(3)憧れ

 お風呂から上がり、スマートフォンを確認すると、一緒に遊びにいったはずだった友達から連絡が入っていた。

 無駄に長く設定してあるパスワードを打ち込んでスマートフォンのロックを解除してメッセージを確認してみると、

『ごめんね~。

 ついつい先にいっちゃったー!

 でも、たのしかったねー!!!』

 確かに楽しかったが、私が楽しかったのはらのちゃんとの会話であり、この友達と丘陵を散歩したことではない。

 らのさんはかわいくて、それだけでなくってやさしくて、大学生で、きっと人気なんだろうな。だからこそ、あの人気のない神社で本を読んでいるのだろう。

 でも、ここで自分の本心を書いてしまえばきっと相手は私を嫌ってしまうだろう。 

 だから、本意ではないけれど――

『ううん! 全然大丈夫!

 気にしないで! 私も楽しかった!』

 こんな風な文章を送ることしかできない。

 らのさんみたいに、自由に生きたい。


 二階にある自分の部屋に入って、エアコンのスイッチを入れる。青木くんを本棚から取り出して、リビングへ戻る。もうすぐ親が帰ってくるだろう。それまではここで青木くんを読んで過ごそう。

 それから10分くらいして、母親が帰ってきた。手にはコンビニの袋を持っている。、コンビニ弁当だろう。

 私は青木くんを閉じると、そっと立ち上がって、母親とすれ違いざまにおかえり、と言って、階段を上った。

 暫く青木くんを読んでいると、下から母の私を呼ぶ声が聞こえた。いいところまでいった青木くんに栞を挟んで閉じると、私はそっと立ち上がって今度は階段を下りた。

 毎日のように食べているコンビニの弁当は殆ど味がしなかった。


 目が覚めても、いつもと同じような部屋だった。異世界転生なんて都合のいいものはどうやらないらしい。

 寝巻きを脱ぎ捨てて半袖の白いTシャツと七分丈のズボンを身に着ける。

 洗面所で顔を洗って寝癖を直して、そんなこんなでリビングに行くと、見慣れた紙がテーブルの上に置かれていた。

『昼食はこのお金で。朝はパンがあります。』

 いつもの紙である。

 私は千円札を回収すると、パンを焼いてかじる。特に今日も予定はないし、らのさんのところへ出向いてみようか。

 午前は読書をした。青木くんを読み終わったので、本棚に仕舞う。

 もうすぐ十一時、どうせコンビニに行かなきゃいけないのだから、その隣にある書店を見に行こう。そして、魔法医さまを買おう。

 昼ごろになると外はもう暑くて歩くのも一苦労で、もう少し涼しかったらいいのにな、なんて思う。私はあまり汗をかく方じゃないけれど、それでもなんとなく服がぺったりとくっついて気持ち悪い。

 コンビニでお弁当を買って、一緒に生茶を二本買って、それから隣にある書店で魔法医さまを探す。

 私は書店という場所が好きだ。なんとなく落ち着いた雰囲気、それから本特有の匂い。

 スニーカー文庫、電撃文庫と見て、『おことばですが、魔法医さま。』と背表紙に書かれた本を発見した。

 即決、購入。


 肩掛け鞄に冷えた生茶を二本とさっき買った魔法医さまを入れて、昨日も歩いた丘陵へ向かう道を歩いている。

 今日も日焼け止めと、虫除けも大量に。あまり塗りすぎるとよくないのかもしれないけれど、用心するに越したことはない。

 これからまたらのさんに会えると思うと、少し気持ちが軽くなった。

 真っ赤な鳥居が見えてきた。鳥居を通ればそこは別世界のように心地がいい。手水舎で手と口を清めて、改めて境内を見渡す。らのさんは拝殿の賽銭箱が置いてある手前の階段に腰掛けて本を読んでいた。頁をめくるひとつひとつの動作が美しい。

 静かな境内に、らのさんが紙をめくる音と、私の足音が溶け込んでいる。少し近づくと、らのさんは顔を上げて、

「おはらの~、って、朝じゃないですね」

 とそう言った。てへ、と舌を出すそのしぐさもまたかわいらしい。私はらのさんの隣に座って、鞄の中から生茶を取り出した。それをらのさんに手渡すと、らのさんはありがとう、と言って生茶を口に含んだ。私も自分の分を取り出して生茶を飲んだ。


「らのさん! 『おことばですが、魔法医さま。』買ったんですよ」

 私は鞄の中からさっき買ったばかりの本を取り出し、らのさんに表紙を見せた。

「あっ! ありがとうございます!!!」

「ほかになんか、オススメの本ってあります?」

私はらのさんの顔を覗き込んだ。らのさんは少し考えてから、

「『六人の赤ずきんは今夜食べられる』とか、どう? 六人それぞれの赤ずきんがそれぞれの秘薬を使って賢い狼と戦うみたいな……っ! 謎が解けたときのカタルシスが……っ!」

「なんですかそれ、めっちゃ面白そうじゃないですか!!!」

 私はスマートフォンを取り出してメモ帳に『六人の赤ずきんは今夜食べられる』と書き込んだ。


 そのあと、私とらのさんはそれぞれ自分が持っていた本を読んだ。

 時々私はらのさんの方を見た。流れるような黒髪、少し大きな丸眼鏡の奥に覗く大きな目、かわいらしい口、大きな……胸……うらやま――

 憧れてしまう。

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