第15話「ここが成太郎の戦場」

 なんとかD計画ディーけいかくの戦車群を撃退し、平成太郎タイラセイタロウ達はネルトリンゲンの街に入った。

 巨大な砲騎兵ブルームトルーパーを見上げる誰もが、唖然あぜんとして言葉を失っていた。

 無理もない……突然の濃霧のうむの中、所属不明の機甲師団きこうしだんに襲われたのだ。そして、助けてくれたのは人型機動兵器ロボットときている。娯楽創作の世界に迷い込んだように思われてるだろうが、残念ながら現実だ。

 そして、成太郎はすぐにネルトリンゲンの守備隊の責任者に会うべく司令部に出向く。

 太古の昔に造られた城壁は、今もD計画から街と民とを守りきった。

 だが、守備隊の損耗が激しい中で、いつまで持つかはわからない。


「ん、この部屋か」


 ここは街の中央に位置するホテル、その客室の前だ。ほぼ全てのフロアが避難所になっており、怪我人や兵士が行き来している。危機的な状況だが、さしたる混乱は見当たらなかった。

 劣勢ながらも、守備隊がネルトリンゲンを見捨てず戦ったからだ。

 いかなる場合においても、。そのために命を賭け、時には命を捨てても戦わねばならないのだ。

 ドアの前でノックをしたが、返事はない。

 だが、人の気配があって、中から声が聴こえた。


「失礼します、自分は日本国自衛隊、防衛省特務B分室ぼうえいしょうとくむビーぶんしつの――」


 入室と同時に身を正した成太郎は、風圧に吹き飛ばされるかのような錯覚を覚えた。

 彼の肌を泡立あわだてる気流は、一人の大柄な男から発せられていた。

 そして、聴覚は確かに唸るような怒鳴り声に言葉を読み取る。


「バッカモーン! 貴様きさま、首都の大佐様風情が、歩兵聯隊ほへいれんたい聯隊長れんたいちょうに意見しやがるのか! 兵学校からやり直してこいっ!」

「し、失礼しました!」


 猛獣のような声に思わず、成太郎は硬直して謝罪を口にしていた。

 なんて恐ろしい男だと思って、そっと声の主を見やる。

 まるで岩山のようないかつい巨漢きょかんが、手にした電話にむかってがなっていた。どうやら回線の向こうは、ベルリンの司令部らしい。

 成太郎に気付かず、男はずっと身振り手振りを交えてまくしたてる。


「制服組のボンクラが! 机の上でなにがわかる。俺達は謎の戦車部隊に襲われたんだぞ! どこからともなく……そう、季節外れのきりみたいに、突然敵が湧いて出たんだ!」


 正規の軍人にとって、筆舌ひつぜつがたい現象の連続だっただろう。

 あらゆるレーダーやセンサーを無効化する、濃密な霧……その奥から、突然現れる旧世紀の試作戦車。これが悪夢でないとするならば、どんな夢だって文字通り夢見心地である。

 だが、実際にこの街の守備隊は壊滅、ろくな戦力など残ってはいない。

 そのことで、今後の戦いのためにも成太郎は指揮官同士で会う必要を感じていた。

 目の前の男は顔を真っ赤にして、今にも受話器を握り潰してしまいそうな勢いである。


「何様だぁ? 参謀本部のボンボンが、俺に向かって何様とはなんだ! 俺はドイツ連邦陸軍少佐、ヨハン・カリウスだ! 貴様、首都で会ったら覚えておくがいい! ただじゃおかんからな!」


 ――ヨハン・カリウス。

 それが大柄おおがらな男の名らしい。筋肉質の巨体は内側から野戦服やせんふくを盛り上げ、まるで歩くビアだるだ。顔はひげが伸び放題で、精悍な眼差しだけがギラついて野獣のようである。

 味方の戦車による支援が望めぬ中、街を守って戦った男だ。

 成太郎達が来なければ全滅していただろうが、それも承知の上だろう。

 勝てぬまでも戦闘を引き伸ばせば、それだけ住民が逃げる時間が稼げる。

 そんなことを考えていると「クソッタレが!」と、ヨハンは通話を切った。ガチャン! とクラシカルな電話機が悲鳴をあげて、それっきり黙ってしまう。


「ええい、このおよんで本隊に合流しろだと? 街を、国民を見捨てて逃げるのか! それが軍人のやることか!」

「同感です、閣下かっか

「うん? 貴様は……誰だ? 入室を許した覚えはない! 官姓名を名乗れ!」

「失礼しました! 自分は日本国自衛隊、防衛省特務B分室……ブルームB-ROOMの現場指揮を任された者です。名は平成太郎、階級はありません」


 抜き身の刃のような眼光が、成太郎を頭から爪先つまさきまですがめてくる。

 ヨハンは執務机の椅子にようやく座って、小さくフムとうなった。


「成太郎、だったな。楽にしろ。先程は救援に感謝する」

「ハッ!」

「……しかし、なんだなあ……日本人てな、アニメとゲームだけ作ってればいいと以前から思ってたんだが。まさか、それを現実にしちまうたあな」


 当然だが、成太郎は敵であるD計画、そして砲騎兵ブルームトルーパーのことから説明する必要に迫られた。幸い、粗野そやに見えてヨハンは物分りがいい。話に口を挟まないし、要点をかいつまんだ説明に納得してくれたようだ。

 成太郎がこれまでのあらましを語り終えると、机の上にヨハンは身を乗り出してくる。


「話はわかった! 貴様の自由を許可する。すまんが、救援は来ない。この街の防衛には、あのロボット三等兵が必要だ。なんでも都合するから手近な兵に言え」

「ありがとうございます。……で、救援が来ない、とは?」

「正確に言えば、。向こうを出立しゅったつしたが、永遠にここには到着しないのさ」


 ヨハンの説明によれば、本隊の一部がこちらへ向かっていたらしい。

 だが、やはり突然敵に……D計画に遭遇、一方的に蹂躙じゅうりんされ全滅した。残された情報は少なく、その全てが常識的に考えてありえない。

 ヨハン自身も、腹をかせたくまのように頭を抱えていた。


「信じられん話だがな、成太郎。お前さん達のロボット三等兵を見ちまったからには、もう認めるしかねえ。救援に向かっていた二個中隊は、ものの数分で全滅した」

「もしや」

「心当たりがあるのか? 信じられんよ……山みたいに巨大な戦車、陸上戦艦りくじょうせんかんとでもいうべき存在。それだけがノイズ混じりの回線越しに聴こえたが」


 間違いない、陸上戦艦ラーテだ。

 ネルトリンゲンでの攻防戦に姿を見せないと思ったら、別の場所で戦っていたのだ。そして、ものの見事に救援部隊を壊滅させ、この街の退路を絶ったのである。


「馬鹿デカい戦車が一両、そこで友軍は三方向に展開、包囲しようとした。相手はデカブツだ、あしを使って、というやつだな」

「だが、失敗した」

「そう、その通りだ。包囲したはずの巨大戦車は、部隊の後方に突然現れた。驚くべきスピードで移動し、無防備な部隊は殲滅せんめつされてしまったのだ」

「やはり、ラーテはなんらかの特殊な移動手段を持ち、高速で静音行動できるのか」


 だが、奇妙な違和感が成太郎の脳裏に浮かぶ。

 なにか大事なことを……大切なことを見落としている。そんな気がして、不思議と落ち着かない。ラーテが謎の超高速移動をすることは、すで咲駆サキガケエル達が実際に戦闘して確認している。

 突如目の前から消え、離れた場所に現れる。

 包囲した筈が逆に、背後から奇襲される。

 卜部灘姫ウラベナダヒメが言うように、瞬間移動テレポーテーションとしか説明できない。また、魔力で駆動するD計画の兵器群には、D障壁ディナイアルシェード等の特殊な力が備わっていることは明らかだ。

 では、この違和感の正体は?

 なにが成太郎を惑わせるのか。

 思案の森へと埋没しそうになって、慌てて目の前のヨハンに耳を傾ける。


「なにはともあれ、貴様には司令部から正式に合流命令が出ている。最終防衛ラインまで行くなら、あしを用意してやりたいとこだが……」

「それですが、閣下……自分達ブルームB-ROOMを守備隊の戦列に加えていただけないでしょうか」


 ヨハンは一瞬、目を点にした。

 豪傑ごうけつそのものといった巨体が、固まってしまったのだ。

 だから、もう一度成太郎は丁寧に頼み込む。


「敵はD計画、旧大戦時に各国で開発していた人類剿滅そうめつ用の最終兵器群です。そして、ブルームB-ROOMはD計画殲滅のために組織された特務部隊です。D障壁と呼ばれる特殊な力場で身を守るD計画は、砲騎兵ブルームトルーパーでしか倒せません。どうか自分達に作戦参加の許可を」

「……この状況下でか? 貴様、正気か」

「もの凄く眠いですが、判断力は正常です」

「次に攻撃を受ければ、ここは……ネルトリンゲンは陥落かんらくする。それでもか?」

「D計画は人間を優先的に狙います。そうなればここの住民達は虐殺ぎゃくさつされる……それは看過できません」


 不意にヨハンは、大きな声で笑いだした。

 それこそ、部屋の空気が震えるような大爆笑だった。

 そして、バシバシ成太郎の肩を叩きながら、彼は大きく頷く。


「正気じゃないな、貴様! 本隊に合流して最終防衛ラインに陣取ったほうが、勝算が高い。なにより安全だ! ベルリンを守る方が、より多くの人間を救えるだろう」

「そうでもありますが、そのために犠牲にしていいものなど……ありえません」

「よく言った! 日本の自衛隊、だったな……頼らせてもらおう。例のロボット三等兵も……いや、失礼した、なんといったか」

砲騎兵ブルームトルーパーです」

「そう、砲騎兵ブルームトルーパー。こっちの戦車はほぼ全部がスクラップで、整備員はひまを持て余している。好きに使ってくれ。補給についても最優先で回す」

「ありがとうございます。では、命令をお待ちしてます」


 敬礼する成太郎に、ニヤリと笑ってヨハンは大きな顔を近づけてくる。

 彼は、二人にしか聴こえない声で小さくつぶやいた。


「なぁに、再び我がドイツと日本が手を結ぶのだ。必ずこの街は守り通す。D計画だかなんだか知らねえが、防衛作戦は絶対に成功するさ。なにせ――」


 なにせ、

 そう言ってヨハンは笑えない冗談に笑うのだった。


「それと、砲騎兵ブルームトルーパーのパイロット……驚いたが、ハイスクールの女学生ばかりじゃないかね? 臨時司令部になっているこのホテルの最上階、スィートルームを既に休憩室として割り当てている。なにせ、貴様等は住民や兵士達にとって英雄だからな」

「お心遣こころづかい、感謝します」


 成太郎の腹は、最初から決まっていた。

 灘姫には悪いが、ドイツ軍の本隊には合流しない。

 最終防衛ラインに到達する前に、ラーテを撃破するつもりだ。勝算のために守るべき民を犠牲にする、それは目的と手段を取り違えたおろかな選択だと思うから。そういうことの積み重ねで、成太郎を生んだ大日本帝国は戦争に負けたのだ。

 絶体絶命の中、復活の二国同盟にかこくどうめいで成太郎の戦いが再び始まった瞬間だった。

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