第13話「夜の帳に身を寄せ合う」

 きりの晴れた空はすぐに、夕闇を招いて星が輝く。

 平成太郎タイラセイタロウは書類の処理などがあって、多忙たぼうを極めていた。レーション中心の食事をしながら、慣れぬノートパソコンと格闘する羽目はめになったのである。

 だが、収穫もあった。

 卜部灘姫ウラベナダヒメが、成太郎専用に指揮車を回してくれたのである。


「ふむ、頑丈そうじゃないか。ふあ、ふぅ……す、少し仮眠を……これは、そう、シートの評価試験だ。主に柔らかさや寝心地を試す……」


 テントを這い出た成太郎は、暗がりをライトの光が走る中で歩く。向かう先には、陸上自衛隊の軽機動装甲車けいきどうそうこうしゃをベースとした、カーキ色の指揮車がある。

 当面は成太郎の相棒であり、第二の愛機だ。

 砲騎兵ブルームトルーパーの機動力に追従し、間近で現状把握、指揮を取ることが可能になる。

 成太郎も自分の目で、陸上戦艦りくじょうせんかんラーテの瞬間移動を確認するつもりだ。


「……いや、待て。待て待て、眠いが今はそれよりも」


 ドアを開いて運転席に転がり込みたい。自動車というのは、一種の密室である。移動中の自動車は盗聴されにくいし、狭いながらも周囲から遮断されれば気が休まる。一人でゆっくりとはいかずとも、15分だけでも眠れたらありがたいのだ。

 だが、迷うようにドアを閉めては開け、また閉める。

 そして、成太郎は仲間の少女達が休んでるテントへと向かった。


「今後のこともあるし、ドイツ軍の作戦には正直付き合いきれん。話を……だが、休んでいる中に俺が顔を出すと……ええい、とにかく覗くだけでも」


 紅重工くれないじゅうこうのスタッフ達による整備は、今も急ピッチで進んでいる。

 だが、機械である砲騎兵と違って、パイロット達の消耗は気にかかる。そして、パイロットは肉体と精神の両方に疲労が蓄積してゆくのだ。

 思えば、初めてあの四人が砲騎兵ブルームトルーパーに乗ったのが、三日前だ。

 突然の模擬戦からすぐ、初陣ういじん……それも、空中での落下迎撃作戦だ。そして、返す刀でドイツまで遠征。十代の少女にとっては、気の休まる時間などほとんどない筈だ。


「すまん、入るぞ? いいか? ……むむ、随分静かだな」


 そっとテントの中を覗き込むと、二人の少女が支え合うようにして座っていた。

 緋山霧沙ヒヤマキリサクレナイすおみだ。

 成太郎に気付いて、そっと霧沙は唇に人差し指を立てる。彼女の肩にもたれかかるようにして、すおみは安らかな寝息を立てていた。


「寝てしまったか、すおみは」

「うん。少し話してたんだけど、疲れてたみたい。今日は通訳で大活躍だったしね。それに、整備班もすおみの家の人達だから、気をつかって」

「お前のことも、ショックだったかもしれんな」

「……うん」


 そっと霧沙は、すおみの髪をでる。

 一つ下のチームメイトを見やる横顔は、どこか快活で闊達な普段の霧沙とは違った。とても優しくて、普段は成太郎も忘れかけている女性らしさが感じられた。


「ねえ、成太郎。成太郎も……ボクと同じ、人造人間なんだよね?」

「ああ。大昔のな」

「ボクは、ずっと……長生きはできないって言われて育ったから」

「紅重工の施設でか?」

「そだよ。最初は大勢いたんだけど……今はボク一人」


 紅重工は日本屈指の軍産複合体ぐんさんふくごうたいであり、自衛隊は勿論もちろん海外にも兵器を供給している。第二次冷戦と呼ばれる二度目の東西緊張で、日本が再び西側諸国剣の最前線となったからだ。成太郎も目覚めて少し知ったが、平和憲法を守りつつ日本は軍拡化が進んでいる。

 それでも、成太郎の知る大日本帝国よりは何倍も平和で安心な国だった。

 そんな中、人権無視とも取れる非道な実験は続いていた。

 全てはD計画ディーけいかくの復活に備えるため……しかし、それは免罪符めんざいふにはならない。


「成太郎さ、ボクの……お兄ちゃん? お父さん? みたいなもんじゃん。ボクって、成太郎を造ったデータがかされてるんだから」

「この歳で父親は困るな。それに、俺の兄弟は全員死んでしまった」

「そっか、成太郎も……どうして成太郎なんだろうね? どうして、ボクなんだろう」


 最後に生き残ってしまったことを言っているのだろう。

 霧沙はすおみの体温を求めるように、甘えるように抱き寄せる。

 まるで仲睦なかむつまじい姉妹のようだが、いつも飄々ひょうひょうとしている霧沙がどこか弱々しい。そんな彼女が、どんな人生を歩んできたかが成太郎にはよくわかった。

 身を持って知るからこそ、伝えたいこともある。


「お前は一人ではないさ、霧沙」

「ま、成太郎も同じだしね」

「それもあるが……それよりもっと、身近に仲間がいるはずだ。皆、心配していると思うぞ? すおみにはショックだったろうに」

「そう、そうなの! この子さあ、自分の家のことでオロオロしちゃってるのに、ボクの心配ばかりして。……身体はね、結構持つと思うけど? そっちはどーよ」

「フッ、俺には会わねばならん人がいる。死ぬつもりはない」


 霧沙は「そかそか」と笑ってくれた。

 丁度その時、ムニャムニャとすおみが目を開いた。彼女は、形良い鼻先にずり落ちた眼鏡めがねを、そっと手で直して身を起こす。


「あら? あらあら……わたくし、寝てしまいましたのね」

「おはよ、すおみ。ほら、眼鏡がかたむいてる」

「まあ、霧沙さん。ええと、どこまでお話したでしょうか」

「んー、色々かな? 続きは日本に帰ったら、ゆっくり話そ」


 成太郎も改めて、霧沙の体調や今後について二人に話す。

 現代の砲騎兵ブルームトルーパーは、コクピットの改装によってパイロットの負担がかなり軽減されている。やはり、太古の魔女達は考えなしにほうきまたがっていた訳ではないのだ。機械的に接続される成太郎の00式マルマルシキ"ハバキリ"と違い、01式マルイチシキ"ムラクモ"のインターフェイスは、より自然な魔力伝達を可能にした。

 別段箒に限った訳ではないが、祝福や法儀礼ほうぎれいほどこした品を触媒にする……この方法は、スムーズに砲騎兵ブルームトルーパーとの接続を可能にする。旧帝国軍の方式が『』なら、箒等での接続は『』といった違いがあった。

 とりあえず成太郎は、今後の方針や大まかな作戦内容を伝え、参加の確認を取る。

 霧沙はすおみと視線を交わして頷くと、他の二人の居場所を教えてくれた。


「わかった、行ってみよう。もう少し休んでていい。ヘリが来るまで小一時間はある」


 それだけ言い残して、すぐに成太郎は砲騎兵ブルームトルーパー駐騎ちゅうきされている場所へ向かった。

 ライトの明かりと発動機の唸り声の中、巨大な砲騎兵ブルームトルーパーが片膝を突いてひざまずいている。全高7mの歩行戦車は、闇夜を酷く冷たく感じさせた。夜気に成太郎も寒さを思い出す。

 待機中の一号機と三号機だけが、コクピットのハッチを開けていた。

 手近な三号機によじ登れば、中でグルグルと箒が少女を乗せて回転している。


「わわっ、回避、じゃなくて、防御ですっ! それで、えと、えと……突撃ですっ!」

『駄目だよ、エル! 一人で突っ込まないで。みんなのたてになってくれるんだよね?』

「そ、そうでした……トホホ」

『もう一回最初からやってみようか。一度リセットするね』


 コクピットの咲駆サキガケエルは、箒に跨ってシミュレーションの真っ最中のようだ。恐らく、一号機の朱谷灯アケヤトモリも一緒である。

 砲騎兵ブルームトルーパー同士でリンクすれば、模擬戦形式のシミュレーションも可能だ。

 以前の自衛隊との模擬戦時、事前に少しやってもらったが……彼女達が自主的に集団戦闘の練習をしているのは初めてである。ハッチが開いているのは、まだまだコクピット内での作業もあって、無数のコードやケーブルが外に流れ出しているから。


「あ、指揮官さんっ!」

「どうだ、エル。調子は……灯も」

『私は大丈夫、です、けど……あの』


 回線の向こうで、灯が口ごもった。

 だが、すぐにいつものハキハキと通りの良い声が返ってくる。


『成太郎、ごめん! 霧沙も心配だったんだけど、その……成太郎も同じ』

「ああ。だが、安心しろ。ムラクモも霧沙自身も、最新鋭の技術で造られている。ハバキリや俺とは違う……一応、なるべく負担を軽減できるように心がけるつもりだ」

『成太郎、さ……あれに乗ったら、死んじゃうの? そんなのやだよ』

「殊勝なことを言うな、かえって困る。死にはしないが、俺とハバキリでは稼働時間……戦闘時間が限られる。ハバキリのシステムでは、魔力を酷く消耗してしまうのでな」


 当初の設計では、砲騎兵ブルームトルーパーの動力炉たる人造人間、魔力を持ったパイロットは使い捨てが前提だった。神風特攻隊などというおぞましいものを生み出した国だ、それくらい平然とやってのける。

 だが、成太郎以外の人造人間は皆、当時は長生きできなかった。

 ハバキリもあわててリミッターが設けられ、パイロットと言う名の高価な部品を守るようになったのである。だが、実戦に出ていれば成太郎も恐らく、今頃生きてはいなかっただろう。


「すまんが現場では灯、そしてエル達に頼ることになる。俺は形式上命令をする立場にあるが……指示や提案はしても、命令は一つだけだ」

『一つだけ? なんだろ……D計画を倒せ、とか?』

「いや? ……。以上だ」


 いつわらざる本音だ。

 自分のような存在を生み出してまで、民を守ろうとした人達もかつていたのである。戦争という狂気の中で、そうした個人はとても弱くはかない。そして、戦争という狂気が常態化すれば、それに逆らう者が狂っているとされてしまう。

 だが、成太郎は再会を望む女性に……あの日のレッドに誓っている。

 戦後と呼ばれる時代が、いつまでも戦後であるために戦う。

 あの敗戦から復興した国を、そこに住む人々を守ると。

 そのことをおずおずと伝えたら、突然エルが抱きついてきた。


「指揮官さんっ!」

「な、なんだエル、待て、ちょっと待て……いいから離れろ」

「わたしっ、やります! D計画、やっつけちゃいます! 大好きなガンダスターも言ってました……銃無き世界のためにいま、俺が最後の銃を取る! って」

「ガ、ガン? なんだそれは。ああ、あれか」

「はいっ! 超銃棄兵ちょうじゅうきへいガンダスターです! 今度Blue-rayブルーレイボックスをお貸しします」

「……い、いや、いい」


 灯が小さく笑う声が聴こえた。彼女もきっと、最年長のリーダーとしてプレッシャーを感じていたのだろう。だから成太郎の出撃を望んだし、真実を前にそれを強請ねだれなくなった。

 そんな時、強くあろうと藻掻もがいて足掻あがく彼女は、確かに魔女達のリーダーに相応ふさわしい乙女だ。そして、四人が等しく死なせてはいけない仲間だと、そう成太郎には思える。

 とりあえず、今後の作戦を軽く打ち明け、参加の是非ぜひを問う。

 エルも灯も、霧沙やすおみと同じ答を返してくるのだった。

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