ブルームトルーパーズ!! ~鋼鉄の魔女達~

ながやん

第1話「刻を超えて」

 少年は夢を見ていた。

 とても昔の、遠く深い夢。

 周囲は大混乱で、白衣姿の研究者達は必死の形相ぎょうそうだ。真っ白な壁で囲まれた研究所は、書類の焼却や実験成果の秘匿ひとくで大忙しだった。

 誰も二人を見ていなかった。

 そう、二人……少年の前に一人の美しい女性が立っていた。

 長く伸ばした真っ赤な髪が、震える彼女と一緒に揺れていた。


『……ごめんなさい、零号ゼロごう。あなたを連れて行くことはできないの。連れ出したいけど……無理だわ。ようやく戦争が終わるのにね』


 長い長い戦いだった。

 地球全土を覆った戦火は今、小さくくすぶりながらも燃え尽きてゆく。

 そして、平和な時代に零号と呼ばれた人間の居場所はない。人間ではないから、戻るべき場所がないのだ。

 夢の中で零号は思い出した。

 そう、自分は人工的に遺伝子調整された人造人間……いびつに発達して魔法とのさかい曖昧あいまいになった、狂った科学の申し子なのだ。そして、本当に魔法と合一してしまった科学で、生まれながらに魔力とでも呼ぶべき力を持たされていた。

 魔力、そして魔法。

 この国は敗色濃厚な中で、そんなものにまで手を出してしまったのだ。

 精神論だけで多くの若者を死なせてきた、実にこの国らしい末路まつろだった。


『零号、あなたに封印凍結処置ふういんとうけつしょちほどこすわ。必ず、必ず迎えに来る……本当に平和な時代になったら。この世界大戦の次に来るのは、イデオロギー同士が睨み合う冷たい戦争よ』

『……了解した、レッド。俺は貴女あなたを、レッドを待つ。眠りながら、ずっと』

『もう行かなきゃ。いい? カプセルは信頼できる組織が保管してくれる。必ず、私が……私の意思が、あなたを迎えに行くわ』


 この人は研究所では、レッドと呼ばれていた。つやめく赤髪に白い肌、どうやら外国人らしい。だが、誰も素性を知らないし、本名もわからなかった。

 だが、零号には十分だった。

 彼女だけが、自分を人間として扱ってくれた。

 彼女のためなら過酷な実験にも耐えられたし、バケモノを見るような目を向けられても気にしなかった。そして、彼女の言葉だけが全てで、眠れと言うなら眠って待つ。ひつぎにも似たカプセルの中で、何百年だろうと……永遠にだって待ち続ける。


『おやすみ、零号……。きっと……ずっと、待ってるわ』


 そこで記憶は途切れている。

 そして、少年の物語は突然に再開させられた。

 それがもう、一ヶ月前だ。

 突然目覚めさせられた彼を待っていたのは、愛しいレッドではない……そして、平和になった世界でもなかった。






「……ん、ああ。夢、か」


 どうやら居眠りをしてしまったらしい。

 少年は目をしばたかせながら、パイプ椅子に座り直す。異様に白い肌、そしてボサボサの白い髪。瞳だけが深いあおたたえている。美形といえる程度には整った顔立ちは、表情にとぼしく常に眠たげだ。

 込み上げる欠伸あくびを噛み殺そうとしていると、背後でゴホン! と咳払せきばらいが響いた。


「いい身分だな、平成太郎タイラセイタロウとやら。我々自衛隊を引っ張り出しておいて、この体たらく……おまけに現場指揮官は居眠りときている。みたまえ! 君達の新兵器とやらを!」


 キャリア組の制服を着た、陸上自衛隊の一佐いっさ殿が震えていた。

 生真面目をそのまま人の形にしたような、とても実直そうな長身だ。

 見下されて初めて、自分を指差し少年は思い出す。


 ――


 それが、この時代での自分の名前だ。確か、平成というのは今の元号で、彼がつくられた昭和の次だ。平成に蘇った男、平成太郎。自分では凄く気に入っている。

 零号というのは形式番号だし、レッドにもいつかこっちの名で呼ばれたい。

 やれやれと成太郎は、バツが悪そうにボソボソとつぶやく。


「すみません、まだちょっと冬眠とうみんボケで……とにかく眠いんですよ」

「ほう? 君は陸自が誇る戦車部隊の最精鋭を前に、あの体たらくでも眠いというのかね!」

「はあ」


 ここは富士の裾野すそのの演習場。

 仮設のテントの下で、酷くほこりっぽい。

 快晴に恵まれた今日は、非公式な演習が行われていた。マスコミにも公表されず、自衛隊の記録にも残らない……とある企業がねじ込んだ、新兵器の実戦テストだ。

 そして、成太郎はその新兵器の責任者であると同時に、運用を任された指揮官だ。

 だが、どうにもよくない。

 近くで通信士が耳をすます無線機は、現場の混乱を伝えてくる。


『撃て撃て、撃てば当たるぞ! 各車、無理せず訓練通りに撃てばいい!』

『そんな馬鹿デカい前面投影面積ぜんめんとうえいめんせきの兵器が、実戦で通用するかよっ!』

『や、俺はいいと思うけどなあ。ほら、中国だってロシアだって、日本にはこういうのがあるって思ってくれてるし』

『佐々木陸曹、私語はつつしめ。……まあ、俺もありだとは思うがな。オーバー!』


 陸自側が使用しているのは、最新鋭のMBTメインバトルタンクである10式戦車改である。後期生産ロットの改型とも呼ばれ、世界各国の最強戦車と並べても遜色そんしょくないものだ。

 その10式戦車改に相手をしてもらってるのが、成太郎達の新兵器である。

 もっとも、戦時中に設計されたものを元にしているので、新しいとは言いがたい。

 そして、当時の研究員達がうたっていた有用性は、早くもここで疑問符がついてしまった。

 成太郎の部下であるパイロット達の声が、錯綜さくそうする無線の中でキンキンと響く。


『脚を止めないで! 体勢を立て直そう。みんな、私に続いて!』

『くっ! ボクがおとりになれば、他の三機は助かるっ!』

『待ってくださいな、ここで突出すれば集中砲火を浴びますわ。それに』


 

 そう、十代の女の子が乗っている。

 彼女達は、一種の奇想兵器きそうへいきとでも呼べる機体のパイロットであり……同時に、動力源でもある。皆が皆、成太郎と同じ力を持った女の子だ。

 そのことに疑問を持ち続けている一佐殿は、これみよがしな溜息ためいきを交えて笑う。


「まったく! 我々陸自もひまではない。何故なぜ、あんな……なんといったか? あの」

砲騎兵ブルームトルーパーです。あれは紅重工製くれないじゅうこうせい01式マルイチシキ"ムラクモ"」

「ムラクモだかノラクロだか知らんがね、貴様ァ! 今の世の中、! 馬鹿がっ!」


 その時だった。

 悲鳴と怒号どごうが行き交う回線の中を、通りの良い声が突き抜ける。

 またしても少女の声だ。

 張りのある声は元気で、そして快活で闊達かったつな清涼感があった。


『ここはわたしにおまかせですねっ! 咲駆さきがけエル、吶喊とっかんしますっ! うおー、やるぞーっ!』


 瞬間、テントを暴風が襲った。

 そして、風圧で土埃つちぼこりが舞い上がる。

 その中で、微動だにせず座ったまま成太郎は見た。

 甲高い駆動音を響かせ、オイルとグリスの臭いを漂わせる陸戦兵器……全高7mの巨大人型ロボットを。

 一機の砲騎兵ブルームトルーパーがすぐ間近に着地し、そのままバーニアを吹かしてさらに跳躍ジャンプ

 そのインパクトたるや、恐らく一佐殿も通信士も実物は初めてみるのだろう。

 重装甲で盛り上がった肩や胸、そして太い両手両足。

 五指を備えたマニュピレーターは、あらゆるオプション兵装を使い分ける。これは、旧帝国軍が弾丸も規格もバラバラの銃器や兵器を濫造らんぞうした結果だ。

 そして、バイザー内に無数のカメラとセンサーを光らせる頭部。

 まさに人型の重戦車といったおもむきの機体には、八岐大蛇ヤマタノオロチから生まれた神剣の名が与えられていた。後の草薙クサナギの剣こと、天叢雲アメノムラクモである。


『ガッツとファイト! わたしが囮になりますっ! みんなっ、このすきにっ!』

『あっ、おいエル! お前っ!』

『およしになった方がいいですわ』

『だから、飛び出したらまとになるだけです!』


 あっという間にムラクモは、少女の気迫を乗せて稜線りょうせんの向こうへと飛び去った。

 そして、幾重いくえにも砲声が重なる。

 恐らく、あれはもう撃墜判定だろう。

 これ以上は模擬戦プラクティスも意味がなさそうだ。

 やれやれとまた欠伸をして、成太郎は立ち上がる。通信士の後までいって「降参です。少し早いですが終わりにしましょう」とボソボソ呟いた。

 背後では、鬼の首を取ったように先程の一佐殿が得意げである。


「見たか、我等が陸自の最精鋭部隊を!」

「はあ、見ましたが」

「だいたいなんだね? あの砲騎兵ブルームトルーパーとやらはなにで動いてるのかね」

「魔力ですが」

「はぁ!? じゃあなにかね、魔法で動いているのかね!」

「ええ。砲騎兵は現代の魔女が乗る、はがね戦箒いくさほうきですので」


 知ってる事実をそのまま述べているのだが、プルプルと震える一佐殿は笑いだした。壮年の男が、長身をくの字に曲げて腹をかかえる。


「こいつは傑作だ! では、平成太郎……貴様は小さな魔女達とガラクタロボットで、なにと戦う? なにを守れるというのかね!」


 振り返る成太郎は即答する。

 それだけはもう、目覚めた時に知らされていた。

 それがレッドの意思だとも伝えられている……だから、迷う必要はない。


「旧大戦の亡霊……とです」


 瞬間、一佐殿は表情を凍らせた。

 D計画……その名を知るのは、限られた人間だけ。そして、そのごくごく少数が知っているのだ。第二次冷戦と呼ばれる今の時代を、見えない敵が脅かしていることを。


「きっ、きき、貴様……何故その名を! D計画に関しては――」


 だから、先程の質問にはっきりと成太郎は答える。


「我々はD計画を殲滅せんめつするために組織されました。そして、世界を守る……まあ、ただの正義の味方ですよ、一佐殿」


 平成32年、夏……今ではない時、此処ここではない場所で戦争が始まる。

 戦争が終わったことで存在を抹消され、長年の歳月を経て亡霊となった驚異……D計画。それに勝利せねば、経済圏同士で睨み合う第二次冷戦は、ある日をさかいに本当の第三次世界大戦に発展するだろう。

 それを止めるのが成太郎に与えられた任務で、レッドを探すための唯一の手段だった。

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