第14話「古城の都に新たな戦いが刻まれる」

 払暁ふつぎょうの光が、徐々に山並みを縁取り出す。

 ヘリコプターからるされた指揮車の中で、平成太郎タイラセイタロウ睡魔すいまとノートパソコン、二つの強敵と戦っていた。振り向けば、続くヘリコプターも全て砲騎兵ブルームトルーパーをぶら下げている。

 そして、眼下の森はきりに覆われた白い海だ。

 この中に敵が……陸上戦艦りくじょうせんかんラーテがひそんでいる。

 だが、D障壁ディナイアルシェードによって守られた敵は、現代の人類が持ちうるあらゆる索敵能力を無効化する。魔女達が魔力を通わす砲騎兵ブルームトルーパーのレーダーでも、今回ばかりはかなりの距離を詰めなければ発見できないだろう。


「……ふむ、見えてきたか。とりあえず、到着したら四人に少し……そうだな、ベッドで眠れるくらいのことはしてやりたいが」


 成太郎が半目で見詰める先に、中世の要塞ようさいが姿を現す。

 ドイツでは今も、こうして古い要塞がそのまま街になっているのだ。三十年戦争の時代、そして群雄割拠ぐんゆうかっきょ欧州乱世おうしゅうらんせを記憶した、石造りの城である。

 名は、ネルトリンゲン。

 北上する陸上戦艦ラーテが、次に狙うであろう都市まちだ。


「さて……ん? なんだ……馬鹿な、もう戦闘が始まっているだと!?」


 成太郎は一瞬で眠気を忘れた。

 霧にけむ眼下がんか、雲海に浮かぶ城のようなネルトリンゲンの周囲に、火砲の光がまたたいている。慌てて無線機の周波数を探せば、ドイツ語で悲鳴と怒号が飛び込んできた。


『敵性部隊、前進を再開! 指示をう!』

『こちらの損耗率は40%を超えた! 火力が違い過ぎる! 戦車を回してくれ!』

『戦車大隊も事実上全滅、今は稼働率が五割を切ってる! そちらで対応されたし!』

『クソッ! パンツァーファウスト持って各小隊長は集合! 肉薄して敵戦車を止める!』


 どうやら歩兵部隊が奮戦中のようだ。

 ネルトリンゲンを超えて北上すれば、ドイツ軍の最終防衛ラインがある。

 合流するならそちらだが、目の前の危機を見捨ててもおけない。それに、ここで友軍を支援することは、全体の作戦にとってもプラスになるはずだ。

 なにより、成太郎に戦闘は見過ごせない。

 出自を同じとするD計画ディーけいかく跳梁ちょうりょうは、これを絶対に許せないのだ。


トモリ霧沙きりさ、エル、すおみ! 済まんが起きてくれ。各自、五分で騎体をチェックし起動、そののちに下の戦闘に介入、D計画の車両を排除する。……すんません、その、眠いと思うが、お仕事だ」


 皆、それぞれ自分の砲騎兵ブルームトルーパーで眠っていた。

 ワイヤーでぶら下がる砲騎兵ブルームトルーパーは、武器を握った手をだらりとぶら下げ宙吊り状態である。そのまま運ばれる鋼鉄の人型箒ひとがたほうきは、中に主たる乙女おとめ達の眠りを内包していた。

 無線機越しに、眠そうな声が四つ。

 出発してから五時間しか経っていなかったが、敵は待ってくれない。

 なにより、一秒でも救援が遅れれば、その間に犠牲は増え続ける。


『ふぁあ、ふぅ……よく寝たです。スマホでガンダスター見てたら、いつの間にか寝落ねおちです。やっぱりでも、第17話が激アツなのです!』

『朝から元気だね、エル……この揺れと音で、よく眠れる』

『灯の言う通りだよ、まったく。ヘッドホンで音楽聴いてても、振動がずっと……』

眼鏡めがね、眼鏡は……ああ、ありましたわ。皆様、おはようございます』


 バックミラーの中で、四騎の砲騎兵ブルームトルーパーが震え出す。

 その姿を見て、ふと成太郎は自分の相棒のことが気にかかった。


「ハバキリも持ってくるべきだったな……だが、ヘリの数が足りんからしょうがない。……フッ、手元にないと意外と落ち着かないものだ」


 いつでも戦闘に参加できるよう、00式マルマルシキ"ハバキリ"は欧州まで持ってきている。だが、次の地へ転戦する歳、空輸で身軽に急ぐために置いてきてしまった。今頃はトレーラーに乗せられ、はるか後方である。

 生まれてこの方、ハバキリとこんなに離れた経験は、ない。

 研究所ではいつも一緒だったし、あれは成太郎にしか動かせないのだ。

 だが、今はそんなことを考えてもしかたがない。

 ヘリコプターのパイロットへとリリースポイントを伝えて、成太郎はハンドルを握り直す。元は陸上自衛隊の軽機動装甲車ライトアーマーだけあって、少しぐらいの無茶には耐えてくれそうだ。

 助手席へとノートパソコンを遠ざけ、成太郎は改めてインカムに小さく叫んだ。


「五分後、敵の鼻先に降下する。ドイツ軍歩兵部隊を支援しつつ、ネルトリンゲンの街へ逃げ込め。歩兵の撤退が完遂されるまで、遅滞戦闘ちたいせんとうを行い、これを防衛する。いいか?」

『はーいっ! ……なんかわたし達、空から落っこちてばっかりですね!』

『この高度なら、メインスタスターの推力で降下が可能かな?』

『ねね、眠気覚ましに音楽かけていい? すおみ、そっちに繋げるからさ』


 毎度ながら、緊張感はない。

 程なくして、ヘリコプターは機体を翻して高度を落とした。この霧の中へともぐれば、たちまち視界はゼロになる。パイロットも、かなりの危険を承知での操縦だ。その意気込みと期待に応えるためにも、成太郎達は最大限の効力を発揮する必要がある。

 そして、うっすらと地面が見える高さで、ワイヤーが切り離された。

 10m近い高さから、成太郎を乗せた指揮車が投下される。

 不快な無重力が一瞬だけ襲って、流石さすがきもが冷えた。


「各騎、着陸後に応戦。俺のフォローはいい! 各個に敵戦車を撃破だ」


 とは言ったものの、特別にチューニングした足回りでも落下は心配だ。

 そんな指揮車へと、空中で砲騎兵ブルームトルーパーが近付いていてくる。灯のムラクモ一号機だ。彼女は周囲の三人にも気を配りつつ、そっと片手で指揮車を抱えてくれる。

 直後、激震。

 背と両足のスラスターから白炎をとどろかせ、一号機は大地へと着陸した。

 足首や膝の関節部を支えるサスペンションが、人間の筋肉のように躍動する。緩和かんわして相殺そうさいしきれぬ衝撃に、成太郎も指揮車ごと揺さぶられた。

 そのまま灯がおろしてくれたので、霧の中で成太郎はアクセルを踏み込んだ。

 不整地の悪路を、エンジンの咆哮ほうこうと共に彼は走り出す。


「ドイツ軍歩兵部隊にぐ。こちらは日本国自衛隊、防衛省特務B分室ぼうえいしょうとくむビーぶんしつ……ブルームB-ROOMだ。自分は指揮を取る平成太郎。階級はない。速やかに後退、ネルトリンゲンまで下がられたし。こちらで撤退を支援する」


 白い闇の中の、攻防。

 全てを圧殺するように、敵の戦車が襲い来る。

 正しく、鋼鉄の津波とでも言うべき物量だ。やはり、大戦中に計画されたもので、実際は配備されなかったタイプの戦車である。

 旋回する砲塔の全てが、成太郎とその仲間達へと向けられた。

 だが、こちらも同じD計画の産物……人造人間零号が率いる現代の魔女達である。四騎の砲騎兵ブルームトルーパーは、それぞれ手にした火器で応戦を開始した。

 砲声と銃声に満ちた空気が、冷たい霧を沸騰させる。

 成太郎は右に左にと指揮車を横滑りさせながら、肉眼で目視して指示を出し続けた。


「霧沙、突出して遊撃、要撃してくれ。脚を使った戦闘なら、お前が一番頼りになる」

『りょーかいっ!』

「あと、この音楽だが」

『やっぱまずい?』


 先程から、霧沙を中心に音楽が鳴り響いている。

 アップテンポなエイトビートは、エレキギターが絶叫するハードロックだ。成太郎には馴染なじみのない音楽なのだが、加速するサウンドに気持ちがたける。

 ネイティブな英語の発音は、それ自体が言葉である以上に胸に突き刺さった。


「あとで俺にダビングしてくれ」

『いいけど? ってか、ダビングて……ipotアイポットごと貸したげる』

「あいぽっと? すまん、もう難しい機械はこりごりなんだ。カセットテープに頼む」

『ほいほい。んじゃま……やっちゃいますか! いくよっ、Rock and Rollロッケンロールッ!』


 土砂が無数に舞い散る中、指揮車を飛び越え霧沙の二号機が走り出す。

 鈍重な重装甲の見た目を裏切る、その軽快な足取りが右に左にと砲弾を避けて進んだ。

 魔力で駆動する砲騎兵ブルームトルーパーは、搭乗者の持つ特性に大きく左右される。それは、霧沙のように作為的さくいてきに魔力を持たされた人造人間でも同じ……彼女が持つ魔力は、瞬発力に優れて高い運動性を発揮した。

 ムラクモ二号機は、両手に握った雌雄一対しゆういっついのサブマシンガンを歌わせる。

 鳴り響くロックナンバーに合わせて、踊るように敵を討つ。


「灯は霧沙をフォロー、すおみは援護射撃。エルは――」

『はいっ! 指揮官さん、わたしは!』

「撤退する友軍の歩兵を守ってくれ。すまんが、少し身体を張ってもらう」

『ラジャーなのです!』


 敵の進軍がにぶった。

 そして、陸上戦艦ラーテの姿はまだ、霧の中で確認できない。

 敵意と殺意を秘めたラーテの魔力が、絶え間なく試作戦車の下僕しもべを生み出してゆく。だが、実体化するスピードよりも、成太郎達が撃破する方が早い。

 単純にエル達が、砲騎兵ブルームトルーパーの操縦に慣れてきたのもあるだろう。

 それ以前に、こんな状況下でも彼女達の士気モラルが高いのだ。それは士気というよりは、特異な状況に放り込まれた中での、開き直りや使命感、そして半ば八つ当たりだ。


『っと、ゴメン灯! 一台そっちに抜けた!』

『平気、こっちでやっとく! 霧沙は前だけ見て!』

『背中はわたくし達にお任せですわ』


 成太郎も矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 ジグザグに走る指揮車は、まるでミキサーのような乗り心地だ。あらゆる路面を想定して鍛え上げられた足回りは、唯一快適さという概念がすっぽり抜け落ちている。

 何度も逃げるドイツ兵達とちがいながら、成太郎は少女達を励まし続けた。

 だが、不意に目の前に影が浮かび上がる。

 霧のヴェールを突き破り、一台の戦車が突進してきた。

 E-75の型番を割り振られた、名前のない怪物モンスターだ。

 慌ててハンドルを切る成太郎の真横を、獰猛どうもうな唸り声を上げて疾駆しっくするE-75。戦争を知らずに終わった幻の戦車は、逃げ惑うドイツ兵を容赦なく襲った。

 慌ててスピンターンで、成太郎はせわしくペダルを踏み込む。

 頼もしい絶叫が響いたのは、その瞬間だった。


『兵隊さん達はやらせませんっ! うわああああっ! 必殺ぅ、ハイパァ、プラズマッ、キィィィィィック!』


 思わず成太郎は絶句した。

 蜘蛛くもの子を散らすようにドイツ兵を襲う、一台のE-75……その真上から、エルのムラクモ三号機が降ってきた。そのまま飛び蹴りで地面へと、彼女ははがねおおかみを縫い付ける。大きくくぼんでしまった敵に片足を乗せて、捩じ伏せるようにしてエルは愛機に巨大なガトリング砲を構えさせた。

 その姿は正しく、悪鬼を踏み締め調伏ちょうぶくさせる毘沙門天びしゃもんてんのようだ。


『かーらーのっ、必殺の一撃なのです! ダスタァァァ、ビィィィィィムッ! のような、感じでっ!』


 回転するシリンダーがなまりつぶてを吐き出す。あっという間に敵の戦車が、まるで紙細工のように切り裂かれた。暴力的な射撃の威力は、次々と破壊の権化ごんげを縫い上げてゆく。

 なんとか友軍が撤退したことを確認して、ノイズ混じりの無線に成太郎も叫ぶ。

 そのままブルームB-ROOMの面々は、敵が押し寄せる古城の街ネルトリンゲンに入ったのだった。

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