第3話「ツッコミ芸人と破壊神、コンビ結成」

「む? 余がツッコミを募集してるのを知らなかったのか?」

「まったく聞いてない……俺が聞いてるのは破壊神復活のための生贄ってだけだ……」


 生贄からお笑いコンビを組むことを要求されることを予想しろと言う方が無理がある。俺がそう答えると、破壊神エルヴィーラは首をかしげた。


「むぅ……ちゃんと募集要項は『天涯孤独で健康優良、頭脳も明晰で生まれて初めて喋った言葉が『なんでやねん』、胸に『ツッコミ』の形の痣があり選ばれしツッコミにしか抜けない岩に刺さったハリセンを引き抜いた経験がある』ってしといたのにのう」

「ツッコミ募集するにしてもその条件おかしいけどな!」


 意外に思われるかもしれないが胸にツッコミの形の痣があることとツッコミの能力に因果関係はない。むしろボケの胸にツッコミって書いてあったほうが面白いまであるかもしれない。


「ううむ、伝わってなかったか……。それは申し訳ないことをした。余の落ち度じゃ」


 ペコリ、と頭を下げるエルヴィーラ。こうして話していると、この子が破壊神だなんてまったく信じられない。


「それじゃあ、ツッコミ募集のことは置いておいて」

「いいのか?」

「うむ。やる気のないものとコンビを組んでも仕方ないからのう」


 言いつつも、エルヴィーラは落ち込んでいる様子だ。突然言われたことで混乱していたから保留させてしまったが、どうせ俺にはツッコミ以外能がないんだしコンビを組むのを承諾しても良かったのかもしれない。

 俺がそう考えていると、気を取り直したエルヴィーラが声をかけてきた。


「じゃあ、貴様を生贄に余が力を取り戻して世界を滅ぼす感じでいいかの?」

「え?」

「え? じゃないじゃろ。貴様そのための生贄として来たんじゃろ? 大丈夫大丈夫、世界滅ぼすなんて順調に行けば一週間かからんからの」


 ゴゴゴゴゴ、と低い唸りをあげてエルヴィーラの周囲の大気が振動する。俺が落ちてきた穴の上の方から「これは破壊神様復活の兆候!?」「おお! ついにその時が来た!!」みたいな声がかすかに聞こえるような気がする。

 なるほど、確かに俺が破壊神復活のための生贄として捧げられたなら復活して世界を滅ぼすのが道理だろう。どうやらエルヴィーラは信者の希望を聞き届けてくれるタイプの破壊神らしい。

 俺はうなずいた。


「すみません、コンビ結成の方の話を詳しく聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「む? 世界滅ぼさんでいいのか?」


 滅ぼされていい人の方が少数派です。という言葉は一応飲み込んでおく。機嫌を損ねて早まられたら不味いし。

 エルヴィーラは露骨に上機嫌になり、周囲の大気の鳴動が収まった。上の方からは「馬鹿な!?」とか「生贄の数が足りなかったのか!?」みたいな声が聞こえてくる気がするが無視する。胸にツッコミの痣があるやつが他に要るならあってみたい。多分あの女神の被害者だ。


「で、なんで破壊神がお笑いコンビなんか組もうとしてるんだ?」


 まず聞きたいのはそこだ。破壊神とお笑い。あまりにも共通点が見いだせない。


「うむ、それじゃがの。ほれ、余、破壊神じゃろ? 今までなんども人間文明を破壊してきたんじゃがの、いくら破壊しても破壊しても復活してくる文明に興味が湧いてのう」


 あまりにも酷い話な気はするがスルーしよう。神スケールの話にいちいちツッコミを入れていたら身が持たない。


「で、そのことを知り合いの女神相談したら『じゃあ自分で経験してみるのはどうでしょう? ちょうどいい人材が見つかったらそっちに送りますんで』って言われての」

「そういう理由で転生させたのかよあの女神……」


 世界の命運を左右しているのは嘘ではない。嘘ではないがあの野郎。


「うむ! それでどうせ体験するなら人間を楽しませるようなことがやりたくてのう。ほれ、余、破壊神じゃし? 基本的に人間から向けられる感情って恐怖か狂気かどっちかじゃからそういうの経験がなくてのう。やってみたかったんじゃ」

「あー……それはなんか分かるわ」


 キラキラとした目で語るエルヴィーラに、俺はうなずいた。確かに人を笑わせるのは快感だ。ハマりすぎて芸人になっちまうやつが出てくるぐらいに。


「信者の夢枕に鼻眼鏡をして出てったら普通にひざまずかれたときはどうしようかと思ったわ……」


 そしてスルーとマジレスはお笑い殺しなことも万国共通である。


「余はイケてると思ったんじゃのう、あれ……」


 しゅん、と肩を落とすエルヴィーラ。


「いや、良かったと思うぞ、あれ」


 俺がそう答えると、エルヴィーラの顔にパッと笑顔が広がった。


「本当か!? 本当にあれは面白かったと思うか!?」

「ああ、まあ、単純に鼻眼鏡が面白かったってわけじゃなくて、いくつか条件付きだけどな」

「条件とな?」

「おう。おまえ、なんで鼻眼鏡をつけようと思ったんだ?」

「鼻眼鏡をかけた顔が面白いと思ったからじゃが」


 なるほど、となると、あの流れはほとんど天然、ビギナーズラックか。別にそれ自体は悪いことではない。だが、ちょっと説明してやらねばならないだろう。

 俺は咳払いをし、首をかしげるエルヴィーラに対して話し始めた。


「まず最初に言っておくが、鼻眼鏡単体では別にそんなに面白くない」

「なんじゃと!? 貴様、さっき面白いって言っとったじゃろ!?」

「いや、おまえが鼻眼鏡をかけていたのは面白かった。そこは区別しておきたい」

「どういうことじゃ?」


 イマイチ俺の言っていることがよくわからないのか、エルヴィーラは腕を組んで首をかしげている。


「そうだな。説明するまえに一個聞いときたいんだが、お前は『どうすれば笑いが取れる』と思う」

「面白いことをすればいいんじゃないのか?」

「そうだな。じゃあ『面白い』ってなんだ?」

「『面白い』がなにかじゃと……? それは……面白い……むむむ?」


 ぐぐぐっと首をかしげて悩むエルヴィーラ。まあ、これはいささか意地悪な質問だったかもしれない。


「『面白い』とはなんじゃ……笑いとは……世界……」


 ゴゴゴ、と悩むエルヴィーラの周囲の大気が鳴動する。上の方から「おお!」「やっぱり破壊神様が復活するぞ!」と声が聞こえる。


「待て待て待て! 説明するから落ち着け!」


 静まる大気。上の方から伝わってくる落胆。なんだこれ。


「まあともかく。笑いも色々な要素があるが、一番簡単なものは『ギャップ』だ」

「『ギャップ』とな? あの、雨の中で不良が犬に傘を出してるとキュンとするやつか?」

「なんで異世界の破壊神がそんなベタなパターンを知ってるんだよ……まあ、それであってる」


 そう言って俺は説明を続けた。

 たとえば、エルヴィーラが言った構図は「怖い不良が」「かわいい子犬に」「優しい行動を取っている」というのがギャップである。

 人間は「予想した結果とのズレ」が生じると笑うようになっている。

 エルヴィーラの鼻眼鏡のパターンでいうと「恐ろしい破壊神」が「間抜けな鼻眼鏡」をつけて「威厳のあるセリフを言っている」というギャップが笑いを誘った、と俺は考えているのだ。

 俺がそう説明すると、エルヴィーラは感心したようにうなずいた。


「はー……なるほど。『面白い』一つとってもいろんな仕組みがあるんじゃのう」

「ま、これはほんとに基本の基本だ。ネタを作るためには他にも色々あるんだが……それはおいおい教えていけばいいだろ」

「ん? んん? おいおい? それってつまり、今後も色々教えてくれるってことか?」


 期待いっぱいに目を輝かせるエルヴィーラ。俺はポリポリと頭を掻いた。


「ま、お笑いは嫌いじゃないし他にできることも無いからな。よろしく頼むぜ、相棒」

「お、おおお!! よろしく頼むのじゃ!」


 よっぽど嬉しかったのだろう。エルヴィーラはわなわなと身体を震わせ、続いて俺に抱きつくように飛びかかってきた。


「おっと、危ないって――」


 俺はエルヴィーラの華奢な身体を受け止めようとして。

 

「ええええええええ!?」


 ものすごい勢いで吹き飛ばされ、壁に叩きつけられたのである。

 そうだった。こいつ可愛い顔して破壊神だった。身体能力半端ねえな。

 壁に人型の穴を開けてめり込む俺、エルヴィーラは気まずそうな顔をして言った。


「……あー、その……これは『見た目は華奢な女の子』が『破壊神だからスゴイ力を持っている』ギャップ、かの?」

「まあ、確かにそういうパターンだが……」


 ゴゴゴ、と地鳴りのような音がする。忘れていたが俺たちが今いるのは地面に空いた深い穴。壁に強い衝撃を与えるとどうなるかというと……


「加えて言うなら『喜びの表現で抱きついたのが』『地面を崩すほどの力を発揮してしまう』のも、ギャップだな」

「……」

「……」

「てへっ☆ やっちゃったのじゃ」

「やっちゃったのじゃじゃねぇぇぇ!!」


 崩壊する岩壁に埋まりながら、俺は叫んだのだった。


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