第8話「世界の危機は続いてゆく」
そのことで今、
成太郎と一緒に、昭和から時を越えて甦った相棒、そして唯一の財産だ。
この機体で戦い、この機体で死ぬ……そう教えられて成太郎は育ったのである。
「で、だ……こんなものが本当に
成太郎はノートパソコンを開いた。
本当のノートのように、縦にして、左右に。
成太郎が生きていた時代は、
「……わからん。これが、電源か? むむ、動いた……な、なぜ文字が傾いてるのだ」
上司にして部隊の責任者である
彼女は忙しいらしく、今は事後処理に
恐らく今頃、防衛省はてんやわんやの大騒ぎだろう。
この格納庫でも、
「ふむ、わかった。これは横にして使うものなのだな。タイプライターに似ている」
ようやく使い方を理解し、両手の人差し指でチョン、チョッチョンとキーボードを叩く。手前の奇妙なパネルに触れば、画面の矢印が動くこともだんだんわかってきた。
デスクトップという概念は成太郎にはわからなかったが、報告書と書いてある場所があったので、それを選んで
下から元気のいい声が響いてきたのは、そんな時だった。
「指揮官さーん! あのー、わたし達帰りますけどっ! 自衛隊の人が送ってくれるそうです!」
見下ろすと、やたら
眠気と戦いながらも、成太郎はしょうがないのでしぶしぶ隣を少し空けた。
案の定、勝手に上がってきたエルは横に腰掛けてくる。
「なにしてるんですか?」
「……報告書、を、作ってる。どうにも勝手が……それより、
「あ、はいっ! さっき、目を覚ましたです。今、すおみちゃんと
「ふむ、そうか」
ムラクモ二号機担当、
無理からぬ話だと成太郎は思った。
そして、その理由を今はエルに話してやれない。
「霧沙ちゃん、病気なんですか?」
「病気では、ない。ただ……霧沙はなにか言ってたか?」
「えっと、大丈夫だそうです! ……ちょっと心配です」
「だな」
時が来ればいずれ、話すことになるだろう。
だが、今は無理だ……
不本意ではあるが、霧沙にはこれからも戦ってもらうことになる。
場合によっては、成太郎もパイロットとして出撃することになるだろう。そんなことを考えている間に、エルは器用にシートの上を歩き回っていた。
「あっ、指揮官さん! この子、運転席が違いますよ!? ……
「あ、こらこら。勝手にハッチを開けるな、っとっと、とと」
慌てて立ち上がったので、思わずノートパソコンを落としそうになる。
文字通りノートのようにそれを閉じて、成太郎は胸部のコクピットを覗き込んだ。そこは、エル達四人の少女が使う箒が存在しない。その代り、パイロットを半ば拘束するような座席があるだけだ。クラシカルなアナログ計器に操縦桿とフットペダル、よっぽどコクピットらしいあつらえである。
そう、成太郎が実験を受けていた時代は、まだ誰も知らなかったのだ……古来の魔法使いや魔女が箒で飛ぶことに、合理的な意味があるということを。箒に限らず、一定の
それを知った時にはもう、終戦……敗戦は不可避な未来として迫っていたのだ。
「やっぱり指揮官さん、男の子だからですか? 箒じゃないの」
「……こいつは、
「だって、わたし達もお尻とか痛くなるんですよ? だから、ほら、男の子も大事なところが――オチンチンが!」
「はしたない!
例えば、エルのスカートの丈とかがそうだ。
これでは、
成太郎の中ではまだまだ、昭和な時間が凍ったままで止まっていた。
「とりあえず、出なさいって」
「はーい! ……なんか、
「あ、こら……勝手に触るなって」
エルは楽しそうにガチャガチャ手を動かしつつ、成太郎の困り顔を見てやっとコクピットから出てくれた。
魔力の伝導効率や各部の装甲等、ハバキリはムラクモに性能面で劣るプロトタイプだ。
「因みに、指揮官さんはどこに帰るんですか? やっぱり灘姫さんのお家なんですか?」
「あの生活は、もう、いい……とりあえず、学校に」
「えっ!? ガチ女にですか!?」
「校務員用の、部屋が、ある。今日はもう、帰って寝たい」
灘姫の家での
生来、昭和生まれの律儀で堅物な性格が成太郎である。その目の前で、下着姿でウロウロし、酒を飲んでは散らかし、あまつさえそのまま酔って寝てしまう。もう少し今の時代の生活や知識を教えてほしかったのだが、成太郎は掃除ばかり上達してしまった。
それでも、この平成と呼ばれる時代は
薄っぺらく平らな、板切れのようなテレビ。
皆が電話を持ち歩き、それは小さく電話線が存在しない。
そして、冷蔵庫や洗濯機が当たり前のように家にあり、電子レンジなる調理機械まであるのだ。成太郎にとって、自分の名前の由来となった平成は未来でありすぎた。
そんなことを考えていると、ふと成太郎は仕事の連絡を思い出す。
「ああ、そうだ。エル、お前のムラクモ三号機……本当にあれでいいのか?」
「ほへ? いいのか、とは」
「どういう訳か、お前の魔力係数は上下の幅が大き過ぎる。ちょっとしたことで急上昇したかと思えば、突然急落する。ムラっ気がありすぎる。だから、もっとスタンダードで安定した装備がいいのでは、と」
エルのムラクモ三号機は重武装である。両肩に巨大なシールドをマウントし、シルエットからしていかにも
どんな重装甲も、まるでミシンのように死で縫い上げてしまう破壊力。
しかし、取り回しは悪く重量もかさみ、エルの魔力が低下すると自重で動けなくなるのだ。
だが、エルは無駄に得意げに胸を張る。
「だって、わたしはみんなの
「……お前、女の子でしょう」
「漢っていうのは、男女の垣根を超えた魂の性別なんです! 熱き血潮が
「ある訳ないから、そゆの。ってか、その、あれだ。お前、変なアニメーションの見過ぎ」
「変じゃないですよぉ」
だが、指揮を
そんな中、
強いて言えば、エルはいつ突発的に無力化するかわからないのだが。それを言い出したら、戦闘は素人の灯やすおみ、爆弾を抱えている霧沙も同じである。
「と、言う訳で……俺は報告書を書いて学校に、帰る……おや? これは」
「あっ、指揮官さん! さっきのデータ、保存しました?」
「……した記憶は、ないな」
「消えてますね! やりなおしです!」
ノートパソコンを再び開いて、成太郎は硬直する。
笑いつつエルが「お手伝いしましょうか?」と顔を覗き込んできた。この
不意に格納庫に灘姫の声が響く。
見下ろせば、一緒に来たらしい灯や霧沙、すおみがこちらを見上げていた。
「そんなとこにいたのねん、エルちゃん。さ、騎体をもっかいC130Hへ移動させるわ。手伝ってぇん?」
「灘姫、そんな話は聞いていないが」
「あら、成太郎。今話したでしょ?」
「……強引な。というか、なにが……なにかが、あったんだな」
なんと、灘姫は整備員達にも聴こえる大きな声で言い放った。
D計画第二号、襲来……そして、今度の戦場は
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