第22話:玉藻前



 第二棟の二階に芸術学科専用の美術室がある。


 総合学科や特進、スポーツ学科とは別に芸術学科専用の美術室が設けられていた。そこは芸術学科の生徒が自由に使用できる。もちろん、使用には美術顧問の先生の了承が必要であり、先着順だ。


 そんな第二棟の二階、芸術学科の学生が使用しない時は人の気配などなく静かである。



「失礼しまーす……」



 咲夜とマリアは美術室のドアをゆっくりと開けた。目に飛び込んできたその光景い思わず、うっと声を零す。


 美術室は足の踏み場もないほど備品で散らかっていた。絵の具や筆、キャンバスにぐしゃぐしゃになった画用紙。名前の分からない備品などなど、それらが床や机に散らばっている。



「あー、こうじゃないんじゃぁ」



 室内の中心にはキャンパスに向かい、熱心に絵を描いている男子生徒の姿があった。


 ぼさぼさ頭の天然パーマを掻きながら、瓶底黒縁眼鏡をかけた男子生徒はモデルであろう一人の女性を見ながら筆を動かす。


 ホログラム調の女性に気づき、咲夜はレコードスコープをかけた。女性は長い白髪をワンレンにして平安時代の綺麗な着物を身に纏い笑みを浮かべている。



「き、狐だ……」



 その女性には九本の白金毛の狐の尾がついていた。


 狐。その言葉に反応してか、不愉快そうにその女性は振り向く。その妖艶さと美貌に目が奪われてしまった。



「うん? あー、君がグランのゆっとった後輩か」



 女性が動いたことで咲夜たちに気づいた男子生徒は筆を置いた。九尾の狐はむっとしたふうに頬を膨らませていた。



『なんじゃ、なんじゃ。せっかくわらわを描いてくれていたというのに!』

「玉藻はん、そう怒らんとー。ちゃんと完成させるけん」



 拗ねる玉藻に男子生徒は「安心しーって」と宥めている。何処の方言だかわからないが、訛り口調のこの男子生徒が壱膳竜真いちぜんりゅうまなのだろう。



「壱膳先輩で間違いないでしょうか?」

「そーそー。話は聞いちょるよー」



 竜真は散らばる備品の中からオルターを取り出すと腕に装着した。


 どうやら、その瓶底眼鏡はレコード・スコープらしい。一度、眼鏡を外した姿は爽やかさのある顔立ちであった。



「カードファイトやろ? ささ、始めよーや」

「は、早い……」



 咲夜が言葉にするよりも早く、彼はオルターのセッティングを終わらせていた。そんな様子にこういうのは早くやるんやでと竜真は笑っている。


 咲夜は慌てて起動させると彼のオルターにアクセスして防壁カードを選択する。竜真の傍にいた玉藻はオルターの中に戻っていた。


【咲夜 初期設置防壁カード―攻撃指令「三回モンスター効果を無効にされない」

(※効果モンスター召喚四体目以降は対象外)


竜真 初期設置防壁カード―特殊指令「初期手札にランダムで魔法カード一枚」】


 二人の防壁カードのセットを確認するとカードファイトが開始された。


 先攻は咲夜だった。手札を見て、常夜の国―妖精コピット07と常夜の国―ミイラの二体召喚する。


 紫の帽子を被った小さな妖精は元気よく飛び出し、包帯をぐるぐる巻きにしたミイラは床から這い出た。



「よっしゃ、おれのターンやね」



 咲夜の終了を確認し、竜真は魔法カードを発動させ、セメタリーに魔法カードを三枚送り、一枚ドローする。



「さらに妖怪七変化、伍と陸を使用! 伍の効果で魔法カードをセメタリーに送り、陸の効果で魔法カードを手札に! おれは妖怪七変化―其の漆を手札にし、そのまま使用!」



 フィールドに神鏡のような鏡が浮き出ると一人の女性を映し出す。女性は手を伸ばすと鏡からぬっと現れた。



「妖怪七変化―其の漆の効果! セメタリーに妖怪七変化―壱~陸が存在する時にのみ使用できる。デッキ・手札から妖怪族の進化モンスターを通常召喚する。おれは白面金毛九尾の狐―玉藻前を召喚する! さあ、全てを魅了する妖狐の長よ、その姿を現したまへ!」



 召喚された玉藻前は金の光を纏っていた。艶やかなその風貌にコピットとミイラは見惚れてしまっている。


 竜真の切り札であろう玉藻の召喚に咲夜は彼の目的を察した。


(魔法カードで送ったカードと防壁カードはこれが目的っ……)


 早い段階で切り札を出すために魔法カードを引き易くするカードと防壁効果、カードの効果でセメタリーに魔法カードを送ることで手間を省く。


 魔法モンスターを警戒していた咲夜だったが、効果の使い方は一つではないということを思い知らされる。



「そして、そのまま攻撃や!」

「ミイラでブロックしますっ!」



 玉藻が手にした扇を振る。九尾に淡い火が灯り、それは凄まじい勢いで咲夜のランパート目掛け飛んだ。それを庇うように受けるミイラ。ミイラは燃え上がると消し炭となり、消える。



「ミイラは攻撃力が高い分、HPは少ないからの」



 そう、ミイラは攻撃力が高い分、HPは低く設定されている。ブロックをし、ダメージを半減させたとしても玉藻の攻撃力には堪えれない。


【白面金毛九尾の狐―玉藻前 攻撃2800 HP3500】



「さらに玉藻の効果! 攻撃した時、手札・デッキから妖怪族モンスターを一体、召喚する! でてこい、野狐!」



 玉藻の効果によりモンスターが一体、デッキから召喚された。野狐と呼ばれた茶色い狐の姿をしたモンスターは玉藻前に頭を下げ、コーンと鳴く。



「安心しー。召喚したそのターンは攻撃はできないけん」



 咲夜の焦った表情に竜真はそう言って笑う。


 竜真のターン終了により、咲夜のターンが回ってきた。咲夜は玉藻のモンスター効果を確認しながら手を考える。


(場にいる妖怪族モンスターを一体、セメタリーに送ることで攻撃を回避……)


 玉藻の効果はもう一つあった。


【自フィールドの妖怪族モンスターをセメタリーに送りることで、このカード・ランパート・トーカーへの攻撃を回避する】


(他モンスターを庇うこうとはできないと……)


 咲夜は玉藻の効果により、このターンの自身の攻撃は防がれることは解っていた。けれど、このままモンスターを残しておくわけにはいかない。


(増え続ければ、こちらが不利になる)


 咲夜は攻めに出た。


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