「神だからな。よし、行くぞ」
ちょっと緊張気味のエルヴィーラの背を叩き、俺達はネタを始めた。
――――
○漫才 勇者になりたい
「はいどうもー、マサヤでーす」
「うむ、くるしゅうない」
「そしてこっちの人は相方のエルでーす」
「よいぞ、皆のもの、近う寄れ」
「お前本当に偉そうだな!」
「じゃがもうちょい近う寄らんと声が聞きづらくないか? 大丈夫か? 後ろ聞こえてる?」
「そんなに偉そうじゃない!」
「余は気配りができるタイプじゃからなー。リーダータイプじゃ」
「あー、確かにね。そういうのリーダーに大事ですよね」
「将来はこの才能を活かせる職業につきたいと考えておる」
「そしたらコンビ解散されちゃうんで俺が困っちゃうんですけど。え、なになに? 将来どんな職業につきたいの?」
「勇者」
「ハードル高ッ!」
「やっぱりほれ、リーダータイプの頂点って国王か勇者のどっちかみたいなところ、あるじゃろ」
「まあ、言わんとすることはわかりますけれども」
「でも国王って血筋が大事じゃろ?」
「勇者だって血筋が大事だよ!」
「ええー、でも国王は国王になるための教育受けとるけど、勇者はなんか突然お前は勇者じゃから破壊神を倒せーとか言われてなるわけじゃろ?」
「いや、勇者の血筋だって勇者になるための教育を受けたりしてると思いますけど」
「ないじゃろー。じゃって、例えばそいつの代で破壊神が復活しなかったら、他の職業につくために面接とか行くじゃろ?」
「行きますね」
「で、面接官が聞くわけじゃ『この空白期間は何をやってらしたのですか?』」
「『勇者になるための修行を少々』」
「ヤバいやつじゃろ」
「勇者をヤバいとか言うな!」
「いやいや、これだけじゃないぞ。ちょっとマサヤ、面接官やってくれ」
「はいはい。『では勇者になるための修行とは具体的に何をやって居たのですか?』」
「『先祖代々伝わる必殺剣の習得をしておりました』」
「『それはうちで働く上でどのように役に立つとお考えですか?』」
「『食パンを32枚に切れます』」
「パン屋で働こうとしてんのそいつ!?」
「スローライフを送りたかったんじゃ……」
「なら剣以外にアピールすることあるだろ!!」
「『魔法も使えます』」
「おお」
「『特に炎魔法が得意で』」
「はいはい、そういうのいいよね。戦闘技術を実生活に活かすっていうか……」
「『どんなものでも一瞬で消し炭に』」
「パンを消し炭に!?」
「『おっと、勘違いしないでください』」
「してないと思うけど!!」
「『今のは初級魔法だ』」
「初級で黒焦げならもうどうしようもないな!! いやいや、それならやっぱり、もっと戦闘技能を活かせる職業につきますよ。例えば警備とか」
「おお、なるほどなのじゃ」
「『警備の仕事をする上で役立つ特技をお持ちですか?』」
「『潜入と鍵開けが得意です』」
「ん?」
「『先代勇者が王城の宝物庫から勝手に宝物を持ち出したのと同じ技術を使えます』」
「待って待って待って、印象悪い」
「『ところであちらの金庫には何が?』」
「盗む気満々じゃねえか!」
「どうじゃ? これで勇者の血筋がヤバイやつなことは伝わったじゃろ?」
「伝わったのはお前のヤバさだな」
「まあでも、言ってて思ったんじゃが、勇者リーダーシップ要らなくない?」
「お前がそういうとこばっか挙げるからだろ!」
「んー、やっぱリーダー向きの余がなるべきは国王かのぅ」
「血筋大事だからなれないって話だったろうが」
「まあ、そこはやっぱり現国王を暗殺してじゃな」
「できるわけあるか!」
「余だけでは無理じゃが、そこはやっぱり協力者を探してのう」
「どんな協力者だよ」
「潜入と鍵開けと暗殺に使えそうな高威力魔術が得意なやつ」
「さっきの勇者じゃねーか!」
「な、勇者ヤバいやつじゃろ?」
「いい加減にしろ!」
「「どうも、ありがとうございましたー」」
――――
「……まあ、うん。笑っちゃったししょうがないか。でも、その分戦力としては期待するからね!」
俺達のネタは無事、マイのお眼鏡にかなったようで、正式に仲間として認めてもらえた。
「アタシの言ったとおりだろ、マイ。こいつらはやるってさ」
「うん。でも勝手に連れてきたのとはまた話が別だから。わかってる、お姉?」
「ごめんなさい、もうしません」
地面に頭をこすりつけんばかりにマイに謝るディア。それを呆れたように見守る他の団員たち。
緊張で少し息が切れていたエルヴィーラが、こっそりと俺に耳打ちをした。
「のう、マサヤ。勇者ネタをやった理由はその……観客がマイたちじゃからか?」
俺は目を見開いた。うまく言語化できていないが、エルヴィーラが確かにネタ選択の理由の理解していたからだ。
「なんでそう思う?」
「ディアは勇者大好きじゃし、他の団員も慰問じゃのなんやかんやじゃので勇者候補の奴らといざこざがあったんじゃろ? つまりその……全員、勇者に興味があったわけじゃ。だから勇者をネタにしたとか……そういうことじゃないかと思っての」
俺はうなずいた。
「そういうことだ。お笑いで最も重要なのは『共通認識』だ。やる方も見る方も知ってるものを扱わないと、絶対にウケない」
最たるものはパロディだが、そうでないネタでも『共通認識』の土台があってこそ、笑いの基本である『ズレ』を生み出すことができる。
見る側の『常識』とのズレを面白おかしく演出する、それがお笑いの基本なのだ。
今回は初めからできている『共通認識』を使ったが、他にもやり方は色々ある。まあ、その辺はおいおい教えていけばいいだろう。
「逆に言うと、今回はちょっともったいなかったんだよなあ。『破壊神』のお前がネタで『勇者』になりたいっていうギャップも、お前が『破壊神』って共通認識があれば面白くなるポイントだったんだが、知ってるの俺だけだったからな」
「まあ、それは無理じゃろ。だって余は破壊神じゃぞ? 皆がそれを知ってたら、お笑いどころではないわい」
そういうエルヴィーラの顔は、少しだけさみしげに見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます