第4話「ツッコミ芸人、冒険者ギルドへ向かう」
――辺境都市カーシギ
リアリス王国の中心から遠く離れたこの都市は、辺境の中心地といえど平時は大して賑わってはいない。外部から訪れるのは行商と、魔物でも大量発生したときにやってくる冒険者ぐらい。
そんな穏やかな街が、今は異様な空気に包まれていた。
街中あちこちに冒険者が闊歩し、彼らが騒動を起こさないか監視するように王都から派遣された兵士達が街角に立っている。
そんな監視の兵士の一人、ブルーノは行き交う人々の姿を見ながら大きくあくびをした。
「おい、真面目にやれ!」
相棒のコンラートに見咎められて、ブルーノは気だるげに答えた。
「だってよぉ。結局、復活しねえんだろ、破壊神」
「まだそうと決まったわけじゃない! 気を抜くな」
兵士達も冒険者達も、邪教の集団がこの近くにある古代遺跡に封印された破壊神を復活させようとしていることを聞いて集められていたのだ。
伝承によると、復活した破壊神は勇者以外に倒すことはできないらしい。破壊神が復活してしまった場合、もしも勇者が見つからなかったら……あるいは、勇者が破壊神に負けてしまったら、その時点でこの世界は終わりである。
そういうわけで、兵士たちも冒険者達もこれまでは緊張感を持って任務にあたっていたのだが……
「破壊神が封印されてるって遺跡は原因不明の崩壊、邪教の集団はそれに巻き込まれてほぼ壊滅したんだろ? これ以上何が起こるっていうんだ」
「遺跡が崩壊したからって破壊神の復活に失敗したとは限らないだろ! それに、邪教徒の残党だって何をするか分からないぞ! というか、仕事中にあくびをするな! 真面目に仕事をしろ!」
「へいへい……」
コンラートにたしなめられるも、どこ吹く風と受け流すブルーノ。
言い合いをする彼らは、汚れた格好の男女が通り過ぎていったことに気づきもしなかった……。
――――
「遺跡が全壊で、邪教の集団が壊滅だってよ。何かコメントは?」
「やっちゃったのじゃ」
「やっちゃったで済んだら騎士団は要らねえよ……」
エルヴィーラのせいで崩壊した古代遺跡から抜け出した俺たちは、とりあえず今後の方針を決めるため近くの街までやってきていた。
ちなみにエルヴィーラはともかく俺が無事だった理由はもちろん
街を歩く中、すれ違う人々から聞いた噂話によるとどうも俺を生贄にしようとした邪教の集団はエルヴィーラが遺跡を崩したおかげでほぼ壊滅したらしい。
まあ、俺としては殺されそうだったわけなので同情はまったくない。むしろざまあって感じなのだが。
「お前としてはどうなんだ? 一応、信者なんだろあいつら」
俺が聞くと、エルヴィーラは眉をひそめた。
「ううむ、その辺難しくてのう。余は神の一柱じゃが、基本眠ってる間は何もしないタイプの神での。なんか理由があって復活したらまあ、破壊するかー、って感じなんじゃ」
「迷惑極まりない」
「で、あの邪教の集団? の奴らは多分どっかから余の噂を聞いて復活させようとしてた奴らでのう……まあ、貴様を連れてきてもらったりそれなりに役立ってはもらったにはもらったんじゃが……正直ちゃんとした信者かと言われると微妙でのう。なんかもっとこう、ビジネスライクな関係みたいな?」
と、苦笑するエルヴィーラ。なるほど、協力関係にあったぐらいで信者と神みたいな関係ではなかったようだ。
「だとしたら完全にとばっちりで壊滅させたの本当にひどいな」
「壊滅させるつもりはなかったんじゃ……」
その結果があれである。破壊神ひどい。
「まぁ、そんなことはどうでもいいじゃろ。で、街に来たがこれからどうするんじゃ?」
「うむ。確認したいんだが、お前はお笑いやりたいんだろ? この世界でお笑い芸人って職業として成立してるのか?」
見た所文明レベルは中世ファンタジーぐらい……まあ、機械とかはないけどそこそこ発展してるー、ぐらいのイメージだ。
元の世界でお笑い芸人になるならオーディションに受かるなり芸能事務所に所属するなりしなければならないのだが、流石に中世の芸人のシステムなど俺は知らない。まずはどうやってなるのかを確認しなければならないだろう。
俺に問われて、エルヴィーラは首をかしげた。
「さあ?」
「いや、さあって……」
「だって余は破壊神じゃし……そんな人間の文化とか知らんのじゃ……」
「芸人になりたいなら少しは下調べしておけよ。お前は夢見がちな高校三年生か」
ちょっとひょうきんな夢見がち高校3年生がお笑い芸人になった場合の末路はここでは割愛する。まあ、ビジョンの甘さは伝わるだろう。
「まあ、正直それは予想してたからいいや。職業として成立してるにしろしてないにしろ、どうせ俺たちがすぐになるのは不可能だしな」
「なんでじゃ?」
「明日の飯も食えるかわからねえからだよ……」
結局、俺たちは遺跡から着の身着のまま逃げ出してきた。持ち出せたのはその時着ていたものだけ。鼻眼鏡すら廃墟の中である。まあ、真面目に芸人やるなら鼻眼鏡の出番はないからいいのだが。
「とりあえず、まず路銀稼ぎと宿の確保。それができてから芸人デビューの道を探す感じでいこう」
「むぅ……回りくどいのぅ……」
「仕方ないだろ。俺の居た世界で、芸人たち共通の特技ってなんだったと思う?」
「お笑いじゃないのか?」
「レジ打ちだよ」
あと品出し。アルバイトはいい。ギャラと違って確実にお金が振り込まれるのだ。正社員にならないかって店長に誘われたときは心が揺らいだ。
「ま、とはいえこの世界で品出しとかすることにはならないだろ。冒険者ギルドがあるみたいだし、魔物討伐の仕事とかあるだろ」
「そういうのは得意じゃぞ。じゃって破壊神じゃから」
「素材まで消し飛ばさないように注意してくれ」
そういうわけで、俺はこの街の冒険者ギルドへと向かった。
ギルドは酒場が併設されているようで、飯を食う客と依頼を受けたり報酬を受け取ったりする冒険者達で賑わっていた。
なんとか彼らの間をすり抜けて、俺達はギルドの受付へと向かった。受付嬢は、愛嬌のある若い女性だった。
「いらっしゃいませ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あのー、仕事を探しているんですが……」
「冒険者登録はまだのようですね。でしたら、あちらで検査を受けていただいて、検査結果に応じたランクのお仕事を紹介させていただくことになります。ちなみに無料ですので安心してくださいね」
俺たちの身なりを見て、受付嬢はそう付け加えた。ちょっと舐められている気がするがありがたい話である。
案内されたのは受付カウンターの端にあるスペースだった。何やら水晶玉のような物がおかれている。
「検査って何をするんですか?」
「こちらの水晶に掌を置いていただくと、即座にその人のレベル・クラス・スキルが表示されるんです。それを元に冒険者ランクを算出するんです。例えば私だと」
受付嬢はデモンストレーションとして自分の手のひらを水晶玉の上に置いた。
水晶玉が光り、空中に彼女のステータスが表示される。
・アガーテ・リーネル
・クラス:鑑定師
・レベル:20
・スキル:物品鑑定(C) 観察眼(B) 魔物知識(辺境)(C) 算術(D) 筆記(C) 家事(F)
「なるほど。アガーテさんの場合は有能だけど家事が不得意なステータスというわけですね」
「はい。ですが次に余計なことを言ったらここで仕事ができると思わないでください」
受付嬢のアガーテさんに笑顔で凄まれ、俺は口をつぐんだ。
しかし、こうも詳らかにステータスが明らかになってしまうのは少し不都合だ。俺はエルヴィーラの顔を見た。エルヴィーラはなんで見られたのかわからずキョトンとしている。俺はエルヴィーラの耳元に口を寄せた。
「おい、不味いんじゃないのか。おまえが破壊神ってバレたら大事だろ」
「その辺は大丈夫じゃ。こう見えても破壊神じゃぞ。偽装魔法の一つぐらい完璧じゃ」
偽装魔法の腕と破壊神が関係あるのか分からないが、本人がそういうなら信じざるをえない。
受付嬢に促され、まずは俺が水晶玉に手を置いた。
水晶玉が光り、空中に俺のステータスが表示される。
・マサヤ・タダノ
どうやら、名前は正式に前世と変わっていないらしい。なんだかんだ長いこと使ってきた名前なのでこれはありがたい。
「珍しいお名前ですね。東方系の方ですか?」
「まあ、そんな感じです。こちらの常識には詳しくなくて」
アガーテさんとそんな雑談をしていると次の項目が表示される。
・クラス:ツッコミ芸人
「……珍しいクラスですね。東方系ですか?」
「東方ってツッコミ芸人いっぱい居るの!?」
・
「ベテランですね」
「まあ、初めて喋った言葉が『なんでやねん』でしたので……」
・スキル:ツッコミ(A) ノリツッコミ(A) スルーしたと思ったらツッコミ(A) 普通自動車免許(AT限定)
「すごい……こんなスキル欄初めて見ました……」
「でしょうね!! というかこの世界で免許使えるのかよ!!」
俺はツッコみ、となりでアガーテさんは口を抑えて震えている。どうやら俺のツッコミはこの世界でもウケたみたいだ。
まあ、受けたから良かったけどこのふざけたステータスは絶対あの女神のせいだろう。あいつはどこまでこちらを翻弄するんだ。
「そ、それでは……次はそちらの方の検査ですね」
「うむ!」
エルヴィーラは胸を貼って水晶に手を置く。
そしてパリーンと音を立てて、水晶玉が砕け散った。
「え!?」
驚愕に目を丸くする受付嬢のアガーテさん。胸を張るエルヴィーラ。俺は嫌な予感がした。
「おい、おまえ……」
「どうじゃ! 完璧な偽装魔法であろう!」
「どこがだ!」
「無理やり魔力を流して水晶を壊せばステータスはわかるまい!」
「力技ッ!」
俺とエルヴィーラのやり取りを、周囲の酔客が笑いながら眺めている。まあ、傍からみたら面白いだろうが、笑い事ではない。
俺は冷や汗を流しながら壊れた水晶玉を手にとった。
「えっと……こちら、弁償とかって……」
「あ、高価なものではないので大丈夫ですが……その……誠に申し上げづらいのですが……当ギルドではお二人に仕事を紹介することはできません」
「な、なぜじゃ!?」
「ステータス測定不能の人と芸歴15年のツッコミ芸人の冒険者ランクを付ける基準がないので……」
「ですよねー」
ちょっと笑いつつも頭を下げるアガーテさんに見送られながら、俺達はギルドを後にした。
「さて……金のあてがなくなったぞ」
「ううむ、困ったのう」
無一文で路上に放り出された俺とエルヴィーラが悩んでいると、誰かが俺達に声をかけてきた。
「よう、冒険者ギルドでのやり取りはみせてもらったぜ。あんたら、面白いじゃねえか。どうだ、良かったらうちに来ねえか?」
声の主は、鎧を来た女戦士だった。片目につけた眼帯が、歴戦の雰囲気を醸し出している。
「ありがたい話ですけど、あなたは?」
俺が問うと、女戦士はふっと笑って答えた。
「アタシはディートリンデ。勇者をやっている」
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