第19話:ゲストカードファイトを終えて

「くそっ……」



 楽屋で自身の手札を見つめながらグランは悔しそうに顔を歪めていた。


 動き方は悪くなかった、手札だってそうだ。切り札を出し、相手を攻めていた追い込んでいたはずだ。けれど、勝負には負けてしまった。


 次のターンが回ってくれば勝てていた。それはカードファイトではよくあることである。そんな彼に神威は頭を掻きながら近寄ると肩を叩く。



「今回のは俺がっていうよりはあいつのおかげで勝てたんだ」



 ドジっ子ピヨコのカードを見せながら咲夜に貰った経緯を話す。それを聞いたグランはなんてことだと顔を上げた。



「なんて羨ましいんだ、君は。彼女は勝利の女神じゃないかっ!」

「言うと思った」



 だから言う気になれなかったんだと神威は面倒そうに呟く。そんな呟きなどグランには聞こえていない。彼女の才能が羨ましいと自分の世界に入ってしまっていた。


 確かにカードを見つけてくる才能は認める。いくら近所に珍しいカードショップがあるからと言ってもその中から探す、引き当てるのはそうできることではない。



「なんでも近所にレアカード売ってる穴場のカードショップがあるらしいぞ」



 発売終了したものも売ってるとか。それを聞いたグランは目を輝かせていた、そんな場所があるのかと。


 こいつならきっと興味を示すだろうなと思っていた神威はお前も来るか? とグランを誘う。


 これからそのカードショップに咲夜たちと向かうことを告げれば、いいのかい? と嬉しそうにグランはキラキラした瞳を向ける。



「まぁ、あいつに聞いてからになるが……」


「よし、今すぐ聞きに行こう、そうしよう! 急ぐんだ、神威。スポンサーとさっさと話を終えに行こう!」


「わかったから、引っ張るなっ!」



 グランは神威の腕を引き楽屋を出た。


 こいつはいつも強引だなと神威が呆れているとグランは立ち止まり振り返った。それは真面目な表情で。



「何故、君は教えてくれたんだ」



 グランは何故だいと問うた。自身がゲストカードファイトに私情を持ち込んだことは自覚している。そして、神威を煽るような言葉を投げかけたことも。


 彼が嫌うことをしたにも関わらず、どうして話してくれたのか。グランはそれが気になった。



「お前が空回りするのは今に始まったことじゃねぇだろ」



 勝手に暴走して私情を持ち込んだことに関しては苛立った。煽られていい気もしなかった。けれど、グランのことはプロ入りしてからの仲だ。


 彼が幾度となく空回りしている姿を見てきた神威は今回もかと慣れてしまっていた。慣れで済む話ではないのかもしれないが。


 今回は自身の力だけで勝ったわけではない。それに怒りもとうに消えてしまっている。



「お前は空回った行為には絶対に謝らねぇからな。まぁ、勝ったし少しは頭冷えただろ」



 そう言う神威にグランは苦笑する、彼の言う通り頭は冷え切っていた。


 冷静さを欠けば勝負に影響が出る、それは分かっていたというのに。グランは自身はまだまだだなと反省する。



「それに俺の力っていうよりはあいつに貰ったカードに助けられた感じだったしな」


「それに関しては本当に羨ましいかぎりだよ、君」

「そんなのあいつに言え、あいつに。おら、さっさと行くぞ」



 この話はもう終わりだと神威はさっさと歩き出してしまう。そんな彼にグランは神威らしいと思った。



「君は本当に優しいね」



 グランは神威の背を見つめながらそう呟いた。




          ***




「うっわ、マジかよ……」



 神威はガラスケースに飾られているカードを見ながら呟いた。


 試合が終わった後、スポンサーとの話を終えた神威とグランは咲夜達と合流し、とあるカードショップを訪れていた。それは咲夜が言っていた老夫婦の商店だ。


 ガラスケースに並べられたカードはどれも珍しく、そして本来ならば高価な代物まで存在した。が、そのどれもが手ごろな値段となっている。



「これは流石に駄目だよ、店主」



 グランは店主である年老けた男性に適正価格を伝える。店主は見せられた価格リスト表に驚いたように老眼鏡をつけては外しを繰り返していた。



「いやぁ、ワシはカードには全く詳しくなくてのう」



 子供でも買いやすいように適当に値段を設定していたと店主は答える。


 子供にも買いやすくという気持ちは分からなくもないが、カードにも適正価格というものが存在する。それ以下となるとカードの価値を低くしてしまう可能性があるからだ。


 安くするにしてももう少し値は上げたほうがいいとグランは言った。それに同意するようにマリアも頷いている。



「流石に希少カードは適正価格で売らないと、勿体無いですわよ!」

「そうかぁ……お嬢ちゃんたちの言うとおりにしようか」



 でも、少し安くしようと店主は笑う。それでは意味ないでしょうとマリアは呆れていた。


 これが店主の人柄なのだろう。良い人というのが滲み出ている、これは騙されたりしないだろうかと心配になった。


 そんな二人など気にも留めずに神威は店内を見渡していた。出入り口付近が商店として日用品などが売っており、その奥にはショーケースに並べられたカードがずらりと並んでいる。


 子供が訪れるからだろうか。カードコーナーには駄菓子なども置かれていた。



「ほんとに、人来ねぇのな」

「学校帰りの小学生とか、あとは常連の子とかしかきませんから」



 日曜日であるにも関わらず、店内はがらんとしている。咲夜は「商店でもあるので主婦が夕方ぐらいに来るくらいですよ」と話した。


 カードコーナーは奥まったところに小さく配置されていた。小さいとはいえ、かなりのカードがガラスケースに並べられている。その品揃えは下手なカードショップよりも多かった。



「そういえば、また倉庫に眠っていたのがあってのう」



 ごそごそとレジの裏から段ボール箱を取り出すと台の上に置き、蓋を開けた。それはカードのボックス。少し古めの弾であろうものが入っている。



「はぁっああああ!」



 その中身に咲夜を除く三人全員が声を上げた。


 その驚きように咲夜は何事かと顔を向ける。どうかしたのかと三人に問えば、どうかしたかとかそんなものではないと言われてしまった。



「これ、発売終了したプレミアボックス!」

「終了した中でも最短と言われたほうじゃないですの!」

「なんでこんなのが眠ってんだよ!」



 生で見るのは初めてだとマリアはまじまじとそのボックスを見詰め、グランと神威は思案していた。



「いくらだ、店主」

「この箱に書いてる販売価格でいいよ」

「だから、安すぎますって!」



 この段ボール一箱で数十万はするとマリアが説得するも、店主は首を振る。子供達が買える値段で売ると店主は答えた。


 店主の意志は固い、それを感じた神威はならと提案した。



「なら、こちらは適正価格の倍で買おう」

「それがいい。僕らはその価格で購入する。もし、これを売るなら、数箱はばらして買いやすくするといい。あえて開封することで値を安くさせるんだ」



 そうグランは店主にアドバイスすると、このボックスに実装されているカードの一覧と価格を伝えた。


 パックによっては未開封であるから高額な値がついているものが存在する。このボックスはその一つであった。そのため、あえて開封し価格を下げるというアドバイスをグランはしたのだ。



「とりあえず、五ボックス」

「僕も」

「うぅ、迷いますわ……」

「全部って言わないんですね」



 咲夜はそう問うと三人は「当然だ」と答えた。こんな珍しいものを独り占めにはできないと三人は口を揃える。


 これはもっと多くの人の手に渡ってほしい。そして、強くなってほしい。自分達だけで独占するわけにはいかない。



「他のやつらがどうするかはしらねぇが、少なくとも俺やグランは独占したりはしない」


「ワタクシもしませんわ。こんな珍しいものを独り占めだなんてっ」



 もっと知ってもらうべきだとマリアは話す。こんなカードがあるのだと、このボックスにはこんな物語が眠っているのだと。



「このカードでどんなカードファイトが観られるか、楽しみでしょう!」



 マリアの言葉に咲夜は納得し頷いた。どんな勝負になるのか、それは観てみたいと。



「あと店主、こっちのカードも数枚購入したい」



 神威は店主を呼ぶとガラスケースに並べられているカードを指した。グランもいくつか欲しいカードがあるらしく、ガラスケースのほうへと走った。


 そんな二人に咲夜は此処を教えて本当によかったなと思った。こんなに自由にカードを見ることは早々無いといったふうに、二人は無邪気にカードを選んでいたからだ。



「迷いますわ……氷の名シリーズを見つけてしまいましたし、あーでもこのカードも……」



 マリアも珍しいカードの数々にどれにするか悩んでいた。


 此処はカードが直ぐに無くなるということはないと咲夜は言うが、それでも不安はあるわけで。マリアは「今月、お洋服買うの控えよう」と欲しいカードを全て購入することに決めた。




          ***




「三人、息ぴったりでしたね」


「あそこだけはな」



 グランとマリアの二人と別れ、神威と咲夜は帰路についていた。二人は帰る道が同じ方向であったため、途中まで一緒にすることにしたのだ。


『この店は自身の口から紹介はしない』


 三人の意見は同じであった。独占したいからという理由ではない。もともと、この周辺の子供たちが買いに行く店であったのと、店主が優しすぎるからであった。


 グランや神威が立ち寄った、珍しいカードが並ぶとなれば多くの人が駆け込んでくる。そうなると、周囲の人間に迷惑をかける人が少なからず出るだろう。


 一つのマナー違反がトーカーの印象を悪くさせる。それに商店でもあるため主婦も買い物に訪れるのだ。驚かしてしまっては申し訳ない。


 人の良い店主はきっと言葉の上手いトーカーに押されれば、それを受け入れてしまいかねないということも考えられた。


だから、自身たちの口からは紹介しない。プロトーカーが通う店という触れ込みをしないよう店主にも頼んだ。


『子供たちが買いにこれなくなるのは寂しいものだ』


 店主は快く了承してくれた。宣伝されれば店の売り上げも良くなるだろうに、店主は「趣味でやってるみたいなもんだからねぇ」と気にしていない。



「その代わり、極力あそこでカードは購入する」



 店主の毎回新作のパックは入荷していると聞き、三人は買いに来ることを約束した。



「つうか、あそこでしかカード買いたくねぇわ」



 静かで落ち着いてカードを観れる空間。久々に充実した買い物ができたと神威は満足していた。


 そんな様子に紹介できてよかったなと咲夜は思った。あんなに楽しそうな三人を見たのは初めてだったから。



「あ、そうだ。カードファイトお疲れ様でした」



 咲夜はそう言って神威に差し入れするはずだったお菓子を渡した。グラン先輩にもさっき渡したんですよと咲夜は言う。


 そういえばグランが騒いでいたなと、神威は店を出る時のことを思い出す。それはこの差し入れのことだったのかと。



「神威くん、あの後すぐに行くぞって言ったんで渡せなかったんですよ」



 神威はカードファイトの後、スポンサーとの話を終えると直ぐに咲夜たちと合流し、その勢いのまま商店へと向かっていた。



「久々にカード見にいけるってなったからな」



 此処最近は新弾パックを通販しているだけだったと神威は愚痴る。人の少ない時間を狙って買うにしても、神威には取れる時間が少ない。ゆっくり見たいという欲求をずっと我慢していた。


 神威はそういいながら、小さな可愛らしい袋から中身を取り出し確認する。



「チョコか」

「そこのチョコ美味しいんですよ」



 駅前のチョコレート専門店の新作だと咲夜は説明する。ふーんとその話を聞きながら神威はチョコレートを袋に仕舞った。



「あ、あのっ、すごく面白かったです」



 咲夜は花を咲かせたように笑むと神威とグランの対戦の感想を話した。


 ダーク・ナイトメア・ドラゴンの闇を背負った姿は雄雄しくて、サルヴェイション・ミーティア・ドラゴンが攻撃する様は流れ星のように一瞬で。



「とても綺麗でした」



 グランの攻め立てる姿も、それを掻い潜る神威の姿も。サルヴェイション・ミーティア・ドラゴンもダーク・ナイトメア・ドラゴンも。どれも輝いて見えて綺麗だった。



「あと、カード使ってくれたの、嬉しかったです。ぴったりだと思ったので! あと、えぇっと……あぁーっ! もっと上手く伝えられるはずなんですけど!」



 語彙力の無さに泣けると咲夜はしょんぼりとしたふうに。けれど「すごく楽しかったんですよ!」と必死に伝えようと言葉にする。



「……まぁ、あのカードは悪くなかったな」

「ですよね! って、どうかしました?」

「何でもねぇよ。グランにも感想、伝えてやれよ」



 あいつ喜ぶぞと神威はそっぽを向き、咲夜の頭をわしゃわしゃと撫でる。



「あ、はい……って、なんで髪ぐしゃぐしゃにするんですかーっ」


「うっせぇ。対戦の参考になっただろ、お前はもっと対戦経験をつめ」


「うぇっ! そ、それはほら、ゆっくり……。マリアちゃんで慣れてから……」



 途端に声をすぼめ目を逸らす咲夜に神威は呆れたように息をつく。プロトーカーのように戦えとは言っていない、楽しむためにも対戦経験は積んでおくことに越したことはないのだ。


 そう言うのだが、咲夜はまだ勇気が出せていないようだ。この前の百合子の頼みで対戦はしたものの、やはりまだ恐怖心というのがあるらしい。


 そんな様子に神威は何かを考えるように目を細めた。



「あの、神威君?」

「なんだ?」

「いえ、何か考えてるのかなぁって……」

「あ、気にするな」

「気になるのですがって、痛いっ」



 ぱちんとデコピンを受け、咲夜は思わず額を押さえる。いきなり何するのだと抗議しようとするも、神威はさっさと歩いていってしまう。


 そんな彼に文句を言いながら、咲夜は追いかけていった。

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