第六章……二人はプロトーカー

第25話:雲林院姉弟



「やった、やったっ!」

『嬉しそうだな、仮初のマスターよ』



 咲夜が嬉しそうに手にしているカードを眺めているのを不思議そうにダスク・モナークは首を傾げていた。



「いや、だってずっと探していたカードを見つけてゲットできたんですよ!」



 カード情報をずっと読み込み見つけたそれ。レア度が高いのか生産数が少ないのか、探してもショップでは取り扱っていなかった。


 それがたまたま見かけたカードショップに置いてあったのだ。



「もう、駄目かと思ってたので!」

『その即時決断は良いが最近使いすぎではないか?』



 うっと咲夜は黙る。ダスク・モナークの指摘するとおり、お小遣いをカードに使いすぎていた。バイトができる環境ではない咲夜にとってお小遣いは貴重なものである。



「今月はこれでやめますしー」

『新弾パックを予約していなかったか?』

「うぐっ……」



 咲夜は新弾を予約していた。それとは別に通販サイトでカードも数枚取引している。それをパートナーであるダスク・モナークが知らないはずがない。


 それはそのーと目を泳がせる咲夜にダスク・モナークは溜息をつく。



『我のことを想うは良いがほどほどに』

「はい……」



 モンスターAIにまで心配されるぐらいには散財しているようだ。咲夜は今月購入したであろうカードを指折り数える。


(あ、これはやばい)


 数えてみるとかなり購入していた。AIが注意するぐらいなのだ、父も心配しているかもしれない。咲夜は今月はもう買うのを止めようと心に決めた。


(予約分は買う)


 割と緩い決心だった。



          ***



「あと少しか」



 咲夜のランキングはキング5となっていた。ビギナーまであと1ランク。登校してきた咲夜は一週間ぶりに学校に顔を出した神威に現状を報告していた。


 ランクを確認した神威は日付と時間を見る。だから、そのと呟く咲夜の言わんとしていることを察した。



「あと一日だな」

「……はい」



 今月集計まで一日を切っていた。あと1ランクとはいえ、残り数時間。休日ならばまだ時間に余裕があったかもしれないが、今日は平日で学校はいつも通りあるため時間は限られていた。


 それは神威も分かっている。時間に厳しいこと、対戦相手を探すことそれが難しいことぐらい。



「ぎりぎりまでチャレンジしろ」

「え、えぇ……」



 それでも神威は厳しかった。


 最後まで出し切ってみろ、その結果次第で考える。神威の言葉に咲夜は頷くしかない。まだ一日は始まったばかりなのだ。残り数時間であってもやれることはやろう。


 とは言っても、同じぐらいのランクのトーカーと対戦しているだけでは間に合わない。もっとランクの高い上級者との対戦を行わなくては。


 咲夜は上級生に頼んでみるしかないか、あるいは放課後にカードショップを巡ってみるか。ふいにガンッと教室のドアが勢いよく開く音がした。



「あ、マリアちゃ……ん?」



 マリアは俯きドアの前に立っている。ドアを掴む手は震えており、不機嫌そうな、いや怒りを露にしていた。


 何事かと咲夜が席から立ち上がってみればゆっくりとマリアが顔を上げた。その表情に近くにいた男子生徒はひっと小さく悲鳴を上げる。咲夜も思わず固まってしまった。


 目を吊り上げ怒りに燃やす瞳、けれど涙目で唇を噛み締めているその表情。彼女の後ろにいるスノー・ブルームはわなわなと慌てており、必死にマリアを宥めている様子であった。


 そんなスノー・ブルームを無視し、マリアは周囲を見渡し咲夜を見つけると声を上げた。



「さーくーやーさんっ!」

「は、はいっ」



 咲夜は思わず背筋を正した。名前を呼ばれ、自身が何かしてしまったかと考える。けれど、彼女のことを悪く言った覚えも何かをした覚えも無い。


 困惑しながらも返事をするとマリアはすたすたと咲夜のほうへと向かい腕を掴んだ。



「ちょっと来てくださるっ!」

「え、いやもうすぐホームルームが……」

「いーいーから!」



 マリアは咲夜を強引に教室から出させる。 何がなんだが分からず、けれど拒否権のないその行動に咲夜は大人しく従しかなかった。



「え、マリアさんに咲夜さん!」

「藤野委員長! ワタクシたちは少し用がありますので、担任には適当に言っといてください!」


「え、いや……」

「言ってください!」

「は、はい、わかりました……」



 マリアの圧に敵わず、百合子は返事を返してしまう。嵐のように去っていった二人にクラスメイトは顔を見合わせていた。



「……俺もちょっと行ってくるわ」

「え、九条君も!」

「あいつらどうなるかわかんねぇだろ」



 何か勘付いたのか、神威は席を立つとそう言って「俺のことも担任に適当に言っとけ」と教室を後にした。



          ***



 第一校舎と第二校舎を結ぶ渡り廊下の下、中庭に咲夜とマリアはいた。


 綺麗に手入れはされているものの、何処か物寂しく人気のないその場所は滅多に生徒は立ち入らない。そんな中庭に渡り廊下を背にして二人の生徒が立っている。



「さあ、来ましたわよっ! 雲林院うんりんいんさんっ!」



 藤色の長い髪を縦ロールにさせ、ツインテールにしている女子生徒の服を着た一人の生徒はマリアの声に欠伸する。



「おっそーい。西園寺グループはやることも遅くてねぇ」

「五月蝿いですわよ、この女装魔っ!」

「こら、まつり。そう煽るでない」



 祭と呼ばれた生徒をもう一人の生徒が嗜める。藤色の長い髪をサイドテールにしている女子生徒だ。


 雲林院祭、あれがマリアがよく話していた女装男子系アイドルのプロトーカーか。咲夜はどうみても少女に見える姿に驚く。本当に女の子にしか見えないほどに彼の様子は決まっていた。


 化粧をしているのは分かるが濃くもなく、仕草はまるで女子。声音も男性特有の低さというのがない。想像していた以上の人物に咲夜は言葉が出ない。


 隣に立っている女子生徒と似ている部分に恐らく、マリアの言っていた祭の姉だろう。



「菖蒲お姉様、ごめーんっ」



 きらっという擬音が語尾につきそうな声でそう祭が謝る。咲夜の予想通り、彼女は姉のようだ。はぁと呆れたように息をつき、菖蒲と呼ばれた生徒はマリアのほうに向き直った。



「さて、準備はもうできたということでよろしいな?」

「もちろんですわっ!」

「え、いやちょっと待ってマリアちゃんっ!」



 状況を把握しきれていない咲夜が割って入る。菖蒲はなんだと咲夜のほうをみた。祭は気づいたようで、ははーんと目を細め口元に手を添える。



「西園寺さーん、説明も無しにお友達をつれてきたのぉ~」



 ひっどーいと露骨な態度をする祭にマリアは「お黙りっ!」と声を荒げる。そして、咲夜の袖を引くと二人に背を向け声を潜めた。



「実はちょっと訳がありまして……」



 マリアの言い分はこうだ。いつものように学校に到着し、車から降りると雲林院姉弟とばったり出くわした。普段なら無視をするのだが、今日に限って祭が絡んできたのだと。


『西園寺グループ、売り上げ落ちたんですってねぇ』


 きゃははと嗤う祭に苛立ちつつも構っては思う壺だと無視を決め込む。それでも祭はあーでもないと西園寺グループを小馬鹿にする。


 必死にそれを堪え、それでも苛立ちが喉まで出かかった時だった。


『御宅のお兄様が頼りないんじゃなくてぇ~』


 その言葉にマリアは我慢ができなかった。大好きな兄のことを馬鹿にされることだけは我慢がならなかった。それから二人は言い争いになり、菖蒲が止めに入るも売り言葉に買い言葉。


 二人はカードファイトをすることになってしまった。しかも、ただのカードファイトではない。スペシャルルールのタッグファイトである。



「貴女しかいないんですのよっ」



 マリアには雲林院姉弟相手にタッグを組んでくれるようなトーカーは咲夜しかいない。他の友人であるの女子たちは嗜む程度にしかレコード・トーカーをしていないからだ。


 それに二人はプロトーカーだ、並大抵のトーカーでは歯が立たない。



「二人ともプロじゃないですかーっ」



 無理だ、勝てる気がしない。咲夜はぶんぶんと首を左右に振る。マリアだって勝ち目が薄いことは承知の上だ。



「お兄様を馬鹿にされたままじゃ嫌なんですのよっ」



 家族を馬鹿にされたままでは気が治まらない。マリアの揺らぐ瞳に咲夜はうっと言葉に詰まる。


(だからって、プロトーカー二人に……しかもやったことのないスペシャルルール……)


 スペシャルルールはタッグファイトだ。二対二で行うカードファイトであり、通常ルールとは違う箇所がある。


 まず、ランパートとフィールド・セメタリーはタッグのパートナーと共同であり耐久値は6000ポイント。防壁カードは通常と同じく初期設置一枚、設置数は最大三枚。


 ターンの順番は先攻タッグ1→後攻タッグ1→先攻タッグ2→後攻タッグ2→先攻タッグ1の繰り返しである。


 ディフェンスマジックなどの相手ターンに発揮する効果の処理は、各ターンの順番のトーカーしか行えない。その他は通常ルールと変わらない。


 動きが通常ルールと異なるため、初心者には向かないと神威から講義は後回しにされていたルールだ。基礎的なものしか咲夜は知らない。


 それにタッグということもあり、パートナーと息を合わせなくてはならないのだ。


(練習も無しでプロにスペシャルルールって……うん?)


 咲夜は待てよと考える。スペシャルルールは通常ルールよりもランクのポイントが多く獲得することができる。そして、相手はプロトーカーでランクも高い。


(負けたとしても、高ポイント獲得できるチャンスなのでは……)


 この対戦のポイントは大きく、今日中にビギナーに上がれるチャンスになる。



「わ、わかりました……」



 このチャンスを逃すわけにはいかないと咲夜はマリアの申し出を受け入れた。



「ねぇーまぁだぁ~」

「打ち合わせは終わりましてよっ!」



 欠伸を噛み締める祭にマリアはそう宣言するとオルターを起動させた。


 うーんと背伸びをすると祭の表情がすっと変わる。それはスイッチの入ったように綺麗な笑みをみせた。



「は~い、ボクとお姉様のステージがはっじまるよ~」



 きらっとアイドルのようなポーズをとる。すると木陰に隠れていたであろうファンの学生が一斉に顔を覗かせた。



「まつりんがんばれー!」

「がんばれー!」

「皆さん、授業はっ⁈」



 咲夜は湧いて出た生徒に驚くも祭たちは平然としていた。


 いったい何処に隠れていたのだろうか、この人数とツッコミを入れたくなる。気配すら感じなかったぞと。



「ボクのファンに授業とか関係ないんだぞっ☆」

「彼らの単位が危ないのでやめてあげてっ!」

「ボク、単位とかわかんなぁい」



 えへっと笑う祭に駄目だこの人はと諦め、咲夜は突っ込むのをやめた。



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