第5話「ツッコミ芸人、仲間と出会う」

 勇者を名乗る女、ディートリンデの強引さに負けて、俺とエルヴィーラは彼女のあとを付いて街を歩いていた。

 肩で風を切り街をあるくディートリンデ、彼女に気付かれないように、俺はエルヴィーラに小さな声で話しかけた。


「おい、大丈夫なのか?」

「大丈夫って何がじゃ?」

「いや、この人勇者だろ? で、お前は?」

「破壊神」

「大惨事では?」


 あー、と間抜けな声をあげてうなずくエルヴィーラ。


「リアクション軽っ」

「ううむ、まあ確かに余も何度か勇者に倒されては『人の心の闇がある限り余は再び甦る……』とか言ってきたがの。どうもこのディートリデじゃったか? には違和感があってのう……」


 むむむ、と眉を潜めるエルヴィーラ。

 違和感とはどういうことだろうか? ちらっと、ディートリンデの方を伺ってみるが、俺には『強そうだな』以上のことは何も分からない。


「違和感ってどんなだ?」

「今までの勇者とは何か違うような……それでいてどことなく勇者っぽい雰囲気があるような……そもそもなんか名前に聞き覚えがあるようなないような……よくわからんのじゃ」


 どうやらエルヴィーラも違和感をうまく言語化できないようだ。少しづつ分かってきたが、こいつ破壊神だけあって破壊以外はちょっとポンコツだ。


「言うてあいつもこっちが破壊神じゃって気づいてないみたいじゃし、大丈夫じゃろ」

「……まあ、他に行くところもねえしなあ」


 不安は多々あるが、かと言ってここで逃げても住所不定無職には変わりはない。だったら賭けたほうがいいだろう。

 というわけで、俺達はおとなしくディートリンデについて行った。


「よし、ついたぞ! ここがアタシらの拠点だ。どれ、今から仲間にアンタらを紹介しよう」

 

 案内されたのは町外れに張られた大きなテントだった。馬車が一台つないであり、辺りには木箱やら樽やら何に使うのか分からない道具やらが転がっており、数人が雑談をしている。

 ディートリンデが帰ってきたのに気づき、雑談していた人たちがこちらに目を向けた。


「お、おかえり団長。その人達は……?」


 筋肉質な体型の男が首をかしげた。座っているのでよくわからないが、身長が2m以上ある。腕など、俺の胴体よりも太そうだ。その割に表情が優しそうで、まさに気は優しくて力持ちを体現したような男だった。


「ああ、冒険者ギルドで出会ってね。有望そうだからスカウトしてきたんだ」


 ディートリンデがそう答えると、筋肉質な男は困ったように眉をひそめた。

 男の対面に座っていた魔女風の帽子とローブを着けた女がくすくすと笑った。


「あらあら、また悪い癖が出ましたね。副団長にバレたらなんと言われるか」

「う……ま、まあ、その辺はみんなで説得すれば大丈夫だろ。手伝ってくれるよな、アリマ、ヤコフ、イーナ?」


 アリマと呼ばれた魔女風の女性はくすくすと笑い、ヤコフと呼ばれた筋肉質の男は更に困ったように眉を潜める。そしてもうひとり、ヤコフの影に小柄な人がいた。この人がイーナなのだろう。中性的で整った顔をしているが、表情がまったくないので何を考えているか分からない。性別もよくわからない。


「まあ、みんなでなんとか口裏を合わせりゃ、マイをうまいこと説得することも……」


 ディートリンデがそこまで行ったところで、ヤコフがあっと口を開けて俺達の背後を指さした。ディートリンデが恐る恐る振り向き、固まる。

 俺とエルヴィーラも振り返ってみると、そこにはパンと野菜の入った籠を持った少女が、笑顔で立っていた。


「私を説得、って何?」

「ま、マイ……い、いや、そのな? そう! 我々に新しい仲間がくわわったから、その紹介をな?」

「新しい仲間……ふぅん」


 マイ、と呼ばれた少女は手に持っていた籠をヤコフに預けると、ちょっと離れた所まで歩いていき立ち止まった。


「ま、マイ?」


 マイは笑顔のまま少しだけ足をのばし、更に数歩下がった。そして


「勝手に人を拾ってくるなっていつもいつも言ってるでしょお姉のアンポンタン!!」

「へぶっ!?」


 助走をつけて、ディートリンデに飛び蹴りをした。きれいなフォームの飛び蹴りだった。

 勇者ディートリンデはおそらく10代の少女の飛び蹴りできれいに吹き飛んだ。


「勇者弱っ!?!」


 思わず口に出す俺。俺とエルヴィーラのことを気にせずディートリンデをポカポカと叩くマイ。そしてそれを見守るディートリンデの仲間たち。


「あら……ねえ、あなた。団長になんて言われて連れてこられたの?」


 魔女服のアリマがクスクスと笑いながら俺に問いかけた。


「ディートリンデは勇者で、面白いからうちにこねえかって言われて……」

「よくそれだけの説明でついてきたわねぇ……」


 呆れたようにアリマが笑った。


「まあ、行くあてもなかったもんで……」

「ま、詮索はしないけどね。じゃあ、改めて自己紹介をさせてもらうわ。私はアリマ、見ての通り魔女、薬草と占いが得意分野ね」


 アリマに続き、ヤコフが口を開く。


「お、おいらはヤコフ。大道具と、あと力技なら任せてくれ」


 なんだか勇者パーティにふさわしくない。そしてやけに馴染みのある言葉が聞こえた気がしたが気の所為せいだろうか?


「……イーナ。軽業担当。あとジャグリングも得意」


 自己紹介がイーナまで回ったところで、もう明らかに勇者パーティではないことが確信できた。

 最後にアリマは、未だマイに叩かれているディートリンデを指さした。


「そして、経理とかの裏方担当で副団長のマイと、役者で吟遊詩人の団長のディアね。ディアの得意な演目は『勇者ディートリンデの決戦』。かつての勇者が破壊神に挑んだときの話よ。知ってる」


 俺はぎこちなくエルヴィーラを見た。エルヴィーラはぽんと手を叩いた。


「あー! 聞いたことあると思ったらあの!」


 いや、お前を倒した相手だろ。覚えてろよ! とツッコミたくなるが流石にそれは飲み込む。


「そりゃ、勇者でディートリンデって言ったらあの勇者ディートリンデしかいないでしょう」

「うむうむ、そうじゃったそうじゃった。懐かしいのう」

「ふふ、まあ子供向けの話だからね。うろ覚えでも仕方ないかしら」


 このままではいつエルヴィーラが余計な口を滑らせるか分からない。俺はアリマとエルヴィーラの会話を遮った。


「ええっと、つまりこの団は……」

「そう、私達は『劇団 ディートリンデ』。ま、劇じゃなくて色々な出し物をやってるけどね」


 なるほど、俺達に見込みがあると言ったのはそういうことだったのか。

 紛らわしい勧誘だったが、しかし、これはいい機会なのかもしれないと俺は思った。


―――――


 しばらくして、未だ憤懣やるかたない様子のマイと、しょぼくれたディートリンデ……もといディアが俺達の方へとやってきた。


「えっと、あなた達!」

「あ、マサヤです」

「エルヴィーラじゃ」


 俺達がお辞儀をすると、マイもお辞儀を返した。怒ってはいても礼儀正しい人のようだ。


「ちょっとうちのお姉が変な期待をさせちゃって悪いけど、あいにくうちの台所事情もかつかつなの。悪いけど、これ以上人を増やすような余裕は……」

「マイ、待て! アタシの見立てならこいつらには才能が……」


 ギロッとディアを睨むマイ。自称勇者はすごすごと引き下がった。


「くっ……私に……力があれば……」

「微妙に勇者っぽいこと言ってる!」


 とりあえずつっこんでおいた。

 ともあれ、とマイは仕切り直し。


「というわけで、本当に申し訳ないんだけどうちに入れることはできないわ。ただでさえ次の公演のことで頭がいたいのに、これ以上は処理しきれないの」

「次の公演のことってなんじゃ?」


 エルヴィーラが首をかしげる。マイは少し悩んでいた様子だったが、その隙にディアが口を開いた。


「実は7日後の公演に出てくれるよう頼んでたゲストに急に断られてね。演目に一つ穴が空いてしまったんだよ。ビラには秘密のゲストって書いてたから、とにかく変えさえ見つければなんとかごまかせるんだけど、流石に穴を開けたままだと信用問題になるしねえ……」

「だからって、冒険者ギルドで見つけてきた適当な人でいいわけないでしょ!」


 マイに叱られ、ディアはしゅんと小さくなる。会心の一撃だ。

 ともあれ事情はわかった。そして神は……って言うとあの女神の顔が浮かび上がるから運命にしておこう。運命はまだ俺達を見捨てていなかった。


「つまり、俺達が穴埋めに足るだけの芸をできればいいんだな?」

 

 俺の言葉を聞いて、マイは怪訝そうにこちらを見た。


「そうだけど……できるの?」

「ああ、今すぐはちょっと無理だが……そうだな。一晩だ、一晩貰えれば。明日の朝には俺達の実力をお見せしよう」

「言っとくけど、素人芸見せるぐらいなら穴を開けておいたほうがマシだから。駄目なら容赦なく断るわよ」


 俺はエルヴィーラを見た。エルヴィーラは、降って湧いたお笑いを披露できる舞台にうずうずしているようだった。

 まったく、ネタ合わせもまだなのに調子のいいやつだ。内心ため息をつきつつ、俺はマイに答えた。


「期待しててくれていいぜ。なので」

「なので?」

「今晩は泊めてください」


 そして頭を下げた。

 地面にめり込まんばかりに頭を下げる俺を見て、マイは大きなため息とともに


「……ま、お姉が連れてきちゃったわけだし。今晩だけだからね」


 と答えた。

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