第9話「魔女達の休息」
西へ……闇夜の空路は、時間を区切る国境をいくつも超えてゆく。
室内の左右、機体の壁面に並んだ椅子で
三人寄ればなんとやらと言うが、プラスワンで大変賑やかな
少し離れていても、その黄色い声が弾んで聴こえる。
「あ、エルのそれかわいい。ちょっと見せて」
「
「わ、私はいいよ……ほ、ほら、これで十分だから」
「灯先輩、
古来の魔女がそうであるように、彼女達の魔力は箒を通して01式"ムラクモ"へと伝達される。四人はパイロットであると同時に、それぞれが
だが、長時間箒に
男の成太郎でも、局部が痛くなるのはわかる。
だからといって、フリルやレース、リボンで飾るのはどうだろうか? ふかふかのふわふわな箒は、個性が出てて千差万別である。
狭い室内にはプロペラのエンジン音と、少女達の声だけが響いていた。
「でもエル、これどしたの?」
「自衛隊さんの
「あんまり操縦の邪魔になるようなのは駄目だよ? ……でもまあ、殺風景だしね」
正直、成太郎は驚いている。
この平成という平和な時代を、知れば知るほど驚きは新たになるのだ。
彼女達ブルームの魔女は、戦争を知らない。彼女が生まれ育った日本は、長らく戦争とは遠い国として経済発展を続けてきた。そして、その間ずっと、地球に戦争のない日はなかったのである。
だから、言われるままに
魔力の素養があるからと言われても、彼女達にメリットはない
「ん? どしたんですか、指揮官さん。なんか、さっきから熱視線ですよね!」
「じとーっと見詰めて、なに? ……やらしいこと、考えてるんだ、きっと」
「霧沙さん、それは言い過ぎですわ。真実の言葉は時として、人を傷付けますの」
「すおみ……フォローになってないよ? ね?」
酷い言われようである。
だが、とりたてて他にすることもない成太郎は、キャビンの後ろに陣取る少女達にぼんやりと尋ねる。
「お前達は……どうしてパイロットを引き受けた? 戦争だ、死ぬことだってある」
そう、これは遊びではない……
第二次冷戦と呼ばれる二度目の緊張が、今の地球を覆っている。
経済的な
当然とも言える成太郎の言葉に、すぐに立ち上がったのはエルだった。
「それは、
「……えーっと、他は? 他の三人、どぞ」
「ちょ、ちょっと指揮官さん! 反応が薄いですっ!」
「どうせ妙なアニメや漫画に影響されてるんだろ」
「ロボットアニメは妙ではないです!」
思わず皆が笑った。
少し離れて見守る
エルはこの四人の中では、非常に積極的で協力的、良くも悪くもグイグイと意欲的である。だが、そんな彼女の
不思議そうに小首を
そんな彼女をとりなし座らせて、霧沙がようやく笑うのをやめた。
「いいじゃん、エル。単純明快でさ。ボク、そういうの好きかな」
「霧沙ちゃんはじゃあ、どうして
「んー、秘密! でも、ボク達にしかできないんだし、ボクはできるようにできてる。やってもやらなくても同じ結果なら、やるだけやった方がいいよ」
「同じ、結果……ですか。ほむっ! つまり、ガッツとファイトで戦えば、必ず平和な結果になるってことですね!」
「……そ、それでいいや。エルがそう言うなら」
霧沙が戦う理由は、成太郎にはおぼろげながらわかる。
成太郎が覚醒させらる十年以上前から、砲騎兵の開発は始まっていた。紅重工は防衛省と組んで、成太郎が眠っている間に00式"ハバキリ"を解析、研究していたのである。
それはいい。
だが、成太郎は知らなかった。
今という平和な時代に、レッドは迎えには来てくれなかった。それなのに、彼女が望んだ平和な世界で、成太郎と同じ旧大戦の遺産が少女を乗せて戦う……
それでも、戦う彼女達を守り、少しでも生還率の高い作戦を考えるのが成太郎の務めだった。
「むぅ、これは……あとでみんなで、お勉強ですね! 一緒に燃える熱血ロボットアニメを見れば、きっとわかってくれます! とりあえず、わたしのバイブルである
「な、なにそれ……ちょ、ちょっとすおみ! 笑ってないでエルを止めてよ! 灯も!」
「ふふ、すみません。なんだか面白くて」
「でも、霧沙が元気になってくれてよかった。私は……正直、なんで戦ってるかなんてわからない。戦ってる実感さえないんだ。でも、年下の女の子達を、みんなを放り出してはおけないよ」
各々に戦う理由がある。
まだ戦いの怖さ、恐ろしさを知らなくても、感じられなくても訳があるのだ。
それはいつか、戦う意味を見付けた時の財産になる。
ただ魔力を持って生まれただけで、世界は彼女達に未来の選択を肩代わりさせているのだった。
「むっふー! いいじゃなーい? ま、ライトスタッフ
気付けば隣に、灘姫が座っていた。先程まで書類を睨みながら例のノートパソコンを歌わせていたのだ。キータッチの音が絶えず一定リズムで響くので、その調べを聴いていれば眠れそうな気もしたのだが。
彼女は少し休憩と言いつつ、成太郎にだけ聴こえるように声を
「霧沙ちゃんのバイタルは正常値よ……条件付きで。ただ、エルちゃんとは別の意味で不安定ね。上下するんじゃなくて、突然バッチーン! って魔力が消えちゃう。これってやっぱり――」
「七十年以上前、俺が被験者として生み出された時代……そのずっと前から、人間へ後天的な魔力を付与する実験は行われていた。だが、大きな力を得た者達は皆、多くの欠落を抱えたまま死んでいった」
「紅重工でもそのデータは転用しているし、今はずっと薬学も科学も進化したけどぉ?」
「……人間はなにも変わらない。変わりようがないことだって、ある」
ある意味で霧沙は、成太郎と同じ生い立ち……
魔力を持って生まれてくる子供は、とても
パイロットの安定した供給は、ずっと以前から課題だった。
そして、今も昔も人間は容易に倫理や道徳を忘れてしまう。
因果なものだと成太郎が溜息を零すと、灘姫は話題を変えた。
「それと、成太郎。レッド、だったわよね? 例の女についての追加報告」
思わず成太郎は、眠たげな半目を見開いた。
レッド……赤い髪の優しい女性。自分を人間として扱い、人間の感情や情緒、
灘姫は手にしたスマートフォンを操作しつつ、端的に教えてくれる。
「あたしが独自のルートで調べた結果、日本国内からの出国記録はなかったわ。でも、極秘資料によれば……戦後の混迷期、昭和三十年前後まで不可解な事件が散発しているの」
「事件?」
「旧大戦の
成太郎の胸に確信が満ちる。
間違いない、それはレッドだ。
誰よりも平和を望み、武器や兵器に力である以上の意味を見出そうとしていた……そういう女性だった。彼女は恐らく、データの悪用を阻止したのだろう。被造物に本能を持たせ、
「とりあえず今はここまで、かなぁ? もう少しあたしの方で調べたげる」
「す、すまない、灘姫っ、ガァ!? フガ、フガガ」
突然、灘姫が成太郎の
満面の笑みで灘姫はパッチーン! と手を放した。
「すまない、じゃないでしょ? もう」
「そ、そうだな。しかし、俺には貴女の努力に
「ほらまた! 違うでしょ、ったく。お礼の言葉はありがとう! サン、ハイ!」
「あ、ありが、とう?」
「どうして疑問符がついてんのよ」
「だな……ふむ。ありがとう、灘姫。引き続きよろしく頼む」
「はいはい、かしこま、かしこまっと。任せといてよね」
どういう訳か、灘姫は驚異的な人脈や情報網を持っている。
仕事だけはできる女で、その処理能力は成太郎が知る限り、思い出の中のレッドよりも凄まじい。正しく、才色兼備とはこのことだ。
ただ、私生活は壊滅的にだらしない。
「ありがとう、か……俺はその言葉を、あの人に伝えたい」
「なぁに? レッドっての?」
「ああ」
「んじゃ、生き残らなきゃね。そして、彼女達に生き抜いてもらわなきゃ。あんたの作戦と指揮にかかってんだかんね? しゃんとしなさいよ、成太郎っ!」
「わかってる」
エル達四人は、楽しげに互いの箒にアレコレ飾り付けては笑う。そんなあどけない一面を内包して、航空自衛隊のC130H輸送機は飛び続けるのだった。
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