第3話「新しい朝」

 咲駆サキガケエルは朝から、テンション爆超ばくちょうだった。

 もともとが東北のド田舎いなかで暮らしていた、純真純朴じゅんしんじゅんぼくむすめである。それが今、はなの東京で新しい生活を始めたのだ。その名もとどろく有名御嬢様おじょうさま学校、セントガブリエル&チャーチル女学院、通称への転入一日目である。

 息せき切って通学路を走れば、ドレスかと見紛みまが華美かびな制服が風に揺れる。


「転校初日が肝心ですっ! ここから始まるわたしの物語……ううーっ、興奮ですねっ!」


 そぞろに歩く、同じガチ女の女子達をぐんぐん追い抜く。

 すぐに通りの向こうに、高い高いへいに囲まれた森が見えてきた。その広大な敷地はすでに、まなの一部である。

 白く塗られてピカピカの壁は、その上に広がる空から乙女おとめ花園はなぞのを切り取っていた。

 スニーカーをズシャシャと歌わせ、エルは壁沿いに校門へと走る。

 だが、彼女は見知った背中を見つけて急ブレーキで立ち止まった。


「とととっ、とぉ! おはようございますっ! えと、トモリ先輩っ! と、霧沙キリサちゃん、すおみちゃん!」


 エルの声に、三人の少女が振り返る。

 胸元のリボンが赤いのが、三年生の朱谷灯アケヤトモリ。振り返れば、長い長いポニーテイルが揺れる。大きな荷物は、剣道の防具と竹刀しないだ。そして、エルと同じ青いリボンが緋山霧沙ヒヤマキリサ。イヤホンからかすかに、ハイテンポな音楽が漏れ出ている。そして、黄色のリボンが一年生、クレナイすおみ。

 つい先日会ったばかりで、数奇な運命で結ばれたエルの仲間達。

 正義の味方をやれと言われた、防衛省特務B分室ぼうえいしょうとくむビーぶんしつ……通称、ブルームB-ROOMのパイロット同士である。嘘みたいな本当の話だが、エル達四人には全高7mの人型ほうき、巨大ロボット砲騎兵ブルームトルーパーを動かす魔力があるというのだ。


「おはよ、エル。なんか、全員集合って感じだね」


 年長者の灯が、さわやかな笑みで挨拶してくれた。

 それで霧沙も、イヤホンを外して音楽を止める。

 眼鏡の奥でまなじりを下げて、すおみもペコリと頭を下げた。


「おはようございましたっ! 皆さん一緒ですか? これから学校ですか?」

「そうに決まってるでしょ。ボク達みんな、この変な学校に放り込まれちゃったんだから」


 なんだか面白くなさそうな顔で、霧沙が僅かにくちびるとがらせる。

 すかさずエルは、グイと身を乗り出して彼女に顔を突き出した。


「変ですか? 創始者二人の名を取ってガブリエルとチャーチル、通称ガチ女です!」

「か、顔が近いって。なあ、おい……エル」

「今日からみんな、ガチ女の仲間ですね! それ以前にわたし達、ブルームの仲間ですよね! 地球の平和を守って戦うんです」

「その話、誰にも言うなって言われなかった? 守秘義務しゅひぎむっての。……ったく」


 思わずのけぞる霧沙にずずいとエルは迫る。

 だが、ポンポンと肩を灯に叩かれ、エルはようやくたじたじな霧沙を解放した。

 周囲では、品の良い笑みがクスクスと連鎖している。見れば、登校中の学友達は、上級生も下級生も笑っていた。なんとも上品な、まさに花園を飾る花達だ。


「で、皆さんはここでなにを? あっ、わたしを待っててくれたんですね!」

「なんでそーなるよ。ほら、上」

「上?」

「そ、あそこ。木の上」


 霧沙が壁の上を指差す。

 おとぎ話のお城のような壁の上に、校内から伸びる大樹の枝葉が広がっている。

 エルが目を凝らすと、高い高い木の上にねこが一匹。小さな子猫で、弱々しく鳴きながら震えていた。

 どうやら、登ったはいいが降りれなくなっているらしい。

 エルは以前、外国の施設にいる時に院長先生マザーから聞いたことがある。まだ幼く小さい子猫は、時々自分で降りれないくらい高い木に登ってしまうことがあるらしい。


「おおー、子猫ちゃんですね」

「そゆこと。灯が見付けたの。で、どうにかできないかなって」

「親猫は近くにいないのでしょうか。少し心配ですわ」


 霧沙の溜息ためいきに、すおみが穏やかな笑みで続く。

 話は読めたとばかりに、エルはパム! と両手を叩いた。

 長身の灯も、やれやれと困り顔で腕組み見上げる。


「私達、現代の魔女とか言われても……結局は、子猫一匹助けられない普通の女子高生なんだよね」


 灯の言うことはもっともだ。

 四人は今まで、ごく普通の少女として暮らしてきた。エルも今は、咲駆家に引き取られて両親がいる。とても明るくて、アニメや漫画が大好きな父親。そして、おっとりと呑気のんきで優しい母親だ。

 実の娘のように可愛がられているが、特別な力など感じたことはない。

 だが、先日は密閉空間に浮かぶほうきにまたがり、巨大ロボットを操縦したのだ。

 事前の説明では、エル達四人には先天的な魔力を見に宿していると言われた。


「よしっ、皆さん! あの猫、助けましょう!」


 鼻息も荒く、フンスフンスとエルは子猫を見上げる。

 そんな彼女の横で、霧沙は朝からテンションが低かった。


「どうやって」

「わたし達、正義の味方ですから! それをやるんです」

「なに、魔法でビューンて飛ぶとか? ないない、そゆの無理」

「確かに、わたし達の魔力は魔法使いみたいなものじゃないかもしれません。でも――」


 彼女達の指揮官、平成太郎タイラセイタロウは言っていた。

 魔力を身に宿した人間、それは砲騎兵ブルームトルーパーにとって電池のようなものだ。自身が巨大ロボットの燃料でありエンジンなのだ。そして、が、それは先日の模擬戦では説明されなかった。

 だが、成太郎は眠そうな目ではっきりと言った。

 旧大戦の亡霊、D計画と呼ばれる最終兵器群リーサルウェポンズに対しては……魔力を持ったエル達の乗る、砲騎兵ブルームトルーパーしか戦うことができないと。その意味も今は不明だが、自分が特別な女の子になった気がして、エルは高揚感を隠せなかった。

 その時の熱い想いは、今も胸の内に燃えている。


「でもっ! そこはガッツとファイトです!」

「はぁ? ガッツ?」

「ファイト、ですか」


 霧沙もすおみも、目を丸くする。

 だが、すぐにエルは行動を開始した。

 生来、困っている人を見過ごせないたちである。

 そして、相手が猫でもそれは同じだった。


「さあ、わたしの頼れる仲間達っ! わたしを踏み台にしたぁ!? してくだ、さいっ!」


 有名なロボットアニメの台詞せりふをオマージュしつつ、張り切ってエルは……

 作戦はこうである。

 エルの背に誰かが上がれば、木の上に手が届くかもしれない。

 そういう時は、言い出しっぺが踏み台になる、これである。

 だが、霧沙が溜息に肩をすくめた。


「ばっかじゃないの。見てらんないよ」


 やれやれと彼女は、エルに背を向け行ってしまう。

 見捨てられたのかと思った、その時だった。離れた場所で霧沙は、ドサリとかばんから手を放した。そして、猛ダッシュで壁へと走り出す。

 跳躍ジャンプ

 しなやかな少女の身体が、壁を蹴って空へと手を伸ばした。

 だが、届かずそのまま霧沙はエルの前に着地した。


「ん、届かない。ちょっとこれ、難しいかな」

「霧沙さん、鞄を」

「ああ、ありがと。えっと……すおみさん?」

「はい。どうぞすおみと呼び捨ててくださいな」


 すおみから鞄を受け取り、くやしげに霧沙も上を見上げる。

 エルも四つん這いのまま、小さく鳴く子猫に首をめぐらせた。

 それまで考え込んでた灯が、フムとうなって動き出す。


「エルの踏み台ってアイディアは、これはいいんじゃないかな。でも、やるなら肩車かたぐるまとか」

「おおー! 流石さすがは灯ちゃんです! なんか、頼れる隊長って感じです」

「よしてよ、エル。でも、ちょっと足りないかな……ああ、これを使おう」


 灯は手にした竹刀を、一番小柄で華奢きゃしゃなすおみに渡した。


「私が一番背が高いから、私が下……あ、でもすおみもみんなもスカートか。ちょっと、まずいかな」

「わたくしなら平気ですわ。見せて恥じるようななにものも、わたくしにはありませんの」

「いやいや、女の子なんだから。……ん?」


 灯がリーダーシップを発揮していた、その時だった。

 予鈴よれいかねの音を引き連れ、ツナギの作業着を着た少年がこちらにやってくる。

 白い髪に眠そうな目は、成太郎だ。


「どーも、おはようございます。って、なんで君達? どうしたの」

「あっ、指揮官さん! おはようございますっ!」

「ああ。……エル、ぱんつ丸見えだぞ。なにやってるんだ」

「はっ!? 見ないでくださいぃ! うう……およめに行けない」

「まったく、この時代の若いときたら。さ、どいたどいた」


 成太郎は手にした脚立きゃたつを伸ばして、それを壁に立てかけた。

 ようやく立ち上がったエルは、ひざをパンパンと払いながら首を傾げる。


「あの、指揮官さん。どうしてガチ女に? はっ、まさか! 指揮官さんも転校生ですか!?」

「ここ、女子校でしょ。俺は、なんか、灘姫ナダヒメに無理やりここの校務員こうむいんにさせられた。おかげで朝から、眠くてしょうがない。ラボにいる方が落ち着くんだが」


 成太郎が脚立を登り始めたので、すぐにエルは下に回って脚立自体をつかんで支えた。上から振り返って、成太郎はあごをしゃくる。


「いいから、行ってくれ。遅刻されても、その、なんだ……困る」

「はいっ! でも、指揮官さんは流石ですね! 正義の味方の司令官ですもんね!」

「登校してくる生徒達から、複数の声があっただけだ。それと、司令官はまあ、B分室は……ブルームは、卜部灘姫一尉ウラベナダヒメいちいになるだろう。俺はまとめ役に過ぎない」

「でもでも、助かりましたっ! じゃあ、わたし達は行きますね! ね、灯ちゃん。霧沙ちゃんもすおみちゃんも! 転校初日ですっ、ガッツとファイトで頑張りましょうっ!」


 こうしてガチ女での、波乱万丈な女子高生生活が始まった。

 走り出すエルの背後に、あれこれ言いながら仲間達も続く。

 すぐに背の高い校門が見えて、貞淑ていしゅくな乙女達の楽園が広がっているのだった。

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