第4話「彼の中の昭和」
――
戦前より存在する、由緒正しき乙女達の
そんな中で、早速
ばっくれて、授業をサボっているのである。
「しっかし、落ち着かない場所……なんか、うへぇって感じ」
静けさに満ちた校舎を出れば、周囲には森が広がっている。
都心の一等地に、東京ドームより何倍も広いキャンパス。
耳元のイヤホンからは、いつも聴いてる音楽。
その調べに時折、鳥や虫の鳴き声が入り交じる。
「ふーん、学校自体はアレだけど……なんか、雰囲気いいじゃん」
生い茂る木々の枝葉が、頭上の空を奪い合っている。
生命の息吹と音楽、それしかない静けさ。
むしろここでは、自分が持ち込んだ音楽すら雑音に思えた。
だが、そんな彼女を背後から呼ぶ声。
「見つけましたっ! 霧沙ちゃーんっ! ハァ、ハァ……教室に、戻りま、しょぉ」
振り向くと、真っ赤な髪の少女が駆けてくる。
頭の上にはピョコンと、大きな大きなアホ毛が揺れていた。
先程同じクラスに編入した、
「よかった、きっと学校が広くて迷子になったんだと思って。さあ、戻りましょう! 先生もみんなも、待ってます!」
「えっと、その……パス」
「パス、ですか」
「そ。これは自主的なサボタージュなんだよね。そゆことで」
「あっ、まま、まっ、待ってくださぁい!」
さらに森の奥へと、霧沙は歩く。
実は、集団行動が苦手だ。ボーイッシュなボブカットに、華奢でしなやかな体つき。酷く目立つ可憐な姿は、嫌でも周囲に人を集めてしまう。
だが、騒がしいのは嫌いだ。
好きな音楽で、外の喧騒は全てシャットアウトしている。例え、
「ついてこなくていいって。授業あるんでしょ? 行きなって」
「いやいや、いやいやいやいや……そこは霧沙ちゃんも一緒じゃないとっ。わたし、心配して学校中探し回ったんですっ!」
「ってか、もう授業が始まってる時間だよね? 出なくていいの?」
「はっ!? し、しまった……エヘヘ、
やれやれと霧沙は
並んで歩けばエルの方が背が高いが、同じ歳とは思えぬくらいに幼い印象があった。彼女は覗き込むようにして、歩きながら話しかけてくる。
こんなに
同性の王子様として見る女子は多いし、異性の
「なんか、霧沙ちゃん……ピクニックみたいですよね!」
「そぉ?」
「はいっ! お弁当も持ってくるべきでした……おやつもです。わたしとしては、バナナはおやつに含まず別腹にして欲しい感じです」
「ふーん、まあ……お腹が空いたら戻れば?」
霧沙はイヤホンの繋がった携帯電話を操作し、音量を少し絞る。
そんなことしなくても、エルの声は元気よくハキハキと響いていた。
それが不思議と通りがよくて、今は好きなバンドのボーカルがまるでコーラスパートのように遠ざかる。
「霧沙ちゃん、そういえば……この間、どうでしたか?」
「この間、って……ああ、
「はいっ! 指揮官さんが、霧沙ちゃんは凄いてきせー? そう、パイロットの適正があるって言ってました。確かに、凄かったです……こう、ブッピガーン! って動きで!」
「まあ、そゆ風にできてるから。……模擬戦、ボロ負けだったけどね」
そっけなく応えても、エルは右に左にと周囲を回りながら話しかけてくる。
まるでじゃれつく子犬だ。
これがエルの持つ妙な魅力だ。
「そう言えば、指揮官さんが言ってました! わたし達の
「ああ、そういえば……
部隊を束ねる
わかりやすいことに『かくいん、つかいやすそうな武器やそうびを
多分、成太郎には携帯電話は難し過ぎたのではないだろうか?
彼は戦中の昭和に生まれ、そこからずっと眠っていたのだという。
霧沙も、あの眠そうな顔を脳裏に浮かべれば、思い出し笑いが止まらない。
「あっ、霧沙ちゃん笑った! ねね、なにか面白いこと、ありましたか?」
「いやだって、成太郎のメール」
「指揮官さん、きっと忙しかったんですよ! あ、それで」
「ああ、うん。ボクはなんか、よくわからないけど……エルは?」
待ってましたとばかりに、エルは霧沙の前に回り込む。
進行方向に背を向け歩き、彼女は得意げに喋り出した。
「わたし、こういうのは詳しいんです!」
「へぇ、そうなんだ」
「まずは、定番のロケットパンチです! こう、
「……
それに、ロケットパンチもビームも、成太郎の送ってくれたリストにはなかった気がする。なんとなく、口径の数字が大きい銃器が、
そういった意味ではむしろ、その日その時で魔力量がチグハグなエルの方が心配だ。
「結局、成太郎に相談するしか……ああ、
「あっ、指揮官さんです! なにやってるんでしょう」
「
不意に視界が開けて、森が途切れる。
そこには
霧沙とエルに気付いた彼は、首にかけた手ぬぐいで顔を拭った。
「むむ、霧沙とエルか。……今は授業中の筈だが」
「んー、ちょっと休憩、かな? ね、エル」
「え、あ、んと、これは……かっ、課外授業なんです! 自主的な!」
なんじゃそら、と霧沙はついつい笑ってしまった。
逆に、眠そうな真顔で成太郎は「そうか」と納得したようだ。
「ね、なにしてんの? これ、成太郎の畑? 正面玄関前の
「そっちの手入れは先程終えた。これは、有事に備えて野菜を植えている」
「有事?」
「そうだ、配給が止まってもいいように食料を確保している。……ああ、日本が無条件降伏したのは知っているぞ。ちゃんと
おいおいと霧沙がタジタジになっていると、成太郎はふと真っ直ぐ見詰めてくる。
結構、美形だ。
眠そうな
「その、両耳のはなんだ? ふむ……
「はぁ? これは、ほら……聴いてみなって」
イヤホンの片方を差し出し、霧沙は
自分達の勉強よりもむしろ、成太郎へ歴史と現状を教える必要がありそうだ。
その成太郎だが、グッと顔を近付けイヤホンを片耳に捩じ込む。
顔が近くて、少しドキリとした。
「むっ!
「そゆこと。どう? ロックでしょ」
「ロック?」
「そう、ロック。それは生き様、生き方……それを音楽で表現するのがロック」
エルがせがむので、もう片方のイヤホンも渡してやる。
神妙な顔でエイトビートに聴き入る成太郎は、やはり同世代の男子なのに不思議な印象を霧沙に刻みつけた。
だが、そんな時にジリリリと、クラシカルな電話の音が鳴り出す。
今どきそんなベルの音を着信にしている人間は、この場に一人しかいなかった。
イヤホンを外した成太郎は、わたわたとポケットからスマートフォンを取り出した。だが、なにをやっているのか要領を得ない。そしてベルは鳴り続ける。
「成太郎、電話だってば」
「わかっている。……落ち着け、平成太郎。確か、たっちぱねいるとかいうので」
「ああもう、貸しなって」
「す、すまない……まさか、有線ケーブルの必要ない電話がこの世にあるとはな」
どうやらスマートフォンの操作はやはり、まだまだ勉強が必要なようだ。見かねて霧沙が操作し、着信に応じる。電話の向こう側では、先ほど話題にのぼった灘姫の声が弾んでいた。
だが、その緊張感に欠く声が伝えてくる。
ついに、
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