第10話「激闘への導火線、着火」
――2020年、すなわち平成32年。
だが、その平穏が破られた。
「やれやれ……今度はパスポート持参で空港から入国したいものだ」
「もち、観光でね?」
「……ドイツはかつて同盟国だった。ナチズムには
「や、それもう70年以上前に終わってるから」
苦笑する
見渡す限りの牧草地と、サイロと風車が並ぶ大自然。
今は
自衛隊のC130Hから車両ごと降下した成太郎達を待っていたのは、
なんて物悲しい、
人々の
「で? 成太郎、どう? 今回のD計画第二号……これは防衛省の制服組にも認定されてるし、ドイツとEUにも通達済みよ」
「ああ……この惨状、間違いない」
少し歩いて成太郎は屈む。
萌える緑の匂いは今、焦げ臭い
向こうでは
自分の認識の甘さに、思わず
だが、今は過ぎたことより、これからのことだ。
そっと成太郎は、無数に
「D計画第二号は恐らく、戦車か、それに相当する戦闘車両だ。その規模は、推定で100両から200両……ちょっとした
「キャタピラの跡から車種を特定できない?」
「灘姫……お前はそれでも軍人か?」
「あ、それ困る! 自衛官は軍人じゃないもん。自衛隊は軍隊じゃないもーん!」
おどける灘姫が、へらりと笑う。
やれやれと
「戦車のキャタピラは、車種ごとに違うのではない。
「ってのは」
「砂漠用のキャタピラ、市街地用のキャタピラとまあ、色々あるわけだ。……この痕跡は都市戦用だな。つまり――」
立ち上がって成太郎は、無数のキャタピラの跡が向かう先へ目を細める。
見詰めるはシュヴァルツシルト、黒い森……まだ未開発の森林が村の外輪を縁取っている。そして、その向こうへと真っ直ぐ進めば、D計画の目的は明らかだ。
「つまり、D計画第二号はベルリンに向かっている。それも、真っ直ぐに」
「まーじかー! ……でもさ、成太郎。こんな沢山の戦車が動いてて、
「D計画の兵器群に常識など通用しない。魔力を帯びた旧大戦の遺産は、ある意味で神霊的な存在だからな。D障壁で身を隠すことも、実体の位相をずらして森を通り抜けることも可能だ」
「なんでもありだなあ、もぉ」
灘姫がうんざりしたような顔をする。
だが、すぐに彼女は才女の笑みを取り戻した。
「成太郎、厳命!
それだけ言って、灘姫は行ってしまった。確か先程、現地の農夫達に交渉して、車を出してもらうとか言っていた。
戦争は常に、兵器と兵隊だけでは戦えない。
後方の
そして、そうした制約の全てを持たないのがD計画だ。
D計画はただただ本能に従い、人間を
灘姫を見送っていると、背後で声がした。
「成太郎、支援物資を配り終えたけど……成太郎?」
「ああ、灯か。移動するぞ……我々は森を迂回しなければならん」
「あ、うん。で……今度は成太郎も一緒に戦うんだよね?」
トレーラーに載せ替えた
成太郎が持つ
だが、成太郎は静かに首を横に振る。
「指揮を
「……そっか。ま、あんまし無茶な作戦はよしてよね。あの
ポニーテイルを揺らして、灯が背後を仰ぎ見る。
となれば、この場に留まる理由はもうない。
だが、三者三様に忙しく動き回る仲間を見やって、ぽつりと灯は
「成太郎、さ……霧沙を作戦から外すって、できないかな」
「
「こないだ、なんか変だった。そして、成太郎はそのことを知ってるみたいだった。灘姫さんも。霧沙、病気じゃないなら……なに? 心配だよ。霧沙はなにも言ってくれないし」
霧沙の身体については、本人が一番よく知っている。
それ以上に、成太郎も理解していた。
「灯、お前にだけは話しておくが……霧沙は――」
意を決して成太郎が真実を明かそうとした、その時だった。
突然、二人の間に全速力でエルが飛び込んできた。
彼女は肩を上下させながら、村の奥を指差す。
「指揮官さんっ! 灯先輩も! たっ、たた、大変です! 村人の人が!」
「落ち着いて、エル。どしたの?」
「あっ、灯先輩……あの! キャタピラの跡が」
なにを今更と、成太郎は改めて周囲を見渡した。
家畜の牛達が草を
だが、エルはグイと成太郎の腕に抱き着き、無理矢理引っ張りながら歩き出す。
「とにかく、指揮官さん! 見に来てください!」
「ま、待てエル。引っ張るな、それと、引っ付くな」
「灯先輩も早く早くっ!」
周囲の村人達は皆、突然の災厄に疲れた顔をしている。
平穏は打ち破られ、日々の暮らしは徹底的に破壊された。そこかしこに砲弾の跡が広がっている。
平和は日々の努力で少しずつ積み上げられるが、失われるのは一瞬だ。
痛切さを心に刻んでいると、成太郎の目に異様な光景が飛び込んできた。
「これです、これ! 指揮官さん、これも戦車なんですか?」
エルが指さしているのは、キャタピラの跡だ。
だが、それは周囲の車両のものより、何倍も大きい。
常軌を
こんな巨大な戦車は、大戦中のどこの国も運用していいなかった。
しかし、存在しなかった訳ではない。
成太郎がそのことを思い出した時、駆け付けたすおみが小さく呟いた。
「ラーテ……陸上戦艦ラーテ」
――陸上戦艦ラーテ。
かつて大戦中、ドイツが計画した
もし建造され、運用されていれば……もしラーテが、アフリカ戦線に投入されていたら。
歴史に『たら』『れば』は存在しないが、可能性は確かに大きく変わっていた
「ラーテ、ですか? し、知ってるんですか! すおみちゃん!」
「ええ。ラーテとはドイツ語で、ネズミのことですわ」
「こんなにでっかいのに、ネズミ……ですか」
「重戦車マウスというのがあって、これは
「ほええ……あっ、マウス! マウスならわたし、見たことあります! アニメで……ギャルズ&パンツァー、通称ギャルパンで!」
エルの話はさっぱりだが、成太郎は震撼に身震いが止まらない。
恐らく、D計画第二号とはラーテだ……周囲の戦車は、もしかしたらラーテの魔力が生んだ
陸上戦艦の異名を取る超兵器を追っての、新たなる戦いが幕を開けた瞬間だった。
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