第5話 優しい人

手元に残ったのは、昨日の飲みかけの水筒と、肌身離さず持っていた子供用のハンドガン。子供用のハンドガンとはいえ、殺傷能力は確かなものだったがそれを自分に向けるほどの勇気はなかった。


 水筒の中身は半分程度しかなく、どうしてものどが渇いた時にだけ一口飲む。それを三日間続けた。


 最初のうちは、もしかしたら両親が迎えに来てくれるかもしれないと希望を持っ

ていた。けれどそんな希望も、二日間何も変わらない風景を眺めているうちに諦めてしまった。

 四度目の日が昇り、視界が真っ白になって、手足のしびれも段々感じなくなって行くけれど意識をなくさないように、何も感じなくなりかけている指を血が出ても噛み続けて、ボロボロだったときに遠くから車が走る音がした。自分の近くまで来たときブレーキ音がした。そして、人が歩いてくる音がした。

 山賊かもしれない、体は反射的にハンドガンを相手に向けていた。けれどそのハンドガンを支える腕も引き金にようとしている指もどう我慢しようと意識を向けたって震えは止まらない。それはもちろん。恐怖から来るものではなかった。



「おうおう、威勢のいい事で」



 けらけらと笑いながら、山賊は僕を見下ろした。

 僕は、ゆっくりと引き金に指をかけた。少し、力をかけて指を引けば自分の命の保証はされる。いつも父さんに教えられてきたように相手に照準を定めるが、山賊の顔も、視界が歪んでいて全く見えない。かろうじて確認できたのは、ゆらゆらと揺れている黒くて長い髪の毛だけだった。



「その様子じゃ、そのハンドガンの引き金を引く力も残ってないな」



 反論するために口を開いては見たが、言葉は出なかった。そして反論するための言葉も浮かばなかった。


「お前、親に捨てられた?それとも奴隷かなんかで逃げてきた?いや、奴隷ってことはないだろうな、その銃を持たされているんだから。

 とりあえずこんな風になるまで放置されたってことは、お前の保護者は帰ってくることはないだろう。

 そこで質問しよう。ここで死ぬか、俺についてくるか。死にたいんだったら右手、反対なら左手を挙げな」



 考えるまでもない。体は生を欲していた。気づけば自分は左手を上げている。


「そうか、いい判断だ」



そこまでしか記憶になかった。きっと僕はそこで意識を失ってしまったのだった。

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