第12話:責任重大なんですけどね!
「神威様の練習用デッキってやっぱりお強いの?」
「強いですよ」
昼食のお弁当を食べながら咲夜は答える。今日は教室でマリアと食事をとっていた。神威はまだ学校に来てはいない。午後の授業には出るという連絡はきていたのでそろそろ登校してくるだろう。
神威は練習用デッキを用意してくれていた。それと実際に対戦したりしてバトルの流れを覚える特訓をしている。基本はまずデッキ構築に慣れ、カードの特性を覚えることを優先していた。
「別に勝たなくてもいいのですの?」
「勝ち負けとか関係なくて、とにかくバトルの流れを覚えろって」
「ちなみにどんなデッキ?」
「えーっと、ドラゴン軸ですね」
「ドラゴンって結構高火力で殴るイメージですわねぇ」
各属性・各種族などによって特徴がある。ドラゴンは高火力を叩きだしやすい種族だ。盤面を揃えられ攻め入られると防御しきれずそのまま押し切られるというのはよくあることだ。
「死霊族とは相性悪くありませんこと?」
「ですよねー……」
「死霊族、攻撃かHPのどちらかに特化したようなものばかりですものねぇ……」
死霊族は攻撃またはHPに特化したようなものが多い。良質な魔法カードは数あれど、攻めが苦手な印象を持たれている。
ダスク・モナークも守りに特化しているモンスターだ。小細工が利く妖精コピットがいるものの、セメタリ―を上手く活用できなければ身動きが取れなくなる。
「ドラゴンと相性の良い獣族は妨害効果持ち多いものねぇ……」
「そうなんですよ……。コピットさん、セメタリーにいる数とかによるので妨害されると……」
「まぁ、効果が強すぎるモンスターや魔法カードは禁止や制限カードになるけれど……」
流石に練習用デッキにそのカードは入っていない。カードを覚えるためにいろんな種族のモンスターの効果を読んでいた咲夜は、妨害効果持ちのモンスターや魔法カードがあることを知っている。
優秀な効果にも弱点はあり、展開を妨害するカードは多い。マリアの言う通り強力なカードというは禁止や制限カードに指定され使いにくくなることがよくある。
「コピットの難点は死霊族っていう汎用性の低い種族ですわよね。あと、墓地にどれだけコピットを送れるかと、01~05の攻撃力が低すぎる上にサポート効果ばかりという」
単体で動けるように見えてそうでもないというのがコピットの難点だ。耐久力はそのHPの高さからあるものの、高火力で攻め入られればあっという間に突破されてしまう。
サポートカードなどに頼り切っているのが現状だ。それは咲夜も分かっていた。
「死霊族ってメジャーではないからアドバイスしにくいですわ」
「それ言わないでくださいよ、マリアちゃん……」
「まともに動けるテーマ、数える程度で……」
「うぅぅ……」
「コピットはそんな死霊族をサポートする子たちよねぇ」
死霊族をメインで組むとなるとテーマによってはサポートカードに依存することがある。そんな死霊族の僅かな救いとなっているのがコピットというテーマだ。
彼らはサポートテーマとしては優秀だ。ただ、死霊族に特化しているため他の種族と組み合わせるのは難しい。メジャーなドラゴン族や戦士族にはすでに相性の良い獣族や天使族が存在するのも大きい。
「セメタリー利用なら死霊族と妖怪族ですものねぇ。メジャーなドラゴンや戦士はセメタリーに依存しなくてもいい獣族や天使族がいますもの。メジャーな種族には敵わないですわ」
「分かってはいたけれどぉぉ」
止めを刺すようにマリアに言われ、咲夜は机に突っ伏す。マイナーであるのだ、死霊族というのは。
「妖怪族と組み合わせるってありですかね?」
「妖怪族はトリッキーというか、魔法多用するイメージがありますわね。死霊族と組み合わせるとすると、枠足りないと思いますわよ」
「うぅ……」
「それに専用カードが配布しかないのが難点ですわよねぇ……ダスク・モナークって」
再録無しのモンスターは専用カードというのがプレミア価格となる。咲夜にはとてもじゃないが手が出せない。
どうして、このカードゲームは大会配布のカードの再録がないのだ。咲夜はばんばんと無言で机を叩く。
「まぁ、神威様と交渉でしょう」
「交渉できるといいなー」
「頑張るしかないですわね」
「何をだ」
「うわっ、神威君!」
ぬっと二人の間に入ってきたのは神威であった。気だるげに鞄を席に投げると紙パックのジュースを飲んでいる。
「神威様、おはようございます」
「おう」
「お昼休み間に合いましたね、神威君」
「間に合わせたんだよ。お前にカードを教えなきゃなんねぇからな」
できる時にしねぇと覚えることはまだあるんだ。神威の言葉に咲夜はですよねぇと頷くしかない。主要なカードなどもまだ覚えきれていないのだ。それに加えてバトルの流れも覚えなければならない。
マリアとバトルしていることでだいぶ覚えたけれどそれでもまだ長考してしまう。
「ほら、若葉カップでプロトーカー同士の対決も見れますわ。きっと参考になりますわよ!」
「な、なるほど! って、神威君は大丈夫ですか?」
ゲストカードファイトは大会とは別の枠組みであるが、人前で対戦することに変わりはない。プロトーカーとして戦うのだ、デッキの調整などあるだろう。
プロトーカーとしての仕事もあるというのに、カードゲームを教えるなど大変ではないだろうか。咲夜は心配げに神威を見遣る。
「あぁ、それは問題ない。すでにだいたい調整は済ませている」
「うぇ?」
「あとは微調整ぐらいだ。大体、プロトーカーならスケジュール管理ぐらいするぞ」
取材やイベントなど仕事が入る中、大会やゲストカードファイトなどのためにデッキを調整しなければならない。スケジュール管理ができていなければ、プロトーカーなどやっていけない。
「お前が心配することじゃねぇよ」
「でも、忙しそうですし……」
「そう思うならもう少ししっかりバトルしろ」
お前のバトルの仕方はひやひやするんだよ。神威の指摘に咲夜は言い返すことができない。自身のプレイの仕方が安定していない自覚はあった。
思いっ切りやるのはいいものの、何処か不安が残る。それがひやひやする原因だ。分かってはいるものの、やはりまだ慣れない。
「西園寺とのカードファイトでだいぶバトルには慣れたようだが、まだまだだぞ」
「はい……」
「だ、大丈夫ですわよ! ワタクシもお手伝いするのだから!」
へこんだふうの咲夜をマリアは励ます。
カードゲームというのは一度や二度じゃ覚えることはできない。何度も対戦をして覚えていき、強くなるものだ。神威もそれは分かっているため、咲夜にそれ以上は強く言わない。
「じゃあ、また練習すんぞ」
「が、頑張ります!」
「ワタクシも傍でフォローしますわ!」
「あ、あのー……」
そんな三人の会話を遮るように声をかけられる。振り返ってみれば、そこには一人の女子生徒がいた。眼鏡をかけた黒髪おさげの少女は遠慮しがちに視線を向けている。
(確か、学級委員の藤野さんだっけ?)
彼女は同じクラスである学級委員の藤野百合子だ。大人しく、真面目な学生という印象を咲夜はもっている。そんな彼女が何のようだろうか。
「えっと、藤野さんどうかしましたか?」
「あ、えと……」
「騒がしくしちゃってましたか?」
「い、いえ、そうではなくて……その……」
「なんだ、はっきり言え」
神威の圧に百合子はびくりと肩を震わせる。怖いと感じているだろうに彼女は逃げようとはしない。用事があるのはその様子から分かった。
咲夜は自分のペースでいいですよと、彼女の言葉を待った。
暫くもじもじしていた彼女だが、あのと覚悟を決めたうように言葉を発した。
「じ、じつは頼みがありまして……」
「頼み?」
「わたしの弟をこてんぱんに倒してほしくて……」
「はい?」
百合子の頼みに咲夜は首を傾げる。倒すとはどういうことだろうかと。それは神威もマリアも同じのようで疑問符を浮かべていた。
そんな三人に実はと語る。
藤野百合子には二つ下の弟が一人いる。彼は例にもれずレコード・トーカーにハマっており、トーカーとして活動していた。
弟は周囲の子たちに比べ、腕はいいようで殆ど負けたことがないらしい。そのせいか天狗のようになってしまい、いつも小馬鹿にしてくるのだという。
「そういうあほはよくいるだろ。そういうのは大会に出て鼻を折られる」
「それは、そうかもしれないんですけど……。最近、度が過ぎていて……」
近所の子の組んだデッキに難癖をつけたり、自身に負けた子を馬鹿にする。好きなカードを否定するようなこともするなど迷惑行為をしているとのこと。
姉である自身にだけならいいのだが、周囲の子にまで迷惑をかけるのはよくない。負けた経験が少ないのが悪いのだと百合子は考えたようだ。
そこでまだ経験の浅い咲夜にこてんぱんに負ければ、自分はまだまだだと自覚してくれるのではないか。
「わたしの言葉は聞かないし……プロトーカーの番組見てもプロである人を小馬鹿にしてて……。アドバイスとかためになる話とか耳に入れないんですよ……。なので、まだ始めたばかりの咲夜さんに負ければ聞く耳もつかなぁと」
「いやいやいや! それ、私が勝つ前提ですよね!? まだ初心者なんですよ! そんな責任重大なことを……」
「面白そうだな」
「……はぁ?」
神威の言葉に咲夜は間抜けな声を出す。そんな声など無視し、彼はこれは経験になるだろうと言った。
「良い練習になるじゃねぇか」
「いやいや、あのですね? 負けたらどうするんですか!」
「やってもいねぇうちから負けたことを考えるな」
「そんな無茶な!」
「神威様、さすがに無茶だとワタクシも思いますわ」
彼は負けたことは考えるなというけれど、この頼みは勝つことが前提だ。勝てなければ、百合子の弟はますます調子に乗ることだろう。そんな責任重大なことを背負える自信はなかった。
それでも神威は言う、練習でバトルするよりもちゃんとカードファイトをするほうが身に沁みつくと。練習では多少の余裕ができてしまう。本番というのはそんな余裕を持っていられないものだ。
それに慣れなくてはならない。ならば、対人戦をしっかりと行うしかない。
神威の指摘に咲夜は反論したくも、できなかった。何せ、自身は対人戦の経験があまりにも少なすぎるのだ。
「お前、ダスク・モナークとカードファイトしたいんだろうが。いろんなトーカーと戦わねぇと叶えられないぞ」
「そう、なんですよね……」
ダスク・モナークとカードファイトがしたい。そう思い続けていた。それはいろんなトーカーと戦うということ。
彼と共にカードファイトがしたいのは本当だ。けれど、多少の恐怖もある。ちゃんと戦えるだろうかという。マリアや神威の練習とは違うのだ。
「咲夜さん、お願いします!」
「……負けたら許してくださいよ……」
咲夜は百合子の頼みを受けることにした。これも自身がカードファイトをできるための試練だと思って。
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