第13話「夜の帳に身を寄せ合う」
だが、収穫もあった。
「ふむ、頑丈そうじゃないか。ふあ、ふぅ……す、少し仮眠を……これは、そう、シートの評価試験だ。主に柔らかさや寝心地を試す……」
テントを這い出た成太郎は、暗がりをライトの光が走る中で歩く。向かう先には、陸上自衛隊の
当面は成太郎の相棒であり、第二の愛機だ。
成太郎も自分の目で、
「……いや、待て。待て待て、眠いが今はそれよりも」
ドアを開いて運転席に転がり込みたい。自動車というのは、一種の密室である。移動中の自動車は盗聴されにくいし、狭いながらも周囲から遮断されれば気が休まる。一人でゆっくりとはいかずとも、15分だけでも眠れたらありがたいのだ。
だが、迷うようにドアを閉めては開け、また閉める。
そして、成太郎は仲間の少女達が休んでるテントへと向かった。
「今後のこともあるし、ドイツ軍の作戦には正直付き合いきれん。話を……だが、休んでいる中に俺が顔を出すと……ええい、とにかく覗くだけでも」
だが、機械である砲騎兵と違って、パイロット達の消耗は気にかかる。そして、パイロットは肉体と精神の両方に疲労が蓄積してゆくのだ。
思えば、初めてあの四人が
突然の模擬戦からすぐ、
「すまん、入るぞ? いいか? ……むむ、随分静かだな」
そっとテントの中を覗き込むと、二人の少女が支え合うようにして座っていた。
成太郎に気付いて、そっと霧沙は唇に人差し指を立てる。彼女の肩にもたれかかるようにして、すおみは安らかな寝息を立てていた。
「寝てしまったか、すおみは」
「うん。少し話してたんだけど、疲れてたみたい。今日は通訳で大活躍だったしね。それに、整備班もすおみの家の人達だから、気を
「お前のことも、ショックだったかもしれんな」
「……うん」
そっと霧沙は、すおみの髪を
一つ下のチームメイトを見やる横顔は、どこか快活で闊達な普段の霧沙とは違った。とても優しくて、普段は成太郎も忘れかけている女性らしさが感じられた。
「ねえ、成太郎。成太郎も……ボクと同じ、人造人間なんだよね?」
「ああ。大昔のな」
「ボクは、ずっと……長生きはできないって言われて育ったから」
「紅重工の施設でか?」
「そだよ。最初は大勢いたんだけど……今はボク一人」
紅重工は日本屈指の
それでも、成太郎の知る大日本帝国よりは何倍も平和で安心な国だった。
そんな中、人権無視とも取れる非道な実験は続いていた。
全ては
「成太郎さ、ボクの……お兄ちゃん? お父さん? みたいなもんじゃん。ボクって、成太郎を造ったデータが
「この歳で父親は困るな。それに、俺の兄弟は全員死んでしまった」
「そっか、成太郎も……どうして成太郎なんだろうね? どうして、ボクなんだろう」
最後に生き残ってしまったことを言っているのだろう。
霧沙はすおみの体温を求めるように、甘えるように抱き寄せる。
まるで
身を持って知るからこそ、伝えたいこともある。
「お前は一人ではないさ、霧沙」
「ま、成太郎も同じだしね」
「それもあるが……それよりもっと、身近に仲間がいる
「そう、そうなの! この子さあ、自分の家のことでオロオロしちゃってるのに、ボクの心配ばかりして。……身体はね、結構持つと思うけど? そっちはどーよ」
「フッ、俺には会わねばならん人がいる。死ぬつもりはない」
霧沙は「そかそか」と笑ってくれた。
丁度その時、ムニャムニャとすおみが目を開いた。彼女は、形良い鼻先にずり落ちた
「あら? あらあら……わたくし、寝てしまいましたのね」
「おはよ、すおみ。ほら、眼鏡が
「まあ、霧沙さん。ええと、どこまでお話したでしょうか」
「んー、色々かな? 続きは日本に帰ったら、ゆっくり話そ」
成太郎も改めて、霧沙の体調や今後について二人に話す。
現代の
別段箒に限った訳ではないが、祝福や
とりあえず成太郎は、今後の方針や大まかな作戦内容を伝え、参加の確認を取る。
霧沙はすおみと視線を交わして頷くと、他の二人の居場所を教えてくれた。
「わかった、行ってみよう。もう少し休んでていい。ヘリが来るまで小一時間はある」
それだけ言い残して、すぐに成太郎は
ライトの明かりと発動機の唸り声の中、巨大な
待機中の一号機と三号機だけが、コクピットのハッチを開けていた。
手近な三号機によじ登れば、中でグルグルと箒が少女を乗せて回転している。
「わわっ、回避、じゃなくて、防御ですっ! それで、えと、えと……突撃ですっ!」
『駄目だよ、エル! 一人で突っ込まないで。みんなの
「そ、そうでした……トホホ」
『もう一回最初からやってみようか。一度リセットするね』
コクピットの
以前の自衛隊との模擬戦時、事前に少しやってもらったが……彼女達が自主的に集団戦闘の練習をしているのは初めてである。ハッチが開いているのは、まだまだコクピット内での作業もあって、無数のコードやケーブルが外に流れ出しているから。
「あ、指揮官さんっ!」
「どうだ、エル。調子は……灯も」
『私は大丈夫、です、けど……あの』
回線の向こうで、灯が口ごもった。
だが、すぐにいつものハキハキと通りの良い声が返ってくる。
『成太郎、ごめん! 霧沙も心配だったんだけど、その……成太郎も同じ』
「ああ。だが、安心しろ。ムラクモも霧沙自身も、最新鋭の技術で造られている。ハバキリや俺とは違う……一応、なるべく負担を軽減できるように心がけるつもりだ」
『成太郎、さ……あれに乗ったら、死んじゃうの? そんなのやだよ』
「殊勝なことを言うな、かえって困る。死にはしないが、俺とハバキリでは稼働時間……戦闘時間が限られる。ハバキリのシステムでは、魔力を酷く消耗してしまうのでな」
当初の設計では、
だが、成太郎以外の人造人間は皆、当時は長生きできなかった。
ハバキリも
「すまんが現場では灯、そしてエル達に頼ることになる。俺は形式上命令をする立場にあるが……指示や提案はしても、命令は一つだけだ」
『一つだけ? なんだろ……D計画を倒せ、とか?』
「いや? ……死ぬな。以上だ」
自分のような存在を生み出してまで、民を守ろうとした人達もかつていたのである。戦争という狂気の中で、そうした個人はとても弱く
だが、成太郎は再会を望む女性に……あの日のレッドに誓っている。
戦後と呼ばれる時代が、いつまでも戦後であるために戦う。
あの敗戦から復興した国を、そこに住む人々を守ると。
そのことをおずおずと伝えたら、突然エルが抱きついてきた。
「指揮官さんっ!」
「な、なんだエル、待て、ちょっと待て……いいから離れろ」
「わたしっ、やります! D計画、やっつけちゃいます! 大好きなガンダスターも言ってました……銃無き世界のためにいま、俺が最後の銃を取る! って」
「ガ、ガン? なんだそれは。ああ、あれか」
「はいっ!
「……い、いや、いい」
灯が小さく笑う声が聴こえた。彼女もきっと、最年長のリーダーとしてプレッシャーを感じていたのだろう。だから成太郎の出撃を望んだし、真実を前にそれを
そんな時、強くあろうと
とりあえず、今後の作戦を軽く打ち明け、参加の
エルも灯も、霧沙やすおみと同じ答を返してくるのだった。
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