(2)ラノベが好き

「そういえばらのさん、その本……」

 先ほどからずっと気になっていた。ライトノベルであることは分かるのだが、光が反射してしまっていて、表題が読めない。

「ああ、これですか! これはですね、『おことばですが、魔法医さま。』です! 時田唯先生の作品でもうヒロインのコーディちゃんがすんごいかわいいんですよ!!」

 私も本は好きだ。ライトノベルも読む。しかし、『おことばですが、魔法医さま。』はまだ読めていなかった。少し前の作品だし、気になってはいたのだけれど、未だ購入には至っていない。

「興味はあったんですけど、まだ買えてなくて……。面白いですか?」

「そりゃもう!」

 友達はこのご時世に珍しく外で遊ぶことが好きだったり、クラスの人たちは毎日毎日スマホの銃とかを使うサバイバルゲームに熱中していたり……。

 最近はあまり本について語ることが無かった。

「零奈ちゃんは何かオススメの本とかあります?」

 最近読んだ本で言えば、うさぎやすぽん先生の青木くんだろうか。

「うさぎやすぽん先生の『裏方キャラの青木くんがラブコメを制すまで』は面白かったですね」

「あっ!!! 面白かったですよね! あれ!」

 らのさんと、以外なところで意気投合してしまった。こんなにも明るくて、スタイルがよくって、綺麗な女の人でも、青木くんは楽しめる、やっぱりいい小説なんだな。

 私は青木くんを読んで泣きそうになってしまった。きっと、来年受験があって、再来年から高校で、きっと面白いことなんてないんだろうな、なんて思ってしまう。


 らのさんとライトノベルトークをしているうちに日が暮れかかってしまっていた。きっと一緒に来た友達は私のことなどすっかり忘れて楽しんで、そろそろ家でゲームでもしているころだろう。

 そろそろ帰らねばならない。昼の丘陵ですら迷うのに、夜の丘陵なんてそれこそ遭難してしまいそうだ。

「らのさん、ありがとうございました! めっちゃ楽しかったです!」

 こんなに明るい声を出したのはいつ以来だろうか。

 またらのさんとお話したい、純粋にそう思った。

「私もめっちゃ楽しかったですよ!」

 らのさんはまたここへ来るだろうか。それとも、ここへ居るのは今日限りなのだろうか。

「私はほとんど毎日ここにいますから、暇になったら来てください! 待ってますよ!」

 らのさんは、心が読めるのだろうか……。

 鳥居を抜けるとき、目の前を狐が通りすぎた。銀色の体毛、ギンギツネだろう。サササーっと。

 ふふっ、となって来た道を……あれ、どうやって帰ればいいの……。

 とりあえず鞄の中に放置していた生茶を一口飲んで、あたりを見回す。来たときはまったく気づかなかったが、案内板が立てられていて、いくつか地名が書かれていて矢印のようになったそれの中には知った地名も混ざっていた。

 とりあえず、その中の一番自宅に近い場所を選んでその方向へ歩き始めた。


 鞄から鍵を取り出してドアに付いた穴に差し込んで捻る。かちゃりと聞きなれた音が鳴って扉が開く。既に日は暮れていて、家の中は真っ暗だった。靴を履いたまま身を乗り出して玄関の電気をつけて、それから靴を脱いでリビングへ上がる。

 電気をつけて、鞄を自分が食事のときに座る椅子に放り出して冷蔵庫の中から麦茶を取り出した。コップに並々と注いで一気に飲み干す。

 夏の冷えた麦茶はやはりおいしい。

 親はおそらくまだ帰ってこないだろう。先にお風呂に入ってしまおうか。

 夏だからシャワーだけでもいいのだけれど、今日は汗をかいたし、湯船に浸かりたい。

 浴室はリビングの何倍もしている。靴下を脱いで籠に入れて、裸足で浴室に入ると、足の裏だけが少しだけひんやりとした。シャワーで軽く流してから湯船を洗剤をつけたスポンジで洗う。そして洗剤を流して給湯器の自動ボタンを押した。

 暫くリビングでテレビを見ていると「お風呂が沸きました」という機械音声が流れた。

 脱衣所で服を脱ぎ捨てて籠に入れて、体を洗ってから湯船に浸かる。

――らのさん、すごいかわいかった。

 自分の貧相な体を見て、なんだからのさんが、とても羨ましくなってしまった。

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