ブルームトルーパーズ!! ~鋼鉄の魔女達~
ながやん
第1話「刻を超えて」
少年は夢を見ていた。
とても昔の、遠く深い夢。
周囲は大混乱で、白衣姿の研究者達は必死の
誰も二人を見ていなかった。
そう、二人……少年の前に一人の美しい女性が立っていた。
長く伸ばした真っ赤な髪が、震える彼女と一緒に揺れていた。
『……ごめんなさい、
長い長い戦いだった。
地球全土を覆った戦火は今、小さく
そして、平和な時代に零号と呼ばれた人間の居場所はない。人間ではないから、戻るべき場所がないのだ。
夢の中で零号は思い出した。
そう、自分は人工的に遺伝子調整された人造人間……
魔力、そして魔法。
この国は敗色濃厚な中で、そんなものにまで手を出してしまったのだ。
精神論だけで多くの若者を死なせてきた、実にこの国らしい
『零号、あなたに
『……了解した、レッド。俺は
『もう行かなきゃ。いい? カプセルは信頼できる組織が保管してくれる。必ず、私が……私の意思が、あなたを迎えに行くわ』
この人は研究所では、レッドと呼ばれていた。
だが、零号には十分だった。
彼女だけが、自分を人間として扱ってくれた。
彼女のためなら過酷な実験にも耐えられたし、バケモノを見るような目を向けられても気にしなかった。そして、彼女の言葉だけが全てで、眠れと言うなら眠って待つ。
『おやすみ、零号……未来で待ってる。きっと……ずっと、待ってるわ』
そこで記憶は途切れている。
そして、少年の物語は突然に再開させられた。
それがもう、一ヶ月前だ。
突然目覚めさせられた彼を待っていたのは、愛しいレッドではない……そして、平和になった世界でもなかった。
「……ん、ああ。夢、か」
どうやら居眠りをしてしまったらしい。
少年は目を
込み上げる
「いい身分だな、
キャリア組の制服を着た、陸上自衛隊の
生真面目をそのまま人の形にしたような、とても実直そうな長身だ。
見下されて初めて、自分を指差し少年は思い出す。
――平成太郎。
それが、この時代での自分の名前だ。確か、平成というのは今の元号で、彼が
零号というのは形式番号だし、レッドにもいつかこっちの名で呼ばれたい。
やれやれと成太郎は、バツが悪そうにボソボソと
「すみません、まだちょっと
「ほう? 君は陸自が誇る戦車部隊の最精鋭を前に、あの体たらくでも眠いというのかね!」
「はあ」
ここは富士の
仮設のテントの下で、酷く
快晴に恵まれた今日は、非公式な演習が行われていた。マスコミにも公表されず、自衛隊の記録にも残らない……とある企業がねじ込んだ、新兵器の実戦テストだ。
そして、成太郎はその新兵器の責任者であると同時に、運用を任された指揮官だ。
だが、どうにもよくない。
近くで通信士が耳をすます無線機は、現場の混乱を伝えてくる。
『撃て撃て、撃てば当たるぞ! 各車、無理せず訓練通りに撃てばいい!』
『そんな馬鹿デカい
『や、俺はいいと思うけどなあ。ほら、中国だってロシアだって、日本にはこういうのがあるって思ってくれてるし』
『佐々木陸曹、私語は
陸自側が使用しているのは、最新鋭の
その10式戦車改に相手をしてもらってるのが、成太郎達の新兵器である。
もっとも、戦時中に設計されたものを元にしているので、新しいとは言い
そして、当時の研究員達が
成太郎の部下であるパイロット達の声が、
『脚を止めないで! 体勢を立て直そう。みんな、私に続いて!』
『くっ! ボクが
『待ってくださいな、ここで突出すれば集中砲火を浴びますわ。それに』
年端もゆかぬ少女の声だ。
そう、十代の女の子が乗っている。
彼女達は、一種の
そのことに疑問を持ち続けている一佐殿は、これみよがしな
「まったく! 我々陸自も
「
「ムラクモだかノラクロだか知らんがね、貴様ァ! 今の世の中、巨大人型ロボットが兵器として通用する訳がないだろう! 馬鹿がっ!」
その時だった。
悲鳴と
またしても少女の声だ。
張りのある声は元気で、そして快活で
『ここはわたしにおまかせですねっ!
瞬間、テントを暴風が襲った。
そして、風圧で
その中で、微動だにせず座ったまま成太郎は見た。
甲高い駆動音を響かせ、オイルとグリスの臭いを漂わせる陸戦兵器……全高7mの巨大人型ロボットを。
一機の
そのインパクトたるや、恐らく一佐殿も通信士も実物は初めてみるのだろう。
重装甲で盛り上がった肩や胸、そして太い両手両足。
五指を備えたマニュピレーターは、あらゆるオプション兵装を使い分ける。これは、旧帝国軍が弾丸も規格もバラバラの銃器や兵器を
そして、バイザー内に無数のカメラとセンサーを光らせる頭部。
まさに人型の重戦車といった
『ガッツとファイト! わたしが囮になりますっ! みんなっ、この
『あっ、おいエル! お前っ!』
『およしになった方がいいですわ』
『だから、飛び出したら
あっという間にムラクモは、少女の気迫を乗せて
そして、
恐らく、あれはもう撃墜判定だろう。
これ以上は
やれやれとまた欠伸をして、成太郎は立ち上がる。通信士の後までいって「降参です。少し早いですが終わりにしましょう」とボソボソ呟いた。
背後では、鬼の首を取ったように先程の一佐殿が得意げである。
「見たか、我等が陸自の最精鋭部隊を!」
「はあ、見ましたが」
「だいたいなんだね? あの
「魔力ですが」
「はぁ!? じゃあなにかね、魔法で動いているのかね!」
「ええ。砲騎兵は現代の魔女が乗る、
知ってる事実をそのまま述べているのだが、プルプルと震える一佐殿は笑いだした。壮年の男が、長身をくの字に曲げて腹を
「こいつは傑作だ! では、平成太郎……貴様は小さな魔女達とガラクタロボットで、なにと戦う? なにを守れるというのかね!」
振り返る成太郎は即答する。
それだけはもう、目覚めた時に知らされていた。
それがレッドの意思だとも伝えられている……だから、迷う必要はない。
「旧大戦の亡霊……D計画とです」
瞬間、一佐殿は表情を凍らせた。
D計画……その名を知るのは、限られた人間だけ。そして、そのごくごく少数が知っているのだ。第二次冷戦と呼ばれる今の時代を、見えない敵が脅かしていることを。
「きっ、きき、貴様……何故その名を! D計画に関しては――」
だから、先程の質問にはっきりと成太郎は答える。
「我々はD計画を
平成32年、夏……今ではない時、
戦争が終わったことで存在を抹消され、長年の歳月を経て亡霊となった驚異……D計画。それに勝利せねば、経済圏同士で睨み合う第二次冷戦は、ある日を
それを止めるのが成太郎に与えられた任務で、レッドを探すための唯一の手段だった。
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