記憶屋少女

柊木 渚

男性と記憶屋の少女

 照りつける太陽の下、男性は何かから逃げるかのように、とぼとぼと歩いていた。

「熱いなぁ」

 男性の額からは大量の汗がたらたらと流れ落ちていく。

「あそこで一度休もうかな」

 男性は道路上にポツリとあるバス停で一休みをしようと歩いて行く。そのバス停には小さな先客がいた。

「そこ、座らせてもらっても良いかな?」

 聞く必要のないことだと分かってはいるのだけれど、一応の礼儀として一言断っておく。

「うん良いよ!、けどねおじちゃん、ここのバス停にバスは通ってないんだよ」

 先客であった小学校低学年程の少女が元気よく答えてくれた。

「大丈夫だよ。僕は少し休みたかっただけだから、それにしてもお嬢ちゃんはこんな所で何をしているのかな?」

 バスも通っていないと自分で言っていたのにこのバス停に何故いるのだろうか。

「記憶屋さんをやっているの!」

「記憶屋?」 

 八百屋などは聞いたことが多々あるが記憶屋は初めて耳にする。

「どんなのを売っているのかな?」

 興味本位で聞いてみると少女はこちらを向き、ポケットからビー玉に似た物を差し出してきた。

「これは?」

 渡された物はビー玉よりも柔らかく、簡単に握りつぶしてしまえる程の柔らかさの物だった。

「記憶玉だよ」

「記憶玉…」

「そこにはね沢山の記憶が詰まっているの!」

 嘘くさいとは思うが少女の言葉に何故か男性は聞き入ってしまっていた。

「その記憶玉に大切な人を思い浮かべながら記憶玉を潰すと見れるんだよ」

「何を?」

 分かってはいる筈なのにもう一度だけ確認をしたかった。

「大切な人の記憶だよ」

 その言葉を聞いた後で、男性は少女から渡された記憶玉を見つめた後、少女に問いかけた。

「これは幾らで売っているのかな?」

「五百円だよ」

 その値段を聞いた男性は驚いていた。もしも記憶玉が本当であれば、もっと高額にしても良いんじゃないかと思う一方で。《子供であるからそこらへんは疎いのではないのだろうか?》と男性は思いながらポケットから五百円玉を取り出すし

「なら一つ買わせてもらうよ」

 と言い少女に五百円玉を渡した。

「毎度あり!」

 大きな声で嬉しそうにそう言うと、男性から貰った五百円玉をポケットにしまった。

 男性は早速少女から買った記憶玉を手に持ち大切であった人を脳裏に浮かべながら潰した。

 その瞬間に男性は船酔いによく似た感覚に襲われながらバス停で倒れた。


《ここは…》

 目が覚めた男性は辺りを見回してみるが何もない真っ暗な所で自分一人しかいないことに気が付いた。

《なんだこの光!》

 そんな場所でただ一つ、記憶玉だけから異様な光が放たれていた、そして誰かの脳内に干渉するような感覚が男性を襲った。

《うそ、だろ》

 そこには男性が願った人が慌ただしく何やら支度をしていた。

「ヤバい!、このままじゃ結婚式に遅れるぅ」

 鏡の前で寝ぐせを整え軽く化粧をした後家を出た。

《あぁ、そう言えばあいつ結婚式だっていうのに寝坊したんだよな》

 そこに映っていたのは男性の一番大切な人、婚約者であった。

 その後、時間は進み、

「ねぇ貴方、私、妊娠したみたいなの」

「本当かぁ!やったぁ遂に俺もお父さんかぁ」

《この時は驚いたなぁ、僕たちの家族ができるなんて思ってもいなかったから…》

 男性は記憶を覗いて少し泣きそうな表情を浮かべていた。

 また時間は進みだし、ある瞬間ピントがぼやけたような視界にないくのを感じた。

《これは…》

 そこに映っていたのは子供が産まれた瞬間だった。

 この後女性は静かに息を引き取るのだが、男性に対してある言葉を口にしていたのだ。その言葉はあの場所に居た男性ですら聞こえない程に弱々しい掠れた声だった。

《僕はあいつが最後に口にした言葉が知りたくて、この記憶玉を買ったんだ、あいつはいったい何を…》

 そう考えていると女性の声が脳に染み渡るように聞こえてきた。

【貴方と会えて本当に良かった。貴方と最後まで一緒に寄り添ってたかったなぁ、あの子のことよろしくね、私たちとの思い出をあの子にも分けてあげてね】

 言葉はここで終わったが女性のある思いが男性の身体に染み込むようにして伝わってきた。


【今まで本当にありがとう】

 

 その思いが伝わってきた瞬間、男性は抑えきれなくなっていた涙を流していた。

《なんだよそれ、僕もお前と一緒に年を取って皺くちゃにした顔で笑って最後を迎えたり、俺らの子供が成人になるところを一緒に見送りたかったさ…》

 涙を服の袖で拭い満面の笑みでここにいない彼女に言う。

《今まで本当にありがとな、後は任せろ!だから天国で見守っててくれよな》

 男性がその言葉を口にした瞬間、意識が薄れていく感覚に襲われながら記憶玉が光る。

 

 次に目を開けた時には元居たバス停だった。

「お!起きた。」

 そこには記憶玉をくれた少女が、倒れている男性を覗き込むようにして見ていた。

「俺はいったい…」

 立ち上がり辺りを見回す。

 念のためここはどこなのかを聞いてみた。

「ここはバス停で良いんだよな?」

「そうだよ。おじちゃんはねぇ、さっきまで大切な人の記憶の中にいたんだよ。何か見えた?」

「あぁ、大切な人の最後の言葉が聞けたよ」

「よかったね」

 その言葉を聞き終えた後男性は来た道を引き返そうとすると。

「もう行っちゃうの?」

 少女にそう問いかけられた男性は一度振り向き少女に言った。

「あぁ、もう行くよ。俺はここに逃げてきてたんだ、けどお嬢ちゃんのお陰で目が覚めたよ。大切な人が俺を待っているからね。もう逃げるのはやめて前に進むことにするよ」

 男性はここに来た時の逃げている感じはなく、前を向いて力ずよくなっているように思えた。

「そうなんだね、ばいばいおじちゃん」

 男性は手を振りながら帰っていっく。

 大切な人が願った事を果たすために、照りつける太陽をものともせず、一歩一歩着実に踏みしめながら。

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記憶屋少女 柊木 渚 @mamiyaeiji

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