第2話「人を象る鋼鉄の箒」

 自衛隊との模擬戦は、惨敗ざんぱいで終わった。

 その理由は、大きく上げて二つあると平成太郎タイラセイタロウは思っている。

 一つは、砲騎兵ブルームトルーパーという前代未聞の兵器に対して、搭乗者の習熟が圧倒的に足りなかったからだ。


「無理もない……なにせ彼女達は、


 そう、砲騎兵ブルームトルーパーの動力たる魔力を持った少女達には、なにもかもが初めてだったのだ。事前にマニュアルを読ませたとはいえ、逆によくぞ統率とうそつの取れた行動になったものだ。

 正しい資質、ライトスタッフと言える人材かもしれない。

 成太郎にはそれはわからないが、他に代わりはいない。

 魔力をその身に宿した人間など、自然界では両手の指で足りる数ほどしかいないとされている。成太郎のように、魔力を入れるうつわとして造られた人間でない限り。


「もう一つは、単純に対戦する相手との相性が悪過ぎた」


 ここは自衛隊基地の、間借りしている格納庫ハンガーだ。

 先程模擬戦を終えたばかりで、汚れたままの砲騎兵が四機並んでいる。カーキ色に塗られた、いかにも軍用兵器といったおもむきの巨人。人間と同じ四肢を持ちながらも、装甲で膨れ上がった無骨な姿は、厳つい剣闘士グラディエーターを思わせる。

 全高7mの人型機動兵器……それが、現代の魔女がまたがはがねほうき砲騎兵ブルームトルーパーだ。

 単純に同数の戦車と対峙たいじした場合、有用性に欠けることは成太郎も承知の上だ。成太郎が過去の大戦で生み出された時から、同時並行して開発された歩行戦車ほこうせんしゃ砲騎兵ブルームトルーパー。あらゆる火砲を銃器として携行、使用する汎用性が魅力のはずである。


「まあ、練度の高い戦車部隊との戦闘なら、あんなものだろう」


 ひとりごちて、成太郎はまた欠伸あくびを一つ。

 人間相手になら、いくら負けてもいい。それで貴重な経験が得られるならば、百回でも千回でも負ければいい。

 だが、砲騎兵ブルームトルーパーを駆る魔女達の敵は人間ではない。

 人ならざるモノと戦い、人の世界を守るためにこそ砲騎兵ブルームトルーパーは存在するのだ。

 そして、成太郎自身もそうあれと願われ生み出された兵器……人の姿をした兵器である。

 汚れた01式マルイチシキ"ムラクモ"を見上げていると、不意にりんとした女性の声が響く。


防衛省特務B分室ぼうえいしょうとくむビーぶんしつ、しゅうごーう! 集合だよー、集まってー!」


 緊張感のない声に、成太郎は振り返る。

 防衛省特務B分室……通称、ブルームB-ROOM。一般には非公開、同じ自衛隊内にさえ秘匿ひとくされている秘密の部署である。

 そして、その責任者にして成太郎の事実上の保護者が、今しがた呑気のんきな声をあげた卜部灘姫ウラベナダヒメである。階級は一尉、28歳独身。軍服の似合わない、どちらかというと水着でコンパニオンしてそうな美貌の持ち主である。

 成太郎はすぐに彼女の元へと駆け足で集まった。

 丁度、シャワーを浴び終えたパイロット達も集まり出す。

 ――三人だけだ。一人、足りない。

 それでも、灘姫は改めて一同を見渡し喋り出した。


「はーい、模擬戦お疲れ様ー? にゃはは、初日から結構ハードだった? ごめーん、時間なくてさー。あの機体も突貫工事で、昨夜組み上がったばかりだったの」


 紅重工くれないじゅうこうの秘密工場で、大戦時に造られた試作実験機プロトタイプを元に制作された、四機の砲騎兵ブルームトルーパー。その初陣ういじんは、散々な結果に終わった。

 それは、説明不足なまま乗せられた四人の少女達にとっても不可解なことだったろう。

 小隊長を務めた少女が「あの」と手をあげる。

 最年長で17歳、ポニーテイルが女侍おんなさむらい剣術小町けんじゅつこまちかという印象である。

 名は、朱谷灯アケヤトモリ


「すみません、私達が集められた理由をそろそろ教えて頂けないでしょうか」

「いい質問ね、灯ちゃん! ……そうね、どこから話したもんかなー?」


 どうにも灘姫は、緊張感に欠ける。

 だが、封印凍結中の成太郎に蘇生措置そせいそちほどこし、平成太郎の名をくれたのも彼女なのだ。陸幕りくばく方面は勿論もちろん、海自や空自、はては宮内庁や公安にも顔の効く謎の人物……しかしてその実態は、生活能力ゼロの仕事だけ女……彼氏いない歴イコール年齢の孤独なアラサーである。

 この一ヶ月、彼女の家に世話になっているので、成太郎は家事が上手くなった。

 その灘姫は、ポンと手を叩いてキメ顔で言い放った。


「みんな、落ち着いて聞いて……!」


 格納庫を静寂が支配した。

 少女達はぽかんとしてしまった。

 そして、次に声をあげたのはショートカットのボーイッシュな娘である。確か、事前のテストでは一番パイロット適正が高かった少女だ。


「あ、あのっ!」

「はい、緋山霧沙ヒヤマキリサちゃん! いい反応ねー、グーよ! グー!」

「茶化さないでくださいっ! ……ボク達に、なにをやれっていうんですか?」

「簡単よ。正義の味方になって、世界の敵と戦ってほしいの。もち、命がけで」


 軽い声音とは裏腹に、灘姫の目は真剣だ。

 それがわかるからだろうか? 霧沙は黙ってしまった。彼女は実は、他の三人と違って特殊な人間……どちらかというと、

 今日の一件でそれに気付いただろうか?

 事実を知らされてる成太郎には、それはわからない。

 ただ、成太郎から真実を語ろうという気にはならなかった。

 そして、あまりにも唐突な運命、そして重い宿命に沈黙が続くと……また別の少女が話し出す。窓辺まどべの文学少女といった雰囲気の、髪を伸ばした眼鏡の女の子だ。


「わたくしから少し説明を……いいでしょうか、卜部一尉」

「もーっ、他人行儀だぞ? あたしのことは灘姫って……ううん、灘姫ちゃんって呼んでねぇん? みんなの頼れる美人なおねーさんなんだからっ」


 若干、鬱陶うっとうしいなと思ったが成太郎は黙っていた。

 しかし、微笑びしょうを絶やさぬ文学少女も大したものだ。彼女の名は、クレナイすおみ……そう、紅重工の御令嬢ごれいじょうである。あの01式"ムラクモ"を製造した軍産複合体ぐんさんふくごうたいの一族である。

 紅重工は戦前からずっと、百年以上続く大財閥だ。

 戦中は積極的に兵器を開発し、成太郎を造り出す研究にも関わっている。


「皆さんにも説明しますわ。まず、わたくし達は特殊な能力を持ってますの。そちらの……あ、ご紹介がまだでしたわね。こちら、わたくし達の指揮を執る平成太郎さんですわ」

「……平成太郎だ。よろしく」


 他に言葉が思いつかなくて、なにか言おうと思う代わりに欠伸が出た。

 灘姫はニコニコ笑っているが、冷たい視線がグサグサと刺さる。

 だが、構わずすおみは説明を続けた。


「成太郎さんとわたくし達だけが、あのロボット……砲騎兵ブルームトルーパーを動かす力を持ってますの。大戦中、この力は魔力と呼ばれましたわ」

「あっ、それでなの? その、運転席の」

「ええ。操縦席は完全な球形、その中の座席はほうきかたどってますの。……ふふ、ちょっと長時間の搭乗はお尻が痛くなりますが。あれが一番、魔力をロスなく伝える形なのですわ」

またがれって言われた時はびっくりしたけど。ね、霧沙」

「そうだよ、ボクのお尻が二つに割れちゃうとこだったんだから。でも、確かに説明書通りだった。跨って握って、そして念じるだけで思うように動いた」


 灯と霧沙が顔を見合わせる。

 大きくうなずいて、すおみは言葉を続けた。


「わたくし達が戦う敵……D計画ディーけいかくと呼ばれる存在は、魔力を持った人間の乗る砲騎兵ブルームトルーパーでしか撃破できませんの。そして、わたくし達が敗北する時……」


 ――世界のどこかで、軍事衝突が起こる。

 それは、危ういバランスで拮抗きっこうしている第二次冷戦のミリタリーバランスを崩してしまうだろう。そして、戦後が終わる……

 その話をしていた時、遅れて最後の一人がやってきた。

 まだ湯気でほかほかの赤い髪には、ピョコンと大きな一房ひとふさを描いている。

 いわゆるアホ毛というやつだ。

 アホ毛の少女は、息せき切って走ってくる。


「はい! はいはーい! 遅れました、ごめんなさいっ! それで、それでですっ! あのあの、今って質問タイムですよね? そういう感じのやつですよねっ!」


 先程の模擬戦でやらかした少女だ。

 確か、彼女の名は咲駆サキガケエル。詳細を書類で見た時から、成太郎は知っていたが……先天的に魔力を持つ少女を集めた中で、唯一の問題児である。

 魔力にムラがあって、弱くなったり強くなったりするのだ。

 現に、おとりになるため一人で突出した今日、その瞬間だけの最大魔力量は霧沙を上回っていた。安定感のあるすおみや、数値が下がりにくい特性を持つ灯とは全く違う。

 そんなエルは、ピョンピョン飛び跳ねながら手を伸ばす。


「あのっ、どうしてこの子達……砲騎兵ブルームトルーパーは人の姿をしてるんですかーっ! それってやっぱり……むふふ、ロマンですか? 夢と希望ですか? ガキーン! って感じですか!」


 やたらと通りのいい声が響く。

 だが、微笑ほほえむすおみの言葉は端的で、そして一言で敵の危険性を教えてくれる。

 そう、D計画と総称される旧大戦の亡霊達の、その目的はシンプルだ。


「エルさん、それは……。それも、なるべく大きな肉体の人間を狙うことが研究資料で明らかにされました」

「むむ? 格好いいからとかじゃないんですか?」

「ええ。もともと、戦時中に兵役義務に耐えられそうな人間、体躯たいくに恵まれた成人男子を狙うように造られているんです。でも、その本能ともいえる特性は、より大きくたくましい人型を見せることで、ターゲットを一般人かららすことができるんです」


 そう、D計画は大戦中の各国が作った悪夢の兵器群……そのどれもが、軍事拠点を攻撃し、生産施設を破壊する本能を持っている。そして、なによりパイロットや歩兵になる、人間を狙うのだ。

 それも、屈強な兵士になるであろう人間を優先して。

 エルは納得がいかないのか、むーん! とうなって腕組み首をひねる。

 だが、思い出したように彼女は再び表情を明るくさせる。


「あ、じゃあ、も一つ! あの白い子は……あの子は誰が乗るんですかッ!」


 ズビシィ! と振り返ってエルが格納庫のすみを指差す。

 そこには、まだトレーラーに寝かされシートを被せられた機体があった。"ムラクモ"と同じ砲騎兵ブルームトルーパーだが、わずかに見える手足は純白……白無垢だ。

 灘姫がちらりと見てくるので、成太郎は渋々答える。


「……俺の機体だ」

「おおっ! じゃ、じゃあ、隊長さんも一緒に戦うんですねっ!」

「場合によっては、な」

「格好いい……白い機体、エースですね! エースパイロットなんですねっ!」

「俺がか? 初陣もまだだ。……ずっと、寝てたからな」

「なら、これから一緒に頑張りましょう! 皆さんも! ガッツとファイトがあれば、世界は、地球は、ううん……宇宙だって守れますよ!」


 この時、成太郎と灘姫以外の誰もがわかっていなかった。成太郎だって、正確には理解していなかったかもしれない。

 すでにもう、未熟な魔女達が実戦で戦う瞬間が迫っている。

 次に襲ってくる敵は、弱装弾じゃくそうだんとペイント弾ではなく、殺意のこもった実弾を放ってくるのだということを……誰もがまだ、実感として得ていないのかもしれないのだった。

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