(7)お祭り
異常気象だったらしい雨に降られてから数日、友人から祭りに行かないか、と連絡が入った。祭りといっても町内会が公園でやっている盆踊り大会の延長線上にあるもの。というか盆踊り大会なのだが。
いったい何を祭っているのか分からないそんな祭りに誘われて、フラフラと公園に行ってみた。
時間を確認すると午後六時。まだまだ明るくて、祭りも本調子ではないようだ。公園の入り口で友人と合流して、なんとなく中に入ってく。その友人はこの小さな公園の祭りのためだけに和服を仕立てたしい、淡い紫色の浴衣を着ている。
友人が射的をしたり、わたあめを食べたりするのを眺めながら私はその辺で売っていた焼きとうもろこしをほおばる。醤油が効いていてとてもおいしい。
途中友人は男友達にセクハラされたりしていたが、それも私は焼きそばをほおばりながら眺めていた。ちなみに友人は胸がでかい。けしからん。
午後八時くらいになって友人は漸く飽きたのか、早々に帰ってしまった。
一人公園に残された私にどうしろと言うのか。
寝て起きて、スマホを確認すると十時過ぎ、天気予報を見ると体感温度が30度を優に超えていた。予定は特に無い、今日は神社へ行こう。
箪笥からスカートと半袖の黒いTシャツを取り出して着替える。日焼け止めを塗って虫除けを吹きかけて、いつもの鞄をかけて、諸々を入れて出かける。
照りつける日差しがもはや痛いというのはいつものことで、そろそろ気にならなくなってきた。
丘陵に入るとどこからともなくギンギツネがやってきて私の後ろをついてくる。ためしに振り返って手を出してみると、寄ってきて顎を乗せた。かわいい。……なんでこんなに懐かれているんだろう。
ギンギツネと一緒に神社まで歩く。鳥居を抜けるとギンギツネはどこかへ行ってしまう。なんとなく見守られているような、キツネに心配されているような気もする。心配されるようなことはあっただろうか……。
境内はやっぱり周りよりも少し涼しい風が吹いていて、らのさんはいつものように縁側で本を読んでいる。とことこと音を鳴らしながら石畳を歩いて、らのさんの横にちょこんと腰掛ける。
「おはらの~」
あっ、かわいい。
「吹っ切れました」
あっ、めっちゃかわいい。かわいいので、私も同じように
「おはらの~」
と返してみた。らのさんは赤面して、
「あーやっぱりはずかしいー!」
顔をラノベで隠してしまった。タイトルは、『死にたがりビバップ -Take The Curry Train!-』。うさぎやすぽん先生の処女作だ。処女作……正直言うことに抵抗が……。いかんいかん、そういうことを考えてはいけない、いけない、いけない。そういえば風の噂で同級生が卒――
「そういえば! 今年は零奈ちゃんが居るのでお祭りが! あるんです!」
「私一人が居るからお祭り……?」
正直何を言っているのかわからない。
「いつなら暇ですか?」
「毎日暇で困ってます。」
宿題なんてものは適当にやっていれば終わるんです。
「じゃあ脅威の行動力で、明日やりましょう!」
明日。あした。tomorrow。あと、何語なら知っているだろうか。否、日本語と英語しかわからない。
「というわけで明日はちょっとオシャレしてきてくださいね!」
オシャレ、私には縁のない言葉だと思っていたが、意外なところで接点が。しかしオシャレができるものなら普段からしている。何がオシャレで何がオシャレでないのか、私にはイマイチわからない。だから毎日Tシャツやタンクトップ、それにズボンやらスカートやらを合わせるといういまどきの女の子が見たらダサいと言いそうな服装になってしまう。ネットで調べてみたけれど、イマイチ理解できなかったし、かわいいものが売っている店というのに入るのにもなんだかんだ抵抗がある。そもそもかわいいものって似合うのか、という疑問さえ。
「あ! そうだ! 浴衣! 浴衣とかないですか!?」
「……ないです…………」
人生で和服を着たのは七五三のときだけだろうか。
「うーん、じゃあ私の奴でいいか……身長は大丈夫だよね……」
身長は大丈夫でも主に胸囲がダメだと思います。圧倒的な差が……自分で思いながら悲しくなってくる。泣きたい。
「まあなんとかなるか! じゃあ、零奈ちゃん、明日は私の着物を貸します!」
「あ、ありがとうございます」
そんなこんなで、私はらのさんの着物を借りることになった。
翌日、私がいつものような格好でギンギツネを引き連れて神社へ行くと、神社は謎の賑わいを見せていた。普段誰も居ないのが嘘のように人が沢山居る。屋台が幾つか並んでいる。人々がそこでいろいろなものを買っている。
今日は鳥居を抜けてもギンギツネは私の傍に居る。ギンギツネのほうを見ると、ギンギツネもこちらを見る。かわいい。
「あっ、零奈ちゃん! ささ、ちょっとこっちへ……」
今日は浴衣を着ているらのさんに連れられ神社の裏にある倉庫のようなところへ入る。いろいろ脱がされ
「えっ、ノーブ……」
「あっちょっ」
「よしっと」
と簡単に言えばこんな会話があっていつの間にか私は浴衣を着ていた。
「おっ、似合いますね……」
「似合うんですかね……」
らのさんに連れられて、ギンギツネと一緒に屋台をめぐる。そういえばこのキツネ、何か食べるのだろうか。
射的、そういえばそんなものもあった。中年のおじさんに銃を持たされて、いつの間にかそれっぽく構えていて、パスッという音がなってコルクが飛ぶ。的の右二十センチほどを通過する。誤差を修正してもう一度打つ。今度は上に数センチずれた。今度はほんの少しだけ下げて――
「っしゃあ!」
ついつい大声を出してしまった。こんなに大きな声を出したのはいつぶりだろうか。そして手の中に握られる大量のお菓子……こんなに食べられない……。
と、らのさんがわたあめを手に持って戻ってきた。
「わ~、沢山。それ全部食べるの?」
「……食べれないです。半分くらい、要ります……?」
なんだか押し付けがましくなってしまったが仕方あるまい。だって、こんなに食べれないし。
「じゃあ、ありがたく半分……」
らのさんはわたあめをくわえ、さらに私の持っていたお菓子の半分を抱えてどこかへ歩いていってしまった。
少しおなかがすいてきた。ギンギツネを引き連れて焼きそばを売っている屋台で焼きそばを買う。おばちゃんはキツネさんに、と言って焼く前の肉を一切れ紙の小皿に載せて渡してくれた。
ギンギツネと一緒に食事を取る。とはいえ、ギンギツネの食事はものの数秒で終わってしまったのでかなり待ってもらったが……。
「零奈ちゃん、どうだった? お祭りは」
らのさんはベンチに座って一休みしていた私に声をかけてきた。ギンギツネは私の隣でくつろいでいる。
「すごい楽しかったです」
「ほうほう、それはよかったです。そろそろ着替えて帰りますか?」
スマホで時間を確認すると9時半だった。
「そうですね、そろそろ帰ります」
私は先ほどの倉庫のようなところでらのさんに浴衣を脱がせてもらい、元着ていた服をまた着た。
「じゃあ、さよならのです~」
今度は私から言って、赤面するらのさんを楽しみながら帰路に着く。ギンギツネは丘陵のふもとまで送ってくれた。丁度出口あたりで私を一瞥してから、どこかへ行ってしまった。
さて、そろそろ帰らなくては。
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