(8)らのの居ない神社
お祭りで大騒ぎした翌日の正午ごろ、漸く目が覚めた私はいろいろと用意を済ませてぼーっとテレビを見る。そういえば、夏休みというのは曜日感覚がまあ見事になくなるもので、今日が何曜日か全くわからない。カレンダーで確認すると水曜日だった。
遅い朝ごはん兼お昼ごはんを食べて、身支度をして、いつもの鞄を持って外に出る。昼の日差しは強敵であって、体感温度四十度越えはどうやら普通らしい。頭がおかしくなりそうだ。
途中コンビニでポカリを購入、とぼとぼ歩いていくと丘陵の入り口でギンギツネに出迎えられた。
そういえばキツネというとなんとなく油揚げを食べる印象がある。そろそろ油揚げを差し入れたほうがいいだろうか。なんとなく毎日のように一緒に居てくれているし。
神社は昨日の夜まで騒いでいたとは思えないほど静まり返っていた。というよりも普段の様相を取り戻していた。屋台も綺麗さっぱりどこかへ消えてしまっていて、慣れ親しんだというには期間が短いような、そんな涼しげな風が通っている。
珍しく、らのさんはおらず、らのさんが紙をめくる音すらしてこなかった。私はゆっくりと歩みを進め、拝殿の縁側のいつもの場所に腰掛けた。
鞄の中から『図書館の魔女』を取り出した。この本は高田大介先生のファンタジーもので、片田舎のようなところで炭をつくったりして生活していた少年キリヒトが、“魔女”と呼ばれる声を持たない少女マツリカの手話通訳になり、そしてとんでもないことに巻き込まれていくという話。前に一度読んだのだが、時々読み直したくなる一冊だ。使われている語彙は一般文芸の中でもそこそこ難しいほうだが、漢字で大体意味は理解できる。そして何より、マツリカがかわいい。
暫く図書館の魔女を読んでいると、ついうとうととしてきてしまった。私は無意識のうちに本に栞を挟んで縁側に横になってしまっていた――
うっすらと目を開けると、珍しくいつもの黒っぽい着物ではなく所謂巫女服を着て箒で境内を掃除するらのさんの姿があった。巫女服と言ってももちろん近年大人気の東の国系弾幕シューティングゲームのような腋が出るようなデザインではなく、至極普通の巫女服である。ちなみに袴は赤色である。
身体を起こしてぼけーっと掃除をするらのさんを眺めていると、らのさんは急にこちらを向いて、
「あっ! 起きてたんなら声くらいかけてくださいよ~」
なんて言った。私は立ち上がって、言い返す。
「いや、普段着てる着物と違うもんですから少し驚いちゃって」
「ああ、巫女装束ですか。実は私、巫女なんですよ~」
なるほど、だから毎日この神社にいたのか。
「じゃあ、なんで普段はあの着物を……?」
頭に載ったキツネの耳がぴょこんと揺れる。
「あっちのほうが過ごしやすくって」
らのさんはにこりと笑った。そして箒をまた動かし始めた。
「手伝いましょうか? 私も毎日のようにここに来てるし……」
「えっ、いいんですか? じゃあお言葉に甘えちゃおうかな!」
らのさんはそういって昨日私が浴衣に着替えた倉庫から箒をもう一本持ってきた。
そういえば、ギンギツネが居なくなっている。私が寝ている間にどこかへ行ってしまったのだろう。
「そういえばらのさん、図書館の魔女って本があるんですけど……」
ようやっと掃除が終わり、日の光はオレンジを帯び始めていた。
「そろそろ帰らなきゃですかね」
私は縁側にあった鞄の中の荷物を確認した。すべてしっかりと収められていたので私は鞄をかけてらのさんに挨拶をする。
「さよならの~」
「さよならの~」
どうやら耐性がついてきたようで、らのさんは特に動揺することもなくすんなりと返してきた。
私は鳥居を抜けて、帰路へついた。少し歩いたら、またギンギツネが一緒に歩いてくれた。
家に帰って、浴槽に浸かりながらふと思ったのだが、毎日らのさんはあそこにいて、いつ本を買いに行っているのだろうか。巫女だからといって朝から晩まであそこにいることはないだろうけど、私があそこに行けば大体らのさんはいる。今日は最初いなかったが巫女装束に箒と、何かを買った様子はなかった。
らのさんの謎は深まるばかりである。
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