(5)たぬきときつね
リビングのソファーに寝転んで帰りに買ってきた『弱キャラ友崎くん』を読み始めた。聞き流すためにテレビをつけて、なんとなく無駄に電力を消費しているなぁと思いながら時計を見ると、既に午後七時を過ぎていた。八月とは言えど、七時を過ぎれば流石に外は暗くなっていた。
窓のシャッターを下ろしてから自室に戻って冷房を付けてベッドに寝転がる。ぼけーっと天上を眺めていると母親が帰ってきた音がした。
午前十一時くらいにふっと目が覚めて、予定を確認してみたけれど何もなかった。
ご飯を食べて、天気予報を見たら相当暑くなるようだったのでギリギリ外に出れる程度の薄着に着替える。なんとなくスカートにしてみたが、まあ、慣れてきたしあの丘陵程度ならスカートでも大丈夫だろう。自分の貧相な体にため息が出る。
いつもの鞄を提げて家を出た。行く先はもちろんのこと神社。途中マクドナルドにたむろっている同級生の陽キャたちを見かけた。少し楽しそうだな、とは思ったけれど、でも、やっぱり関係ない存在なような気がした。
気分転換に普段と違う道を通って丘陵に行く途中に稲荷神社があった。幾つか並んだやや小さな鳥居の下を抜けてあまり綺麗とは言えないお社の前に立つ。お酒と、お餅がお供えしてあり、小さな賽銭箱に入りきらなくなった小銭が土台の石の上に置いてあった。
小銭入れから十円玉を取り出して石の上にちょこんと置いた。二礼二拍一礼。
回れ右をしたら、目の前に狸がいた。狸は微動だにせずこちらを見つめている。私は衝動的に鞄の中からスマホを取り出して写真を撮ってしまった。
狸は私が踏み出してもやはりその場から動かないでこちらをじーっと見つめていた。もう一歩踏み出してみたら、少し狸は下がった。
もう一枚写真を撮って、私は歩き始めた。鳥居を抜けてから振り返って見てみたら、もう狸は居なかった。
そういえば――
「稲荷神社で狸ってどうなんだ」
丘陵を綾鷹片手にゆっくりと上って、夏の風を感じながらぼけーっとするのは案外楽しい。神社に行くまでの間には座って休憩ができるような広場が幾つかあって、その一つに私は居る。綾鷹を一口飲んで、ぼーっと森を見る。生暖かい風が頬を掠めて通り過ぎていく。木々は風に揺れてざわざわと音を立てている。
ふと足元を見ると、狐が一匹居た。そういえば前にも見た気がするギンギツネ、私の足元でくつろぎ始めた。
スマホを確認すると十三時三十分と表示されていた。
私が立ち上がるとギンギツネも立ち上がった。神社に向かって歩みを進めると、ギンギツネも一緒になって神社のほうへと歩き始めた。
なんだろう――
「私、動物に好かれてるのかな」
結局私は赤い大きな鳥居を抜けるところまでギンギツネと一緒に来た。鳥居を抜けると、ギンギツネは一瞬私を見てから、どこかへ行ってしまった。
「あ、零奈ちゃん、こんにちは!」
らのさんが縁側から声をかけてくれた。両手には今日もラノベが収まっている。
私はらのさんの隣に座った。らのさんは本を読む作業に戻った。
そういえば全然気にしていなかったけれど、らのさんの頭には狐の耳が乗っかっていたのだった。もし本物の狐の耳だとしたら、耳が四つあることになってしまう。でも、それはそれでなんだか楽しそうでいい。
私がじーっと見ていることに気づいたらのさんはニコっと笑って、その笑顔がまた素敵で……。
らのさんの狐のほうの耳がピクりと動いたような気がした。やっぱり、らのさんの狐の耳は本物なのだろうか。けもみみというアレなのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます