第3話 いつかの記憶
気づいたら一人、僕は取り残されていた。
両親は確か、旅人だった。一つの場所に定住した記憶がないからだ。
両親を思い出そうとすれば、ほとんどが揺れる車の中で「おにぎり」を食べた暖かな思い出がよみがえる。
おぼろげな記憶の中で二人は
「ごめんね…」
一言呟いて去っていった。
謝るくらいなら捨てなければよかったのに。
追いかけようとした。けれど体は重く、指先に力が入らない。手を伸ばそうと、
手に念じた。
動け。動け。動け
必死で動かそうとしたのに、右の人差し指がピクリとしただけで、それ以上は動かなかった。
思い出した。
病気か引いてない、いつもより元気だという僕に、両親は聞く耳を持たず注射を腕に刺したことを。そこで気が付けばよかったんだ。それは睡眠薬だということに。いつも口を酸っぱくしながら言ってたじゃないか両親は。
『旅人は狙われやすいから、旅先で食べるものはよく注意しなければならないよ』
だから、旅先の食堂では注意深く食事を観察し、食事を運んでくるウェイトレスを観察し、基本は簡易的な毒見セットを使ったりなどもするほどに警戒心を持っていた。
けれど、何の警戒もしていない両親に対して使うはずもなければ、足りていない栄養を取るための注射だと言われて、全力で打たせまいとする子供も、睡眠薬だろうかと検査する子供はきっとどこにもいないだろう。
エンジンの音が遠くで聞こえる。
二人は一度も振り返らなかった。僕に未練など全くないかのように。
車が走り出した。勢いよく走りだした車の後で起こった砂埃に僕はむせ返った。
遠くへ、遠くへ走り去っていく車を眺めながら僕は意識を手放した。
「―――――っ。
ここどこ?」
どうやら目を覚ましたらしい。
彼女は今、地面に転がされている。両手足をしっかりと縛られて。
女の子相手に悪いかな、とは少しはシュンも少しは考えたけれど、考えただけで終わってしまった。女というだけで、好待遇されるような甘い世界ではないことは、彼女も知っていることだと思ったからだ。
「ちょっと何なんだこの状況は、少し説明してもらえないか?」
随分と偉そうな女だった、声は少し低いが。声が低いことが余計に威圧的な雰囲気を増長させていた。
「おい、聞いているのか? なぜ私は縛られている」
シュンは初めてだった。こんな風に偉そうに質問してくる女性は。いや、この状況下に限りだが。ただ、彼女はこの場において力はない、無力なのだ。
「君の疑問に答える前に確認しておきたいのだけれど、君は何者で何がしたくてこんなところで寝ていたの?」
女はフンッと鼻を鳴らすと吐き捨てた。
「それを聞いて君は、どうするんだい?君は私の助けにでもなってくれるのかい?」
「事と案件にもよるけどね。なるべく人の助けにはなりたいとは思ってるよ。常々ね」
シュンはいつでも考えていた。人の助けたいと。なるべく自分にできることなら何でも。やはり、自分に危害を加えるものには容赦がないけれど。シュンは自分自身のその矛盾には気づいていなかった。
「ふうん。それが、こんなことをする人間の言うことかい」
「ああ、ただ出会い頭に殺されるのは勘弁だからね。」
「そう。こんな世界で珍しいのね。じゃあ水と食料を分けてと言ったら分けてくれ
るの? 」
「もちろんだよ。目の前で死なれては目覚めが悪い」
「ひどく、お人好しで自己犠牲的な思考だな。でも君のことは少し気に入った。」
僕、いまそんなにお人好しで、自己犠牲的な発言なんかしてないよな?そんなことをシュン思った。
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