第22話「それはペテンでインチキで」

 平成太郎タイラセイタロウにとって、音楽は全てラジオから届くものだった。

 生まれ育った研究所の、オンボロで雑音まみれ……戦意高揚せんいこうようのアジテーションと、大嘘だらけの大本営発表だいほんえいはっぴょうばかり流れてくるラジオだ。だが、そんなラジオが魔法の小箱に変身する瞬間は確かにあった。

 実験の合間に、成太郎は運良く流れてきた音楽を覚えている。

 今、音楽は暴力的なまでに勇ましく、きりに覆われた戦場を揺るがしていた。


「き、霧沙キリサ……その、、というのが、けるのか……?」

「はぁ? そんな訳ないじゃん。ボク、ギター弾けないって。見よう見まね! エアギター! ボクが引き取られた緋山の家は、そんなの買ってくれる余裕なかったしさ」


 コクピットのほうきをギターに見立てて、緋山霧沙ヒヤマキリサが足踏みに身を揺らしている。彼女の持ち込んだ音楽データは、砲騎兵ブルームトルーパーの外部スピーカーから周囲に響き渡っていた。

 そして、彼女の駆る01式マルイチシキ"ムラクモ"は先程から踊るように戦っている。

 魔力の伝達係数が跳ね上がり、まるで水を得た魚だ。

 左右の手に握ったナイフを振るって、どんどん敵の戦車を屑鉄ジャンクへと変えてゆく。すぐに、先行する朱谷灯アケヤトモリの一号機に追いついてしまった。


『霧沙、調子はどう? いい曲だね』

「でしょ? 灯は? 普段、どんな音楽を聴く? あ、待って、当ててみせるから」


 緊迫感と悲壮感が払拭されてゆく。

 日本刀を振るう一号機の背に背を合わせて、霧沙は二号機を反転させた。

 敵の大軍を突っ切るようにしての、これは強襲突撃パンツァーカイルだ。くさびとなって打ち込まれた二機の砲騎兵ブルームトルーパーは、もうすぐ敵の首魁しゅかいたる陸上戦艦りくじょうせんかんラーテへと肉薄する。

 それを察したのか、先程からラーテは下がりっぱなしだった。

 だが、ラーテの尖兵せんぺいたる試作戦車群を蹴散らし進む、現代の魔女達の勢いは止められない。


『灯は真面目さんだから……あ、でも意外と西尾ニシオカリナとか一人で聴いてウルウルしてそう』

「えっと……あの、会いたい会いたいって繰り返すやつ? 女子高生に大人気らしいけど、ゴメン。あんまし聴かないかな」

『そっかー、じゃあ』

「……好きな歌手は、氷笠ヒカサよしき。えっ、ええ、演歌が好きなのっ!」


 恥ずかしそうな灯の声はもう、以前より随分はっきりと聴こえる。後方のクレナイすおみが、霧沙の放つ音のさざなみを通信回線に利用しているのだ。そのデータが届いてリンクしているので、魔力に満ちた霧の中でも今は敵がはっきり見える。

 それ以上に、仲間の存在が身近に感じられるのだろう。

 コクピットの隅に座り込んだ成太郎の目にも、霧沙と灯が華やいで見えた。


「わっ、しぶっ! 演歌って」

『す、凄くいいんだってば! ……や、やっぱ、女子力低い? 私』

「んー、それなりにね。っと、そっち無視して! ボクが片付けるから」

『了解っ、このまま突き進むよっ』


 二人は相変わらず、箒へと念じて砲騎兵へ動きを伝えている。

 互いをフォローし合う二機の砲騎兵は、彼女達が思考し思い描いた通りに戦っていた。だが、箒にまたがっていたときより格段に動きがいい。

 やはり、今という時代では少女達に身近なもの、愛着のあるものは形が違うのだ。

 そんなことを考えていると、回復したレーダーの光点が慌ただしく動く。


「むっ! こ、これは」

「どしたの、成太郎。って、危なっ!」

「いや、レーダーが、んごぁ!?」


 身を起こした成太郎は、レーダーの探知状況を表示する前面モニターに顔を寄せた。丁度振り返った霧沙の、ギターのネック……に見立てた、箒のつかにしたたかに顔面を殴打おうだされる。

 だが、眠気も吹き飛ぶ痛みの中で、顔を抑えながら成太郎はレーダーをにらんだ。

 まだまだ大量に周囲から迫ってくるはずの、下僕しもべの戦車達が減ってゆく。

 一両、また一両と消滅しているのだ。


「これは……ラーテが魔力の供給を断ったのか? ……いかん!」

「またあの高速移動で逃げる気だねっ! どうしよう、まだちょっと届かない」


 だが、その時だった。

 遥か後方より、絶叫にも似た砲声が響く。

 そして、二機のムラクモの頭上を、甲高い金切り声と共に砲弾が通り過ぎた。


「この音は、88mmカノン砲……すおみか!」


 音の速さに迫る勢いで、魔力を宿した必殺の一撃が吸い込まれる。

 そして、霧の奥へと消えゆくラーテに、初めて直撃弾がヒットした。巨大な爆発と共に、溢れ出た炎が霧を吹き飛ばす。そして、紅蓮ぐれんに燃える業火の中に、巨大なラーテのシルエットが浮かび上がった。

 だが、その巨体が徐々に消えてゆく。

 すぐに濃密な霧が復活して、その奥へとラーテの姿は見えなくなっていった。


「くっ、逃げられる! 成太郎、なんとかならない? またワープされちゃうよ!」

「落ち着け、霧沙。灯もエルも、すおみも聴こえているか? 俺の言葉をよく聴いてほしい」


 すぐにコクピットの全周囲モニターに、小さなウィンドウが三つ浮かんだ。

 やや画像がノイズで乱れているが、三人の少女は健在だ。


「今のはすおみの砲撃だな? 命中だ。だが、逃げられた……前回の行動パターンから察するに、奴は必ず俺達の後方に出現する。ネルトリンゲンの城壁まで下がってくれ」


 同時に、すおみが「後方に感あり、ですわ」と小さく叫ぶ。

 やはり、ラーテは忽然こつぜんと消えて、また現れた。

 高速で移動したとしか感がられない。

 成太郎達の遥か後方、ネルトリンゲンの城壁に突っ込む勢いで巨大な反応が移動していた。だが、成太郎は焦らず、全機に反転を命じる。

 すでに周囲には、あれだけひしめいていた戦車が姿を消していた。


「全員で下がって守れ、頼むぞ……それと、霧沙」

「ほいほい。なに?」

「俺をここで降ろしてくれ。……真実をこの目で見極めねばならない」


 霧沙は驚いた顔をしたが、すぐに愛機を屈ませコクピットハッチを開放する。飛び降りる成太郎は、腰から拳銃を引き抜き撃鉄げきてつを起こした。

 モーゼルのレプリカモデルで、モ式大型拳銃と呼ばれるモデルだ。

 D計画ディーけいかくの超兵器が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする戦場では、いかにも頼りない。


「よし、行ってくれ! 頼むぞ、霧沙。それと」

「それと?」

「俺はどちらかというと、ラジオで昔聴いたような歌謡曲が好みだ。英国語の多い歌は意味がわからんからな」

「いやいや、そんなこと聞いてないし」

「……聞かれないから、聞いてくれないから、今こうして言っている」

「ありゃ、混ざりたかった? ガールズトーク。ま、だったら終わったら打ち上げパーティでもしてよ。あと、お給料! お給料出たらボク、本物のギター買うからね!」


 それだけ言うと、霧沙は愛機を立たせて行ってしまった。走って加速し、背と脚部のスラスターを吹かしてジャンプ飛行。同じ光を他にも三つ見送って、さてと成太郎は前を向く。

 現実にまた、ラーテは高速移動した。

 眼の前から消えて、背後に現れた。

 仲間達を信じているし、絶対にネルトリンゲンはやらせない。そのためにも……必死で戦う四人の少女のためにも、ラーテの謎を今こそ解き明かす時だった。

 走り出した成太郎は、あっという間にラーテが消失した地点まで到達する。

 人造人間ゆえの強靭な身体能力が、息も乱さず彼を問題の場所に立たせた。


「ここか……ふむ」


 見渡す限りの、霧。濃霧の中では森の木々も墓標ぼひょうのように不気味に見える。そして、無数のキャタピラの跡が大地を汚していた。その中に、一際巨大なラーテの刻んだわだちがある。

 やはり、ラーテのキャタピラこんは突然途切れていた。

 成太郎はゆっくりと深呼吸すると、拳銃をなにもない虚空へ向ける。

 キャタピラの跡が突然途切れて消えた、そのポイントに狙いを定め、強い声を絞り出す。


「ペテンはそこまでだ。出てこい……なんてことはない、単純なトリックだ」


 発砲。

 成太郎が銃爪ひきがねを引くと、飛び出した弾丸が……カン! と金属音を奏でた。

 そして、目の前の霧が波打ち、光景が一変する。

 そこには、移動していなくなった筈のラーテが現れた。ジャミング効果を持つ霧を発生させるのだから、その霧を光学迷彩こうがくめいさいとして纏っていても不思議はない。

 そう、ラーテは高速で移動していた訳ではない。最初からラーテは二両存在し、片方を常に隠すことで、一両しかないラーテが高速移動したかのように見せていたのだ。

 そのカラクリを見破った成太郎に、冷たい笑いと共に言葉が降ってくる。


「大正解、よ。ふふ……なかなかどうして、頭が切れるじゃないの? 被検体零号ひけんたいゼロごう


 ラーテの砲塔の上に、軍服姿の少女が立っている。くすんだ赤い髪は、まるで臓物と共に溢れ出た血の色だ。箒を手に、彼女は……スカーレット・ブラッドベリは笑っている。

 そう、わらっているのだ。

 トリックが見破られたくらいでは、なにも変わらないと慢心している。


「……かつて魔女は、魔を『はらう』者だったわ。だから、汚れやゴミを『払う』ものとして、箒を触媒に空を飛んだ。彼女達にとって箒は分身、共に邪を討ち滅ぼすもの」


 歌うように滔々とうとうと言の葉をつむいで、まるで手にした箒とダンスするようにスカーレットは回り出す。見えず聴こえぬ輪舞ロンドの中で、うっそりと彼女はほおを赤らめた。


「素敵ね、零号……貴方あなたの部下は使えそうだわ。剣に見立てて箒を振り、楽器に見立てて箒をかき鳴らす。魔力係数と伝導率は飛躍的に上がり、砲騎兵ブルームトルーパーの動きは洗練されてゆく」

「……それは違う、訂正しろ」


 成太郎はまゆ一つ動かさず、拳銃をスカーレットに向けた。

 そして、そびえるラーテを睨みながらゆっくりと話す。


「灯に霧沙、すおみ……そして、エル。彼女達は俺の部下などではない」

「あら、そうなの? じゃあ、なにかしら……ああ、こま? 道具という意味ね、それは確かに部下ではないわ。ふふ、上手に使ってるのね、零号。敵ながら天晴あっぱれよ?」

「駒でも道具でもない! 彼女達は、俺の、仲間だ。お前達から世界を守る、共に守り抜くと誓った……仲間だ」


 再びラーテのエンジン音が響く。

 迫る巨躯を前に、成太郎は迷わず銃爪を引いた。

 甲高い銃声は、キャタピラの轟音へとすり潰されていった。

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