第8話「世界の危機は続いてゆく」

 防衛省特務B分室ぼうえいしょうとくむビーぶんしつ……通称ブルームB-ROOM初陣ういじんは勝利で終わった。

 そのことで今、平成太郎タイラセイタロウは面倒事に巻き込まれつつある。間借りしている厚木基地の格納庫ハンガーで、彼はノートパソコンなるものを手に愛機の肩へ腰掛けた。

 灰色グレーのシートを被って、いまだ誰も稼働状態を見たことのない砲騎兵ブルームトルーパー

 成太郎と一緒に、昭和から時を越えて甦った相棒、そして唯一の財産だ。

 この機体で戦い、この機体で死ぬ……そう教えられて成太郎は育ったのである。


「で、だ……こんなものが本当に電算装置でんさんそうちなのか? ノートというからには……」


 成太郎はノートパソコンを開いた。

 本当のノートのように、縦にして、左右に。

 成太郎が生きていた時代は、すでに物資が困窮こんきゅうしていてノート一冊買えない学生が多かったと聞く。そんな中、白い壁に囲まれた施設しか知らない成太郎は、衣食住だけは十分に与えられていた。


「……わからん。これが、電源か? むむ、動いた……な、なぜ文字が傾いてるのだ」


 上司にして部隊の責任者である卜部灘姫ウラベナダヒメからは、報告書は書式にのっとって作成、提出してほしいと言われている。だが、記入用紙を求めたらこれを渡されたのである。

 彼女は忙しいらしく、今は事後処理に奔走ほんそうしている。

 恐らく今頃、防衛省はてんやわんやの大騒ぎだろう。

 この格納庫でも、紅重工くれないじゅうこうのスタッフ達が01式マルイチシキ"ムラクモ"の整備に追われていた。機密扱いの機体なので、外には武装した自衛官達が夕日の中で物々しい。


「ふむ、わかった。これは横にして使うものなのだな。タイプライターに似ている」


 ようやく使い方を理解し、両手の人差し指でチョン、チョッチョンとキーボードを叩く。手前の奇妙なパネルに触れば、画面の矢印が動くこともだんだんわかってきた。

 デスクトップという概念は成太郎にはわからなかったが、報告書と書いてある場所があったので、それを選んでエンターを押す。

 下から元気のいい声が響いてきたのは、そんな時だった。


「指揮官さーん! あのー、わたし達帰りますけどっ! 自衛隊の人が送ってくれるそうです!」


 見下ろすと、やたら綺羅きらびやかな制服の少女が手を降っている。ピョコンと飛び出たアホ毛を揺らすのは、咲駆サキガケエルだ。彼女は反応の薄い成太郎に小首をかしげ、そのまま機体をよじ登ってくる。

 眠気と戦いながらも、成太郎はしょうがないのでしぶしぶ隣を少し空けた。

 案の定、勝手に上がってきたエルは横に腰掛けてくる。


「なにしてるんですか?」

「……報告書、を、作ってる。どうにも勝手が……それより、霧沙キリサは大丈夫だったか?」

「あ、はいっ! さっき、目を覚ましたです。今、すおみちゃんとトモリ先輩がついてて。わたし達は引き上げるので、指揮官さんに一応報告をと思って」

「ふむ、そうか」


 ムラクモ二号機担当、緋山霧沙ヒヤマキリサは作戦中に発作で動けなくなった。どうにか朱谷灯アケヤトモリのフォローで地上に帰ってきたが、初の実戦で失神という不名誉な結果に終わったのである。

 無理からぬ話だと成太郎は思った。

 そして、その理由を今はエルに話してやれない。


「霧沙ちゃん、病気なんですか?」

「病気では、ない。ただ……霧沙はなにか言ってたか?」

「えっと、大丈夫だそうです! ……ちょっと心配です」

「だな」


 時が来ればいずれ、話すことになるだろう。

 勿論もちろん、霧沙が自分で真実を告げるかもしれない。

 だが、今は無理だ……D計画ディーけいかくが本格的に動き出した今、魔力を持った人間の存在は必要不可欠である。そして、まったくもって足りていない。

 不本意ではあるが、霧沙にはこれからも戦ってもらうことになる。

 場合によっては、成太郎もパイロットとして出撃することになるだろう。そんなことを考えている間に、エルは器用にシートの上を歩き回っていた。


「あっ、指揮官さん! この子、運転席が違いますよ!? ……ほうきじゃ、ないです」

「あ、こらこら。勝手にハッチを開けるな、っとっと、とと」


 慌てて立ち上がったので、思わずノートパソコンを落としそうになる。

 文字通りノートのようにそれを閉じて、成太郎は胸部のコクピットを覗き込んだ。そこは、エル達四人の少女が使う箒が存在しない。その代り、パイロットを半ば拘束するような座席があるだけだ。クラシカルなアナログ計器に操縦桿とフットペダル、よっぽどコクピットらしいあつらえである。

 そう、成太郎が実験を受けていた時代は、まだ誰も知らなかったのだ……古来の魔法使いや魔女が箒で飛ぶことに、合理的な意味があるということを。箒に限らず、一定の法術ほうじゅつ呪言まじないの処理を施せば、機体への魔力伝導率は飛躍的に上がる。思考を伝えるだけで、思った通りに動くのだ。

 それを知った時にはもう、終戦……敗戦は不可避な未来として迫っていたのだ。


「やっぱり指揮官さん、男の子だからですか? 箒じゃないの」

「……こいつは、00式マルマルシキ"ハバキリ"……戦時中に建造された、最初の砲騎兵ブルームトルーパーだ。……なんで男だと箒が駄目なんだ?」

「だって、わたし達もお尻とか痛くなるんですよ? だから、ほら、男の子も大事なところが――オチンチンが!」

「はしたない! 灘姫ナダヒメは特別だが、この時代の女は軽薄で節度が足りな過ぎる」


 例えば、エルのスカートの丈とかがそうだ。

 これでは、銃後じゅうごの日本を守る立派な婦人にはなれない。竹槍訓練たけやりくんれんで少し揉み合いになれば、肌着ぱんつとかが見えてしまうことは明白である。

 成太郎の中ではまだまだ、昭和な時間が凍ったままで止まっていた。


「とりあえず、出なさいって」

「はーい! ……なんか、窮屈きゅうくつです。でもっ、こっちの方がロボットの運転席っぽいですよね! なんかレバーとか沢山ありますし!」

「あ、こら……勝手に触るなって」


 エルは楽しそうにガチャガチャ手を動かしつつ、成太郎の困り顔を見てやっとコクピットから出てくれた。

 白無垢しろむくの装甲でたたずむハバキリは、この世でただ一騎だけのカスタムメイドだ。試作実験騎であり、砲騎兵ブルームトルーパーの量産のためのデータ収集に使われたのである。そのノウハウは今、エル達が乗るムラクモにかされている。

 魔力の伝導効率や各部の装甲等、ハバキリはムラクモに性能面で劣るプロトタイプだ。


「因みに、指揮官さんはどこに帰るんですか? やっぱり灘姫さんのお家なんですか?」

「あの生活は、もう、いい……とりあえず、学校に」

「えっ!? ガチ女にですか!?」

「校務員用の、部屋が、ある。今日はもう、帰って寝たい」


 灘姫の家での居候いそうろう生活は、成太郎にとって落ち着かなかった。

 生来、昭和生まれの律儀で堅物な性格が成太郎である。その目の前で、下着姿でウロウロし、酒を飲んでは散らかし、あまつさえそのまま酔って寝てしまう。もう少し今の時代の生活や知識を教えてほしかったのだが、成太郎は掃除ばかり上達してしまった。

 それでも、この平成と呼ばれる時代は驚愕きょうがくに満ちている。

 薄っぺらく平らな、板切れのようなテレビ。

 皆が電話を持ち歩き、それは小さく電話線が存在しない。

 そして、冷蔵庫や洗濯機が当たり前のように家にあり、電子レンジなる調理機械まであるのだ。成太郎にとって、自分の名前の由来となった平成は未来でありすぎた。

 そんなことを考えていると、ふと成太郎は仕事の連絡を思い出す。


「ああ、そうだ。エル、お前のムラクモ三号機……本当にあれでいいのか?」

「ほへ? いいのか、とは」

「どういう訳か、お前の魔力係数は上下の幅が大き過ぎる。ちょっとしたことで急上昇したかと思えば、突然急落する。ムラっ気がありすぎる。だから、もっとスタンダードで安定した装備がいいのでは、と」


 エルのムラクモ三号機は重武装である。両肩に巨大なシールドをマウントし、シルエットからしていかにもいかつい。そして、両手で巨大なガトリング砲を扱う。騎体の全高を超える長銃身が回転し、毎分4,000発の60mm弾頭を吐き出すのだ。

 どんな重装甲も、まるでミシンのように死で縫い上げてしまう破壊力。

 しかし、取り回しは悪く重量もかさみ、エルの魔力が低下すると自重で動けなくなるのだ。何故なぜこの出鱈目デタラメなセッティングに、灘姫がOKを出したのかがわからない。

 だが、エルは無駄に得意げに胸を張る。


「だって、わたしはみんなのたてになりたいんです! あと、グルグルバルカンはおとこ浪漫ろまんなんですっ!」

「……お前、女の子でしょう」

「漢っていうのは、男女の垣根を超えたなんです! 熱き血潮がたぎる時、誰もがみんな漢なんです! ……だって、ドリルもパイルバンカーもないっていうから」

「ある訳ないから、そゆの。ってか、その、あれだ。お前、変なアニメーションの見過ぎ」

「変じゃないですよぉ」


 だが、指揮をる成太郎としては、コンセプトのはっきりした四人の四騎はありがたい。隊長騎である灯が、オールラウンダーながら格闘戦を得意とする。霧沙は機動力と運動性を活かしたスィーパー、そして最後尾にはすおみがスナイパーとして目を光らせる。

 そんな中、鈍重どんじゅうながら極端な攻防一体型のエルは戦術の幅を広げてくれるのだ。

 強いて言えば、エルはいつ突発的に無力化するかわからないのだが。それを言い出したら、戦闘は素人の灯やすおみ、爆弾を抱えている霧沙も同じである。


「と、言う訳で……俺は報告書を書いて学校に、帰る……おや? これは」

「あっ、指揮官さん! さっきのデータ、保存しました?」

「……した記憶は、ないな」

「消えてますね! やりなおしです!」


 ノートパソコンを再び開いて、成太郎は硬直する。

 笑いつつエルが「お手伝いしましょうか?」と顔を覗き込んできた。このむすめはちょくちょく顔が近くて、グイグイ前に前にと迫ってくる。遠慮しつつ、気が重いがやりなおそうと思った、その時だった。

 不意に格納庫に灘姫の声が響く。

 見下ろせば、一緒に来たらしい灯や霧沙、すおみがこちらを見上げていた。


「そんなとこにいたのねん、エルちゃん。さ、騎体をもっかいC130Hへ移動させるわ。手伝ってぇん?」

「灘姫、そんな話は聞いていないが」

「あら、成太郎。今話したでしょ?」

「……強引な。というか、なにが……なにかが、あったんだな」


 なんと、灘姫は整備員達にも聴こえる大きな声で言い放った。

 D計画第二号、襲来……そして、今度の戦場は欧州ユーロだと。

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