第23話「咲駆エルは考えない」

 夜の闇を切り裂き、蒼炎そうえんを引き連れ砲騎兵ブルームトルーパーが飛ぶ。

 何度もジャンプを繰り返す中で、咲駆サキガケエルの01式マルイチシキ"ムラクモ"三号機が遅れ始める。

 無理もない……全機中で最も重量がある上に、その原因であるシールドは合体状態では取り回しが悪い。持ち運ぼうにも、左右のモーメントバランスに悪影響が出てしまうのだ。

 それでもエルは、ほうきまたがり前だけを見て念じて。

 速く、もっと速く……く疾くせいいて街へ。

 ネルトリンゲンには今、高速移動した陸上戦艦りくじょうせんかんラーテが迫っていた。

 ――はずだった。


「あっ、あれ? あのっ、トモリちゃん! 霧沙キリサちゃんも、すおみちゃんも!」


 先程回復したレーダーに、異変が起きていた。

 エルには難しいことがわからない。だが、彼女が乗っている砲騎兵ブルームトルーパーは、いわば人型機動兵器ひとがたきどうへいき……巨大ロボットだ。エルにとって巨大ロボットとは、大好きなアニメの超銃棄兵ちょうじゅうきへいガンダスターのようなものだ。

 つまり、理屈や道理は目安に過ぎず、数字なんかはあてにならない。

 気合と根性、ガッツとファイトがあればどうとでもなるのが巨大ロボットなのだ。

 だから、すおみが回復させたレーダーと通信も、深くは考えない。


『ん、どしたの? エル』

『って、これ……ちょ、ちょっと灯! すおみも!』

『……これが、謎の正体ですのね。まあ、どうしましょう。酷いインチキですわ』


 進む先にはラーテがいる。

 そして、先程の場所にも今……もう一両のラーテが姿を現していた。

 そう、

 そして、片方を常に魔力のきりに隠すことで、あたかも一両のラーテが高速移動しているかのように見せていたのである。

 エル達はあまりにも単純な真実に驚いた。

 だが、それは単純に驚異が二倍になったことも意味している。


「あのっ、指揮官さんは! あそこに残った指揮官さんは!」


 咄嗟とっさにエルは、着地した三号機を振り向かせる。

 フルボトムで脚部がきしんで、無数のダンパーが負荷に沈む。少しよろけながらも、手にした巨大なシールドをつえ代わりにして、その場でエルは引き返そうとした。

 だが、その耳に苦しげな声が響いてくる。

 回線の奥で震えて伝わるのは、平成太郎タイラセイタロウの声だ。


『聴こえる、か……各機、そのまま……そのまま、前進……街の方の、ラーテを……』

「指揮官さんっ! 今、行きます! スーパーロボットは絶対に仲間を見捨てないです!」


 だが、以外な言葉が返ってくる。

 エルは一瞬、なにを言われているのか理解できなかった。


『構うな……街を、ネルトリンゲンを、守れ……防衛、任務を……最優先、するんだ……』

「でもっ、指揮官さんが!」


 仲間達のムラクモも戻ってきて、エルの三号機を囲む。

 皆にも聴こえていた。

 そして、理解を求めてくる。

 常識的に考えて、ネルトリンゲンの市民を守る任務の方が大事だ。あそこにはもう、半壊状態の歩兵部隊しかいない。いかにヨハン少佐が有能な軍人でも、巨大戦車に突っ込まれては市民を守りきれないのだ。

 だが、命は損得勘定そんとくかんじょうで計ってはいけない。

 命というものは、数えてはいけないものなのだ。

 躊躇ちゅうちょに足踏みしているエルの耳に、聞き覚えのある声が忍び込んでくる。


『聴こえてるかしら? 防衛省特務B分室ぼうえいしょうとくむビーぶんしつ……ブルームB-ROOMの魔女さん達』

「この声……スカーレットちゃんですねっ!」

『そういう貴女あなたは……この間のお馬鹿さん。確か』

「咲駆エルです! この間はありがとうございましたっ!」


 向こうで、面食らって鼻じろぐ雰囲気が一瞬黙った。

 声の主は、スカーレット・ブラッドベリである。


『……私は敵よ? D計画ディーけいかくを復活させ、人類を剿滅そうめつしようとしてるの』

「でもっ、わたしを助けてくれました! 子犬さんも!」

『そうね……人類抹殺にわんこは関係ないもの。ってところでどうかしら?』

「よくわからないです! 子犬さんに優しい人は、誰にでも優しくなれるはずです!」


 エルは欧州の小さな国の、孤児院で育った。年老いた院長先生マザーに可愛がられ、他の子供達との共同生活をしていたのである。そして、子供のいない咲駆家に引き取られたのが五年前。特別裕福ではないが、愛情に満たされ生きてきたのである。

 エルには、人の悪意がわからないし、知ろうとも思わない。

 そういうものがあると知っているが、それを改めさせる正義も信じている。

 アニメや漫画、ゲームで育った彼女には、心の中のヒーローがいるからだ。


「指揮官さんともう一度、話させてくださいっ!」

『って、言ってるけど? あら、少し痛めつけ過ぎたかしら。ごめんなさいね、ちょっとお話は無理みたい。ふふ、流石さすが被検体零号ひけんたいゼロごうね……これだけの出血で、まだ生きてるわ』

「指揮官さんっ! どうして……スカーレットちゃん、どうしてこんなことをするですか!」

『そうね……そういうふうに造られ、生まれたからよ。私は世界を炎で焼き尽くすために生まれた。そのための力を、この身に無理矢理詰め込まれたの。ねじ込まれたのよ』


 ぞっとするほどに、暗い声。まるで深海から響くかのようだ。

 冷たく凍てついたその声は、憎悪に凝り固まって尖る。

 そんな時、そっと機体を寄せてくるのは灯だ。


『エル、今はネルトリンゲンに急ごう。そいつと話しても無駄。さっき言ってただよね?』

「は、はい。でも、灯ちゃん……指揮官さんが」

『その成太郎が、行けって言った。私達に、ネルトリンゲンを守れって言ったの』


 灯の声も震えていた。

 きっと霧沙もすおみも、気持ちはエルと同じだろう。

 今すぐ駆けつけて、成太郎を救いたい。

 あの少年はトンチキで昭和ボケだが、いつもエル達四人のことを考えてくれていた。無茶苦茶むちゃくちゃな作戦を立てても、それをエル達がやり遂げると信じてくれていた。

 だから、次はエル達が彼を信じなければいけない。

 いつも通り、成太郎の言うことを信じて突き進むしかない。


「う、ううう~……エルッ、行きます! ラーテさんをやっつけて、街を守りますっ!」

『ふふ……せいぜい頑張るのね。足掻あがいて藻掻もがいて、そして死んで見せて。平和なんてものに守る価値がないことを、知ることもなく死んで頂戴ちょうだい


 スカーレットの声を引き剥がすように、エルは愛機を再び夜空に放り投げた。皆も続いて、全速力でネルトリンゲンへと戻る。

 次第に砲声と爆音が近付き、遠く向こうへ炎が見えてきた。

 すでにラーテは、城壁に肉薄しつつあった。

 それを見た瞬間、エルの中でなにかが撃発げきはつする。


『あっ、ちょっとエル! 待って、落ち着いて!』

『ボクがついてく、灯はすおみとそのでっかい大砲を!』

『すみません、88mmが重くて……でも、あと4発は撃てますわ!』


 仲間達が背後に遠ざかる。

 爪が手に食い込むほどに、箒を強く握ってエルは飛んだ。

 本来飛行能力のない砲騎兵ブルームトルーパーが、次の着地点への大ジャンプ……そして、眼下に迫る巨大な鋼鉄の要塞ようさいへと、エルはそのまま落下した。

 陸上戦艦ラーテの巨大な砲塔へと、ムラクモ三号機は墜落するように着地する。

 咄嗟とっさに盾を片手で持ち替え、もう片方の手で足場を掴んだ。五本の指が金切り声を歌って、火花をちらしながらラーテの塗料を蒸発させる。そのままなんとかラーテの上に、エルは立ち上がった。


「ラーテさんはっ、ここでストップです! ……あ、ありゃ? えっと……武器、持ってないです」


 今の三号機は、普段の60mmガトリング砲を持っていない。あるのは、鉄壁の防御力を発揮する重い盾だけだ。

 そして、ありに群がられた巨像きょぞうのように、ラーテが震え出す。

 あっという間に砲塔が旋回して、その上に立っていた三号機は振り落とされた。

 空中に放り出されたエルを、衝撃が襲う。

 一回転した砲塔は、その長い長い砲身でエルのムラクモ三号機を横薙ぎに払ったのである。バットにジャストミートしたホームランボールのように、エルはネルトリンゲンの城壁に叩きつけられた。

 ガラガラと崩れ落ちる中で、かろうじて着地して立ち上がる。

 既にコクピット内には、アラートを告げる赤い光学ウィンドウが乱舞していた。


「うう、痛いです……でもっ! わたし、負けませんっ! ガッツと! ファイトで! ぜええええっ、たいっ、にっ、ここは通さないです!」


 ラーテが巨体を揺るがし、地響きと共に迫ってくる。

 エルのムラクモ三号機ごと、目の前の崩れかけた城壁に突っ込むつもりだ。

 エルは盾を構えて、真正面からその巨躯きょくへとぶつかってゆく。

 質量差を考えれば、無謀だった。

 だが、赤い髪をふわりとたなびかせるエルから、光が迸る。

 前のめりに絶叫する彼女は、箒から転げ落ちながらも手を離さなかった。無様でみっともなくコクピットに大の字で、スカートはめくれて下着が丸見えだったが……彼女は必死に両手で箒へと自分の想いを注ぎ込む。


「ガッツとファイトです……スーパーロボットはぁ、負けないです!」


 激しい衝撃と共に、フル加速で突っ込んできたラーテを受け止める。

 盾を押し返す三号機の関節が、負荷に耐えきれず灼けたオイルの臭いを撒き散らした。ミシミシと嫌な音がコクピットまで聴こえてくる。愛機の悲鳴を耳にして、さらにエルは祈るような気持ちを強く強く注ぎ込んだ。

 そして、奇跡が起こる。

 ムラクモ三号機は陥没かんぼつする足元を踏みしめ、迫るラーテを押し留めた。

 カタログスペックを凌駕するパワーが、巨大なねずみの突進を止めてしまったのだ。


『エルッ、また無茶をして!』

『すおみ、大砲! 狙わなくても当たるって、この距離!』

『少々お待ちを! ……いけませんわ、エルさんに当たりますの!』


 他の三人も、エルの左右でラーテを押し始める。

 空転するキャタピラが土砂を巻き上げ、霧の中で死闘が始まった。四人の若き魔女が力を振り絞れば、呼応するかのようにラーテのエンジンが悲鳴をあげる。

 徐々にだが、ラーテが四機の砲騎兵ブルームトルーパーを押し始めた。

 限界まで負荷のかかったアクチュエーターが、青いプラズマを瞬かせた。

 ずっと鳴り止まない警告音の中で、エルは箒を握って抱き締める。

 頭の中ではずっと、大好きなアニメのロボットが、その名シーンがリフレインしていた。

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