第5話「D計画第一号、襲来」
防衛省の地下深く、極秘の作戦室へと
陸海空のどこにも属さぬ、
カツカツとヒールを鳴らし、肩で風切る歩調は正しくエリートそのもの。普段からだらしない生活を送る、
手にしたスマートフォンで、遠く離れた
「ちょっと、成太郎? 声が遠いんだけど」
『ん、そうか? ……ふむ、すまない。どうやら電話機の裏と表が逆だったようだ』
「あ、そ……早速だけど、ブルームは作戦行動に出るわよ。そこには
『了解した。ところで』
ぼんやりと眠そうな声が、この緊急時に意外なことを聞いてくる。
だが、彼も現場指揮官として、四人の少女達と共に戦場に
成太郎は
だが、彼には唯一戦中から一緒に時を超えてきた、相棒とも言える機体があった。
『レッドの消息は
「ああ、その話?
『そうか……』
「ただ、記録に一切残ってないその人物……レッドという女性が実在したことは確かよ。当時の研究者の中に数名、まだ生きてる人達がいてね。証言してくれたわ」
戦時中、
灘姫は今後も調査を続けることを約束して、通話を切る。
ちょうどその時、目の前に巨大な扉が現れた。
左右には武装した自衛官が立ち、所属と階級の確認をしてから入室する。
「卜部灘姫
そこは、天井の高いホールのような構造の部屋だ。薄暗い中で自衛官達が働いている、ちょっとした映画館よりも大きい空間である。
全面には巨大なモニターがあり、何十人ものオペレーターが働いている。
灘姫はすぐに、幹部クラスの老人達が陣取る指揮所の上層へと上がった。
なにやら密談中の男達が、敬礼する灘姫を振り返る。
「フン、来おったか……そこで座って見ておれ」
「特務B分室などに出番などない。今、もうすぐ決着が着くところだ」
「旧大戦の負の遺産、D計画。なに、七十年以上も前の最新鋭だろう?」
灘姫は
お手並み拝見、である。
既に航空自衛隊がスクランブルで上がったことも、大まかながら今回の敵……D計画第一号の正体も掴めている。
そして、無数のオペレーターの一人が振り返って叫んだ。
まだ若い女性自衛官で、インカムに通りの良い声が響く。
「アンノウンを確認! 無人機からの光学画像、来ます!」
正面の巨大モニターに、独特なシルエットの機影が映る。
その姿に、周囲は一様に「おお!」とどよめいた。
正しく、旧大戦の亡霊……
「……ほう? これは……
――震電。
旧日本帝国海軍が、B-29による戦略爆撃への切り札として開発した局地戦闘機である。正式名称は、
試験飛行を終えた時点で終戦、現在はアメリカのスミソニアン博物館に保管されている。
だが、大画面に映された震電は飛んでいた。
首都東京へ向かって、真っ直ぐに。
「卜部一尉、D計画について説明を」
「ほいきた! ではでは、説明させていただきまっす」
全員が嫌な顔をしたが、軽いノリで灘姫は歌うように喋り出す。
ここ数年、特務B分室の組織と人脈を作るため、何万回も説明してきたことだ。
D計画……それは、旧大戦中に各国で開発されていた、最終兵器群を統合した総称である。当時の切り札と言われたABC兵器、つまり
しかし、その多くが実戦投入前に終戦を迎え、歴史の闇へと消えていった。
――
「当時から各国では、人間の潜在的な
「行き過ぎた科学は魔法とナントヤラ、の世界だな? ええ?」
「
付喪神とは、長らく使ってきた道具や物質が、意志ある一種の神となったものだ。
そして、零号こと平成太郎の開発成功とその後の失敗を経て、日本では兵器自体に魔力をもたせることに成功した。恐らく各国も同じだろう。
「するとなにかね? あの震電は……自分の本能で人を襲うというのか。信じられん……」
「わかった、もういい卜部君。君の仕事は終わった」
「幕僚長、空自のスクランブラーがエンカウントします。相手はプロペラ機、ほんの数秒でスクラップですよ」
オペレーター達の声が忙しくなってくる。
震電を映していた画面の
単純に考えて、最新鋭のステルス戦闘機とレシプロ戦闘機では、次元が違う。
そう、今回も次元が違う……だから、敢えて灘姫は口を挟んだ。
「
「なんだね、卜部君! 君の出る幕ではない!」
「貴重な機体と、最も大切なパイロットの命が失われますが、よろしいか? その責任を取れるというのなら、どうぞ
そして、
既にことはなったとばかりに、司令部の幕僚達が椅子に沈む。
だが、灘姫は真っ直ぐ巨大な画面を
無人機がモニターし続ける震電は……物理法則を無視した機動で、あっという間に増速する。そして、開かれた戦端は最初の犠牲者をオペレーターに報告させた。
「ウォーロック1、2、反応途絶!」
「ドワーフ1、2も応答が途絶えました!」
一瞬の、静寂。
誰もが現実を理解できなかったようだ。
灘姫以外の誰一人として。
呆然とする幕僚達を尻目に、灘姫はオブザーバー席から立ち上がる。
自然と、小さな
資料や成太郎の話で知っていたが、実際に見るのは初めてである。
「……
D計画の兵器群が持つ、無敵の防御フィールド……それがD障壁である。
現用のあらゆる兵器は、このD障壁を突破することができないと言われている。
核戦争をも前提としたD計画には、核兵器すら通用しないだろう。
「はい、こちら防衛省地下司令室。はい、ええ……それが、ですね……」
灘姫は当然だと思ったし、年配の幕僚長に対して特に感慨を感じない。誰だって、D計画の真の力を見てしまえば、常識をわきまえている者ほど動揺する筈だ。
そして、この世界中にこうした危険な最終兵器がゴマンと眠っているのである。
いつか目覚めると言われていたD計画は、とうとう戦後を終わらせるために現れた……迎撃するため
「さて、問題は……誰がD計画を蘇らせたか、という話なのよねぇん」
灘姫の独り言と同時に、電話は終わったようだ。
「今、内閣総理大臣から直接命令が下った。以降の指揮権を、防衛省特務B分室……ブルームに一任する。君が指揮を
「ありゃりゃ? 昇進ですか?」
「一尉の権限ではできないこともある。手続きは後日あらためて正式に行うとして、略式ではあるが君を三佐待遇とする。……倒せるのかね? 君は。その、D計画とやらを」
真っ直ぐ幕僚長達に向き直り、敬礼をしつつチロリと灘姫は舌を出す。
「やってみないことには……ただ、やってやれという気持ちだけはありますのでご安心を」
「……頼りないが、やむをえん。卜部灘姫三佐、D計画第一号を撃墜せよ!」
「かしこま!」
大わらわで混乱し始めた司令室では、大画面の震電が我が物顔で旋回する。
そして、無人機が撃墜されて、全ての映像は途絶えたのだった。
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