(6)雨
二人並んでぼーっと本を読んでいると、一粒、また一粒と雨が降り始めた。天気予報では雨にはなっていなかったような気がするのだが。
折り畳み傘は持っていない。本が濡れてはいけないので拝殿の壁に寄って本を読むとき以上にぼけーっと雨を眺める。バケツをひっくり返したような雨とはよく言ったものだなぁなんて思いながら境内を打ち付ける雨粒を見る。
「零奈ちゃん、傘、持ってます?」
そういえば、そろそろ帰らなければいけない時間だろうか。
「傘は持ってないですねぇ。もう少し休めば止むかなぁ……?」
私はスマホで天気予報を確認する。
「あっ、この後ずっと雨じゃん……」
するとらのさんはちょっとまっててね、と言い残して拝殿の縁側を歩いていった。
というか、この雨じゃ傘があってもなくても同じなんじゃ……。“無いよりマシ”ということなのだろうか。私が今着ている服は濡れても問題はないし、もし透けたとしても誰も私のことなど気にしまい。丘陵から家までの距離もそこまで無いし、丘陵の道にもある程度慣れてきたから大丈夫だろう。
暫く経ってから、らのさんはビニール傘を手に持って戻ってきた。どうやら新品らしい。バンドに値札が付いたままになっている。
らのさんは値札を、どこから出したのかわからないが鋏で切ると、
「これ、使ってください~」
と言って私に渡してくれた。
「あ、ありがとうございます。それじゃあ、また」
ギリギリ屋根の範囲内で傘を差して、外に出る。雨はさっきより幾分か弱くなっているだろうか。
「さっ、さっ……」
らのさんが何かを言おうとして躊躇っている。どうも、顔が真っ赤で――
「さよならの!」
らのさんの脳内でどういう論争があったのかはさておき、ニコりと笑ってそう言った。
「かわいいですね!」
これは全く以て自然と出てきた感想なのだが、それがらのさんに伝わったかどうかはわからない。でも――
「さよならの、かわいいな……」
らのさんに貸してもらった傘のおかげで、あまり濡れることもなく丘陵を降りることができた。そもそも木が多い丘陵な故に雨粒はそこまで多くは落ちてこない。問題は地面のほうで、多く落ちないとは言えど地面は濡れ、土はどろどろしていて滑る。何度か転びそうになりながらなんとか歩いた。
一転して街に出れば傘や体に当たる雨粒は多くなれど、地面はさほど滑らないのでなんとなく安心してあるくことができる。
漸く家に到着して、傘に付いた雨をばさばさと飛ばし、綺麗にバンドで留めて傘立てに立てる。急いで洗面所兼脱衣所的な部屋に入り、洗濯籠に濡れた靴下とスカートを入れる。下着姿のまま浴室に入って湯船にお湯をためる。脱衣所内を探したけれど脱いだスカート以外に履けるものは無く、仕方ないのでそのまま二階に上がって着替えを取る。
そして鞄の中の本が濡れていないことを確認してから、私はお風呂に入った。
夜中に目が覚めた。どうやら雨はさらに強くなっているらしい。夏の雨というと台風を思い浮かべるが、どうやら台風ではなく、単なる異常気象らしい。よくわからないが、明けた昼ごろまでは同程度の雨が降り続くらしい。
カーテンを開けて外を見ると、夕方と同じレベルの雨が未だ降り続いているようであった。
そういえば、らのさんは新品の傘を持ってきた。それも値札付きの。しかし、あの近辺にコンビには無かったし、いくら毎日居るからとは言っても神社に自分の傘を置いておくなんてことはあるまい。
だとすると、あの雨の中、極僅かな時間で傘を買ってきたということだろうか。
それといい、けもみみといい、らのさんは、いったい――
いや、深く考えても仕方がない。らのさんはらのさんで、それ以外の何者でもないではないか。らのさんが何であっても、驚かないようにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます