第8話 無自覚な悪意
ただの何もない、砂ばかりの荒野から少しずつ、緑が増えだし、目に優しくなり気分も高揚してきたころにやっとクニが見えてきた。高い高い壁に囲まれ、何から身を守るのかという疑問はアーテにはあったものの、きっとこの近くにまた国が存在するのかもしれないと想像した。高い高い壁の中に、昔見ていたビル群があってここの中は異常に文明が発達していた。そのルーツは気にはなるものの、アーテには全く関係のないことで時間があれば聞いてみればよいかと思う。
「このクニは噂によれば、とてもやさしい人が多いんだとか。旅人に対してね。」
「へえ、旅人に優しいんだ」
「そう。なんでも、この国にはお金という概念がないんだって。」
「なぜ、それでこんなに文明が発達しているの」
「むかし大きな戦争をしてしまって、その時の権力者が争いの種であった、お金を無くそうと」
「面白いわ。自らお金を放棄したクニがあっただなんて」
「そう、僕も初めてだ。そんなクニがあったって聞いた時はびっくりした。百聞は一見に如かず、とにかく行ってみて、それで実態を見てみようと思ったわけだ。」
「なるほどね、楽しみだわ」
アーテはご機嫌なようで、ハミングをしはじめた。
「旅人さんかあ、久しぶりだな」
嬉しそうに笑いながら入国管理官はタブレット端末を器用に操作しながら、入国審査を続ける。
「武器は持ってる?」
「持ってます。」
シュンは、服の中のハンドガンや後ろに積んでいるライフル類を指さした。入国管理官はニコニコと笑いながらうなずいた。
「このクニは銃の所持は禁止されてるんだ。銃はここで預かってもいいかな。もちろんそれ以外の危険そうな武器類もね。ああ、けど大丈夫、ナイフの所持は許可されてるんだ。そうしたらこのクニ名物のストリートクッキングができなくなっちゃうからね」
「分かりました。」
クニ自体で、銃が許可されていないというのは事前に知っていたことだったので、特に拒否感はなかった。もし何かのトラブルが起こったとしても、ナイフ一つでどうにかしてしまえる自信はシュンにはあった。シュンは身に着けているハンドガンとその他の銃火器を預けると、入国管理官に二枚のカードを渡された。
「君はJ—134で彼女はJ—135だ。これがこの国の身分になるからさ、なくさないでくれよ。」
「分かった。」
「名前は、あとどれくらいの間、滞在する予定なの」
「シュンと彼女はアーテ。五日ぐらいを予定してるんだけど。」
「おーけい。問題ないよ。車は日常的に走ってるからね、安心してよ。ああ、ちょっと形は違うけどさ。」
「なるほどね、ありがとう」
シュンは前を向いて走り出そうとしたが、入国管理官に止められた。
「ちょっと待って、ここからは入国に関係ないことなんだけどさ。この銃とか写真撮っても問題ない?」
「え、ああ。問題ないけど」
「本当! あとさ。記念に一枚写真撮ってよ」
「いいよ」
入国管理官は相変わらずの笑顔で、今度は先ほどの一回り小さいタブレット端末を取り出して「はい、チーズ」と合図を取り笑顔を求めた。シュンはほとんど表情を変えなかったしアーテは関心がなさそうに前ばかりを向いていたが。
「ありがとう、いい写真が撮れたよ! じゃあ、もう入国してもいいよ」
彼の興味はタブレットに移ったようで、もうこちらには視線を向けようともしない。シュンはオートモービルの窓を閉め、アクセルを踏んだ。アーテが爪の形を眺めながら、シュンへ話しかけた。
「なんか、すごく元気な人だった」
「ああ、陽気な人だった。テンションの差が激しいけど」
神の寝る間に 錦徹 @hujinatuko
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