第9話「魔女達の休息」

 西へ……闇夜の空路は、時間を区切る国境をいくつも超えてゆく。

 室内の左右、機体の壁面に並んだ椅子で平成太郎タイラセイタロウは眠りを待つ。眠いのだが、睡魔すいまはなかなか彼を誘惑してくれない。もとから常に眠い成太郎は、夜でも元気な少女達に圧倒されていた。C130H輸送機の快適とは言えないキャビンでも、防衛省特務B分室ぼうえいしょうとくむビーぶんしつことブルームB-ROOMの魔女達は華やいでかしましい。

 三人寄ればなんとやらと言うが、プラスワンで大変賑やかな旅路たびじだった。

 少し離れていても、その黄色い声が弾んで聴こえる。


「あ、エルのそれかわいい。ちょっと見せて」

霧沙キリサちゃんにもリボン分けたげます! すおみちゃんにも、トモリ先輩にも!」

「わ、私はいいよ……ほ、ほら、これで十分だから」

「灯先輩、座布団ざぶとんを巻いただけなんて……少しそっけないですわ」


 咲駆サキガケエルに緋山霧沙ヒヤマキリサ、そして朱谷灯アケヤトモリクレナイすおみ。四人のパイロット達は今、砲騎兵ブルームトルーパーのコクピットから持ち出したほうきをドレスアップしていた。

 古来の魔女がそうであるように、彼女達の魔力は箒を通して01式"ムラクモ"へと伝達される。四人はパイロットであると同時に、それぞれが砲騎兵ブルームトルーパーのエンジンであり燃料なのだ。

 だが、長時間箒にまたがっていると……疲れる。

 男の成太郎でも、局部が痛くなるのはわかる。

 だからといって、フリルやレース、リボンで飾るのはどうだろうか? ふかふかのふわふわな箒は、個性が出てて千差万別である。

 狭い室内にはプロペラのエンジン音と、少女達の声だけが響いていた。


「でもエル、これどしたの?」

「自衛隊さんの売店PXで聞いたら、丁度クリスマスの飾り付けの在庫があるって……あとで運転席の中も、あ、いえ……コクピット! 操縦席の中も綺麗に飾り付けましょう!」

「あんまり操縦の邪魔になるようなのは駄目だよ? ……でもまあ、殺風景だしね」


 正直、成太郎は驚いている。

 この平成という平和な時代を、知れば知るほど驚きは新たになるのだ。

 彼女達ブルームの魔女は、戦争を知らない。彼女が生まれ育った日本は、長らく戦争とは遠い国として経済発展を続けてきた。そして、その間ずっと、地球に戦争のない日はなかったのである。

 だから、言われるままに砲騎兵ブルームトルーパーに乗ってくれるのが不思議である。

 魔力の素養があるからと言われても、彼女達にメリットはないはずなのだ。


「ん? どしたんですか、指揮官さん。なんか、さっきから熱視線ですよね!」

「じとーっと見詰めて、なに? ……やらしいこと、考えてるんだ、きっと」

「霧沙さん、それは言い過ぎですわ。真実の言葉は時として、人を傷付けますの」

「すおみ……フォローになってないよ? ね?」


 酷い言われようである。

 だが、とりたてて他にすることもない成太郎は、キャビンの後ろに陣取る少女達にぼんやりと尋ねる。


「お前達は……どうしてパイロットを引き受けた? 戦争だ、死ぬことだってある」


 そう、これは遊びではない……D計画ディーけいかくと呼ばれる旧大戦の亡霊と戦う、れっきとした戦争なのだ。そして、敗北はイコール第三次世界大戦の勃発ぼっぱつである。

 第二次冷戦と呼ばれる二度目の緊張が、今の地球を覆っている。

 経済的な軋轢あつれきを生んだ大国間のグローバリズムは、再び軍拡を選んだのだ。

 当然とも言える成太郎の言葉に、すぐに立ち上がったのはエルだった。


「それは、勿論もちろんっ! 愛と正義のためです! 残虐非道な悪を叩いて砕く、そのためにわたしは砲騎兵ブルームトルーパーのパイロットになったです!」

「……えーっと、他は? 他の三人、どぞ」

「ちょ、ちょっと指揮官さん! 反応が薄いですっ!」

「どうせ妙なアニメや漫画に影響されてるんだろ」

「ロボットアニメは妙ではないです!」


 思わず皆が笑った。

 少し離れて見守る卜部灘姫ウラベナダヒメも肩が震えている。

 エルはこの四人の中では、非常に積極的で協力的、良くも悪くもグイグイと意欲的である。だが、そんな彼女のはやる気持ちに反して、今ひとつ魔力係数が安定しない。

 不思議そうに小首をかしげながら、腕組みエルがうなる。

 そんな彼女をとりなし座らせて、霧沙がようやく笑うのをやめた。


「いいじゃん、エル。単純明快でさ。ボク、そういうの好きかな」

「霧沙ちゃんはじゃあ、どうして砲騎兵ブルームトルーパーに乗ってるんですか?」

「んー、秘密! でも、ボク達にしかできないんだし、ボクはできるようにできてる。やってもやらなくても同じ結果なら、やるだけやった方がいいよ」

「同じ、結果……ですか。ほむっ! つまり、ガッツとファイトで戦えば、必ず平和な結果になるってことですね!」

「……そ、それでいいや。エルがそう言うなら」


 霧沙が戦う理由は、成太郎にはおぼろげながらわかる。

 成太郎が覚醒させらる十年以上前から、砲騎兵の開発は始まっていた。紅重工は防衛省と組んで、成太郎が眠っている間に00式"ハバキリ"を解析、研究していたのである。

 それはいい。

 だが、成太郎は知らなかった。

 今という平和な時代に、レッドは迎えには来てくれなかった。それなのに、彼女が望んだ平和な世界で、成太郎と同じ旧大戦の遺産が少女を乗せて戦う……率直そっちょくに言って、面白くない。

 それでも、戦う彼女達を守り、少しでも生還率の高い作戦を考えるのが成太郎の務めだった。


「むぅ、これは……あとでみんなで、お勉強ですね! 一緒に燃える熱血ロボットアニメを見れば、きっとわかってくれます! とりあえず、わたしのバイブルである超銃棄兵ちょうじゅうきへいガンダスターあたりを見れば!」

「な、なにそれ……ちょ、ちょっとすおみ! 笑ってないでエルを止めてよ! 灯も!」

「ふふ、すみません。なんだか面白くて」

「でも、霧沙が元気になってくれてよかった。私は……正直、なんで戦ってるかなんてわからない。戦ってる実感さえないんだ。でも、年下の女の子達を、みんなを放り出してはおけないよ」


 各々に戦う理由がある。

 まだ戦いの怖さ、恐ろしさを知らなくても、感じられなくても訳があるのだ。

 それはいつか、戦う意味を見付けた時の財産になる。

 ただ魔力を持って生まれただけで、世界は彼女達に未来の選択を肩代わりさせているのだった。


「むっふー! いいじゃなーい? ま、ライトスタッフぞろいってことにしとこうよ、成太郎」


 気付けば隣に、灘姫が座っていた。先程まで書類を睨みながら例のノートパソコンを歌わせていたのだ。キータッチの音が絶えず一定リズムで響くので、その調べを聴いていれば眠れそうな気もしたのだが。

 彼女は少し休憩と言いつつ、成太郎にだけ聴こえるように声をひそめる。


「霧沙ちゃんのバイタルは正常値よ……条件付きで。ただ、エルちゃんとは別の意味で不安定ね。上下するんじゃなくて、突然バッチーン! って魔力が消えちゃう。これってやっぱり――」

「七十年以上前、俺が被験者として生み出された時代……そのずっと前から、人間へ後天的な魔力を付与する実験は行われていた。だが、大きな力を得た者達は皆、多くの欠落を抱えたまま死んでいった」

「紅重工でもそのデータは転用しているし、今はずっと薬学も科学も進化したけどぉ?」

「……人間はなにも変わらない。変わりようがないことだって、ある」


 ある意味で霧沙は、成太郎と同じ生い立ち……同胞はらからとも言える。

 魔力を持って生まれてくる子供は、とても稀有けうな存在だ。そして、その希少性は対D計画用の砲騎兵ブルームトルーパー運用にとって最大のネックなのである。

 パイロットの安定した供給は、ずっと以前から課題だった。

 そして、今も昔も人間は容易に倫理や道徳を忘れてしまう。

 因果なものだと成太郎が溜息を零すと、灘姫は話題を変えた。


「それと、成太郎。レッド、だったわよね? 例の女についての追加報告」


 思わず成太郎は、眠たげな半目を見開いた。

 レッド……赤い髪の優しい女性。自分を人間として扱い、人間の感情や情緒、喜怒哀楽きどあいらくを教えてくれた人だ。

 灘姫は手にしたスマートフォンを操作しつつ、端的に教えてくれる。


「あたしが独自のルートで調べた結果、日本国内からの出国記録はなかったわ。でも、極秘資料によれば……戦後の混迷期、昭和三十年前後まで不可解な事件が散発しているの」

「事件?」

「旧大戦の工廠こうしょうや研究所の記録……有用なデータを隠し持っていた企業が、次々とそれを失ったの。紅重工も勿論そう、ようするにD計画絡みのデータだけ抹消して歩く人が当時はいた……どう? 心当たりない?」


 成太郎の胸に確信が満ちる。

 間違いない、それはレッドだ。

 誰よりも平和を望み、武器や兵器に力である以上の意味を見出そうとしていた……そういう女性だった。彼女は恐らく、データの悪用を阻止したのだろう。被造物に本能を持たせ、わずかながら知性と意思を宿らせる研究。それは、完全な無人兵器の開発も含め、無限の応用が効く研究だった。


「とりあえず今はここまで、かなぁ? もう少しあたしの方で調べたげる」

「す、すまない、灘姫っ、ガァ!? フガ、フガガ」


 突然、灘姫が成太郎の両頬りょうほおをつねった。そのままぐににと引っ張るので、成太郎は痛みと共に言葉をぼやけさせる。

 満面の笑みで灘姫はパッチーン! と手を放した。


「すまない、じゃないでしょ? もう」

「そ、そうだな。しかし、俺には貴女の努力にむくいるすべが……すまない」

「ほらまた! 違うでしょ、ったく。お礼の言葉はありがとう! サン、ハイ!」

「あ、ありが、とう?」

「どうして疑問符がついてんのよ」

「だな……ふむ。ありがとう、灘姫。引き続きよろしく頼む」

「はいはい、かしこま、かしこまっと。任せといてよね」


 どういう訳か、灘姫は驚異的な人脈や情報網を持っている。

 仕事だけはできる女で、その処理能力は成太郎が知る限り、思い出の中のレッドよりも凄まじい。正しく、才色兼備とはこのことだ。

 ただ、私生活は壊滅的にだらしない。


「ありがとう、か……俺はその言葉を、あの人に伝えたい」

「なぁに? レッドっての?」

「ああ」

「んじゃ、生き残らなきゃね。そして、彼女達に生き抜いてもらわなきゃ。あんたの作戦と指揮にかかってんだかんね? しゃんとしなさいよ、成太郎っ!」

「わかってる」


 エル達四人は、楽しげに互いの箒にアレコレ飾り付けては笑う。そんなあどけない一面を内包して、航空自衛隊のC130H輸送機は飛び続けるのだった。

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