第2話「ツッコミ芸人、生贄に選ばれる」
さて、目を覚ましたらものすごいピンチだったので思わず叫んでしまったが、とりあえず今の状況を確認してみたいと思う。
縛られていてちゃんとは確認できないが、どうやら今の俺は15~6ぐらいの男みたいだ。転生っていうからてっきり0歳からやり直しだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
で、現在ぐるぐるに縛られていて破壊神復活のための生贄にされそうになっている。ここに至るまでの経緯は不明。周囲には10人程度のフードをかぶった奴らが居る。こいつらの素性も不明。フードの上からでもわかる体格の良さそうな奴もいるしそもそも1;10で逃げられる気もしない。もらったチートスキル、ギャグ漫画補正だけだし。
一言で言って詰んでいた。
とはいえ、せっかく転生した命だ。諦めたくはない。俺は一縷の望みをかけて、俺を運んでいるフードの男に声をかけた。
「あ、あのー……私を生贄に捧げられるそうなのですが、その……なかったことにしてもらうってことは出来ませんかね? わ、私まだ若いので死にたくないですし……」
自分で言っていて情けないのだが、説得材料がないのだ。帰りを待つ家族がいるとかいう嘘すら自分の家族構成を把握していないのでつけない。びっくりするほど詰んでいた。
俺の言葉を聞いて、フードの男はクックックと笑った。
「クックック、死にたくないのはわかるがこちらにも事情があってね。残念ながら、君の素性は調べさせてもらったよ。君以上に生贄の条件を満たしている人間を、私は知らない」
これは……不幸中の幸いかもしれない。うまくすれば、話の流れで俺の素性とやらを聞き出せそうだ。
「い、生贄に適しているって、どこがですか?」
「天涯孤独で」
なるほど、理由はわからないがどうやら俺に縁者は居ないらしい。異世界で一人っきりというのはなかなか厳しそうだ。
「健康優良」
特に持病とかはないのは不幸中の幸いだ。
「頭脳も明晰で」
そう……なのかな? 正直、自分の頭の良さというのはよくわからない。まあ、ツッコミなんてやってたんだからそこそこ頭の回転が早い自信はあるが。
「生まれて初めて喋った言葉が『なんでやねん』」
ん?
「胸に『ツッコミ』の形の痣があり」
いやいや!?
「選ばれしツッコミにしか抜けない岩に刺さったハリセンを引き抜いた経験がある」
「ハリセンは刺すものじゃありません!! なんだその意味の分からない設定! 人違いで……」
あまりに意味が分からないことを言われたので思わずツッコもうとしたその時、俺の脳裏に走馬灯のように映像がよぎった。
――生まれたばかりの俺が母に抱かれている。母は俺の胸を指でなぞり、悲しげにつぶやいた。
――この胸の痣……この子は、辛い運命をたどるかもしれないわ……
――俺は言った
――『なんでやねん!』
場面は変わる
――ボロボロの教会……どうやら、ここは孤児院のようだ。
――孤児院の裏、岩に刺さったハリセンの前に数人の子どもたちが集まっている。
――『本当にハリセンが岩に刺さってる!?』
――俺はツッコむ。
――『な、言ったとおりだろ? これを引き抜けた人が世界を救うんだってさ』
――子供の一人が答える。
――『ハリセンで世界は救えねえよ!』
――ビシッと、ツッコミを入れる俺。その瞬間、バランスを崩して倒れそうになる。
――とっさにハリセンに手を伸ばす。ハリセンは、するりと抜け……
―― To Be Continued
映像が停止し、脳裏に浮かび上がる『
そして流れるスタッフロール。
照明 女神
撮影 女神
音響 女神
監督 女神
……
頭痛がするようなスタッフリストの横で、NGシーン集が流れている。
スタッフリストはしばらく続き、最後に
SPECIAL THANKS
女神
女神
女神
AND YOU!
で終わった。
「そりゃ俺の人生だからな! SPECIALもクソもねえよ!!」
どうやらアレが俺のこれまでの半生(女神プロデュース)らしい。マジかよ。
ということは生贄の条件を満たしているというのは本当だし、ここで生贄にされそうになっているのは全部あいつのせいということだ。次に会う機会があったら2,3発どついても許されると思う。
「ふむ、意味はわからんがそれが君の『ツッコミ』というやつかね? なるほど、噂には聞いていたが実物は迫力が違うな……」
「意味がわからないツッコミを評価するんじゃねえよ……」
ボケは単発でも面白いが、ツッコミは流れがあってこそだ。今の俺にしか見えてないであろう過去回想に対するツッコミを評価されても何も嬉しくない。
「というか人のこと生贄にしようとしてるやつに評価されても全然うれしくねえな!」
「クックック、そう言うな。今更どうしようもないのだ。君を生贄に破壊神様が復活すればこの世界の生きとし生けるものはすべて死に絶える。君が死ぬのはそれよりちょっと早いだけだよ」
「なんの慰めにもならねえ……」
そしてどうやらこいつらは思ったよりやばいカルトの集まりらしい。説得は無理そうだ。完全に終わった。
そうこうしているうちに、俺はデカイ穴の前まで連れてこられた。暗くて、底がどうなっているか見えない。
一縷の望みをかけて、俺はフードの男に質問をした。
「あの……つかぬ事を伺いますが、まさか生贄ってこの穴の中に落としたりなんてことは……」
男はうなずいた。
「あるとも」
「マ」
そして、俺の返答を待たずに穴の中へと俺を放り投げた。
「マジかよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
俺の絶叫は、虚しく暗く深い穴の中へと消えていった……
――――
しばらくして、
「いてて……なんか俺、目を覚ましてばっかだな」
というわけで、俺は目を覚ました。覚ましたったら覚ましたのである。
どうやらここは穴の底のようだ。苔のような物がうっすらと光っていて、何か祭壇のようなものがあるのが見える。
いつの間にか、俺の体を縛っていた縄が解けていた。俺は立ち上がって肩を回した。身体に異常はなさそうだ。
上を見上げても真っ暗で何も見えない。相当な高さから落とされたであろうに無事なのは幸運……というか、何か超常的な力が働いたとしか思えない。
「どうやら、気がついたようじゃな……どれ、近う寄れ」
祭壇の方から声が聞こえた。目を向けると、祭壇の上に人影があるのが見えた。
声の主は若い女のようだが……明らかに嫌な予感がする。正直逃げたい。が、逃げ場はない。俺は恐る恐る祭壇へと近づいていった。
やがて、人影の姿がはっきりしてきた。
祭壇の上に居たのは女だ。見た目は今の俺より少し下くらいのように見える。だが、その女はひと目見て異常とわかった。
金の装飾を施された古めかしいマント。肢体を包むぴっちりとした材質不明の服。そして……
顔には、鼻眼鏡をかけていた。
鼻眼鏡。メガネにデカイ鼻がついた、パーティグッズである。メガネはぐるぐる渦巻きが書かれており、その奥の目は伺えない。
俺と女の間に緊迫した空気が流れる。永劫にも近く感じられた時間の後、女が口を開いた。
「よくぞ参った。余が破壊神エルヴィーラである」
俺は深く息を吸い込み。
「そんなもんつけた破壊神が居るか!!」
つっこんだ。
ツッコミは空気を震わせて闇へと消えていく。俺はやっちまったと思った。たとえいくら鼻眼鏡であろうと破壊神は破壊神である。機嫌を損ねたら何をされるか分からない。
だが、俺の心配は杞憂であった。
エルヴィーラと名乗った破壊神は、興味深そうにくつくつと笑った。
「ほう……余のこの姿を見てそのような言葉を吐いたものは貴様が初めてよ」
「なんで誰もツッコまねえんだよ!!」
「じゃが……これを見ても同じことを言えるかの……?」
エルヴィーラの纏う空気がざわめいた。彼女の周囲に闇が収束しているような感覚を覚えた。
エルヴィーラは軽く息を吸い込む。何か呪文でも使うのか、と俺はとっさに身構えた。
ピヒョー!
という音とともに、彼女のかけた鼻眼鏡の鼻から吹き流しが飛び出した。
吹き流し、という名前は馴染みがない方もいるかもしれない。あのお祭りとかでよく売っている、息を吹き込むと巻かれた紙がピヒョー!という音とともに伸びるやつである。ピーヒャラ笛とかピロピロとかとも呼ばれる。
それが鼻から飛び出したのである。ご丁寧に両鼻から一本づつである。
「どうじゃ?」
破壊神は問うた。
「馬鹿みたい」
俺は冷た目に答えた。
「な、なんじゃと……! じゃが余はまだ二段階の変身を残している! この意味がわかるか?」
「耳からもピロピロ出るとか言うんじゃないだろうな」
「意味がわかったか……」
「本当にそうだったのかよ!!」
破壊神はピヒョー、と耳からも吹き流しを飛び出させた。俺はもう、相手が誰とか関係なくツッコミを入れざるをえなかった。
というか、マジでこいつにツッコミを入れるやつ誰も居なかったのかよ。ボケ殺ししかいない世界か。
しばらくピロピロと吹き流しを伸ばしていた破壊神だったが、適当なところで鼻眼鏡を外した。鼻眼鏡の下の顔は童顔だが美少女だった。人間だったなら五年もしたら美女になるだろう。
「ふ……ふふふ……貴様が選ばれた理由、よくわかったぞ。さあ、余に名を聞かせよ」
「あー……只野正也、でいいのかな」
この世界の名前もあるのかもしれないが知らない。回想シーンにはツッコミしか出てこなかったし。
俺の名を聞き、破壊神は満足げにうなずいた。
「なるほど。では、マサヤと呼ばせてもらおう。さあ、マサヤ。貴様がここに連れてこられた理由は分かっているな?」
「ああ、分かってはいるつもりだ」
緊張気味に俺が答えると、破壊神は満足げにうなずいた。
「ならば良かろう! さあ、マサヤよ! 貴様は余の相方にふさわしい! 我らでコンビを組んでお笑いで世界を席巻するぞ!!」
「ちょっとまって!? それは初耳なんだけど!?」
これが、俺の新しい相方――破壊神エルヴィーラとの出会いだった。
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