第11話:チケットの誘惑には敵わなかった
「う、受け取れないですっ!」
「何故だい?」
これは出場選手に渡される招待チケットだから大丈夫だとグランは言うが、咲夜は首を縦には振らない。
「私なんかじゃなくて、他の方を誘ってください!」
彼にとって自身がどれほどの存在かは知らないが、咲夜からしたらただの先輩でしかない。そんな先輩から高価なチケットを無償で受け取るわけにはいかない。
咲夜はそう答え封筒を突き返すも、グランに押し返されてしまった。
「君が来てくれるだけで頑張れるんだ」
それが僕への報酬さ。グランは息を吸うようにくさい台詞を吐いた。それでも受け取れないと咲夜が断っているとマリアに耳打ちされる。
「貴女、グラン様と神威様のカードファイト間近で観たことありますの?」
二人がカードファイトをしている姿を咲夜は間近で観たことはない。神威とは練習で対戦をしたことはあれど、ホログラム機能は切っている。それに彼は本気で戦ってはいない。
スポンサーの公認大会でのゲストファイトと公式大会などでしか、神威は基本的に対戦を行わない。テレビの企画で稀に行うぐらいだ。そのため、彼のカードファイトを観れるとなるとファンが押し寄せる。
「二人のカードファイトを間近で観れるチャンスなんて、早々無いですのよ。いいんですの?」
「うぅ……」
公認大会はテレビ中継されない。されたとしても中継よりも間近で対戦を観るほうが迫力がある。
咲夜は悩む。彼らの対戦を観たくないわけではない、いやむしろ観てみたい。
「じゃ、じゃあ……」
咲夜はグランと神威が対戦している姿を見てみたいという欲に負け、封筒を受け取った。
「企業祭は日曜日。僕らの対戦は十四時からだ」
楽しみにしていてくれ。グランは爽やかな笑顔をみせ、教室を後にした。
欲に負けて受け取ってしまったと咲夜は項垂れる。贔屓されているようで申し訳なく思っているのだ。そんな咲夜の頭をマリアは小突く。
「招待チケットは誰に差し上げても良いものですのよ」
家族は別に招待されるためチケットは必要ない。招待チケットは友人や恋人を誘うためのものである。
それに招待チケットというのは案外、枚数を貰えるのだ。プロトーカー一人に複数枚のチケットが渡されるのだとマリアは話した。
「あの雲林院さんの息子さんなんて大量にもらってはファンクラブの子に投げ渡していましてよ」
「雲林院くんってプロトーカーでしたもんね、確か」
「姉弟揃ってプロトーカーですわ」
え、姉弟揃って! と咲夜が驚いていると、あんなに騒がしかったのに知らなくてとマリアは咲夜の周囲に興味がないことへ驚く。
あれ、騒がしかったかな? と記憶を辿る。けれどまったく覚えが無かった。
「騒がしかったかなぁ?」
「貴女、関心無さすぎですのよ」
クラスが違うというのもあるのではないか。咲夜はそう考えるも「入学式は酷かった」と言う発言によって否定されてしまった。
(入学式の日は父にどうやってオルターを買ってもらうかしか考えてなかったや)
とにかく父を説得する言葉ばかりを考えていて、周囲の騒ぎには全く気がついていなかったようだ。
「そういえば、私。本人見たことないです」
「……雑誌に載ってるからそれで見るといいですわ」
咲夜の今さらな発言にマリアは溜息をつくと紅茶を飲み干した。
***
放課後を少しすぎた頃、いつものカフェに神威と咲夜はいた。
店員に案内された個室で勉強終わりの神威は咲夜の提出した課題のデッキに目を通している。
「お前、よくまぁ見つけてくるな、こんなカード」
予想していた内容と全く違うカードで咲夜は課題をクリアしていた。デッキ構築の課題には一つの例として答えを用意する。もちろん、その通りでなくとも出された課題をクリアできる内容であればいい。咲夜はその例とは違う方法で合格する。
「これ、この魔法カードで防げるだろうに」
「でも、このモンスター可愛いじゃないですか」
「お前の判断基準はそれか」
神威はオルターを咲夜に返すとストローを咥える。ちゃんと能力も確認してますよと咲夜は反論するが、はいはいと返されてしまった。
「いいじゃないですか。神威くんも忘れていたカードを思い出せるんですから」
「まぁ違う意味、勉強になるが……。よく集めたよな」
カードを集め始めた時期よりも古い、出回りの少ない最初期のカードを所持していることもある咲夜に神威はそう問う。
「えっと、家の近くに小さなカードショップがあるんです」
見た目はただの小さな商店なのだがカードも取り扱っている。そのカードショップが独自にまとめたオリジナルのパック。通称、オリパを購入していたら集まっていたのだという。
「たくさんまとめられているのに安かったんですよ。だからよく買ってて」
人も少ないので子供でも買いやすく、店主である夫婦も優しい人だったのでよく買いに行っていたのだと咲夜は笑う。
その店はまだやっており、今でも咲夜は通っていた。顔なじみにはなっている程度には常連である。教えましょうかと咲夜に問われ、神威は行くと即答した。
「人が多いと行き難いんだよな」
「神威くんは有名人ですもんね」
カードショップに寄れば周囲から注目を浴び、何を買うのだと様子を窺われる。ゆっくり考えて見たくてもそうはできない。
これを買った、次はこの戦略かと勘ぐられてしまっては気持ちよく買い物はできない。手が知られるのが嫌なわけではなく、気持ちの問題であった。
「そういう、穴場はあると助かる」
「この前も行ってきたんですよ。そしたら過去パックが倉庫から出てきたみたいで、開封して一枚から買えるようにしていました」
「何のパックだ」
「えーっと……」
咲夜が指を折り数えながら言うパックの中には期間限定のものや、公式の事情で発売後すぐに販売終了したものまで含まれていた。
なんだそれは。神威は信じられないといったふうにしている。
「のんびりしたおじいちゃんおばあちゃん夫婦なんですよねぇ」
だから、カードを仕入れたこともよく忘れていたりするのだと咲夜は話す。それで店をやっていけるのかと突っ込みたくなるがその言葉を神威は飲み込んだ。
そんなことよりもパックのことである。言われたそれらは珍しく、なかなか見ることができない。そわそわとしている神威に咲夜は行きたいのだろうなと思った。
「いつ行きます?」
「今」
「いや今は無理じゃないです?」
「あー、じゃあ日曜だな」
すぐにでも行きたいといった神威に落ち着けと咲夜は促す。彼はカードのことになると子供のようになる。
今からとなると帰りが遅くなるだろうと咲夜に言われ、神威はぐっと我慢しするように日曜日の午後はどうかと予定を伝えた。
日曜日と聞いてあれ? と咲夜は思わず口に出る。
「あれ、日曜日って公認大会の日ですよね?」
そう、日曜日は若葉カップがある日だ。もちろん、大会が終わった後に行くということなのは分かっている。
だが、大会終わった後とはいえ大丈夫なのだろうか。咲夜は心配そうにそう問うと、なんで知っているんだといったふうに神威に見詰められた。
「いえ、グラン先輩からチケットを頂いたので……」
「あーの、バカ……」
はぁと神威は背もたれに寄りかかった。何かいけないことでもあったのか。そう心配そうに様子を窺っているとぼそりと神威は呟いた。
「来なくていいのに……」
「なんでです?」
来てほしくなさそうな神威に咲夜は問う。
来てほしくないと言われるとそれはそれで寂しい気分になる。そんな咲夜に別にお前が嫌だからというわけではないと神威は言った。
ただ、彼は知り合いに期待の眼差しを向けられることが嫌なのだ。期待され、それに答えられなかった時の彼らの残念そうな目に何度も「なんで」と思った。だから、彼は親ですらよほどのことが無い限りは招待しない。
「だったらプロになんてなるなって言われそうだが……」
「いえ、それは思いませんが……。私はただ、神威くんとグラン先輩がどんなふうに対戦してるのか観たいだけなんです」
飲んでいたアイスココアをテーブルに置き咲夜は神威を見据える。
期待とかそんなものはなくて。もちろん勝ってほしいなと思わなくもないけれど、観たいのはカードファイトで紡がれる彼らの戦いだ。
どんなカードを使い、どんな物語を語ってくれるのか。ただ、それが観たいだけ。
「プロトーカーとか、そういうのに疎いですけど。カードファイトを観るのは好きなんですよ……選手の名前と顔が覚えられないだけで」
初めて観た時から思っていた。カードファイトは物語のようだなと。戦いの物語、それらが紡がれているそう感じた。
白熱する戦いがあれば、儚く散るような戦いもあった。それらに物語性を見出していたのかもしれない。
きっと彼の戦いを中継で観たことがあっただろう。それでも、間近でその物語を観てみたいと思った。
「勝っても負けても、一つの物語であることには変わらないですよ」
私はそう思うんです。咲夜はふっと優しく微笑んだ。その微笑みが眩しく見えて。一瞬、神威は目を瞑る。
「……そうか」
一つの物語、神威はそういう考えもあるのかと心に留めた。
「そういば、思い出したんですけど」
咲夜はそう言って鞄を漁る。そろそろ帰るかといったところで咲夜は思い出したように鞄をテーブルに置くと何かを探していた。
「これです、これ」
咲夜は一枚のカードを取り出すと神威に見せた。それはエフェクトモンスター、効果を兼ね備えたものである。
「サルヴェイション・ミーティア・ドラゴンさんにぴったりなカードを見つけたんですよ」
カードを受け取り確認すると神威は「はぁ?」と咲夜とカードを見比べる。
「どうした、このカード」
「押入れのカード漁ってたら出てきたんです」
カード構築の課題のため、押入れの奥に仕舞っていたカードを発掘し、オルターに登録していたら見つけたのだと咲夜は話す。
そのカードは機械族とドラゴン族をサポートするモンスターであった。そこで思い出した。確か、神威のパートナーであるサルヴェイション・ミーティア・ドラゴンは機械・ドラゴン族だったなと。
いつだったか、聞いた覚えがあった咲夜はぴったりじゃないかと思い持ってきたのだ。
「これ、どのパックのだ? オルターの情報は……これ、公式の事情で販売終了したやつじゃねぇか」
オルターの情報に記載されていたパック名、それは発売後直ぐに終了してしまった、まとめサイトにすら載っていないものだった。
記録によれば一週間も発売されていなかったはずだと言えば、知らなかったと咲夜は驚いている。自身がどうして所持していたのかも記憶が曖昧でよく覚えてはいない。
「収録リストも発掘されてねぇから忘れられたカードの一つだろうな。価値もつけようがねぇやつだ」
レコード・トーカーにはよくあることで、その場合は持ち主との交渉になる。それが一例となり、値がつけられることもあった。
このカードが含まれているパックのリストが発掘されればそれなりの金額になるだろう。それほどに珍しいものだった。
珍しいものを見たと神威はそのカードを返そうと差し出すと咲夜は首を左右に振った。
「私は使わないんで、よければ神威くん使ってください」
「はぁ? お前……」
「いつもお世話になっているので」
勉強を教えてもらっている。そう言うもそれでもと咲夜はいつものお礼に受け取ってほしいとカードを受け取らない。神威は咲夜の言葉に暫く考えた後、カードを鞄に仕舞った。
「もったいねぇ」
「カード情報も登録してません」
「ほんっと勿体無いな、お前は」
渡すときに処理が面倒なんでと言う咲夜に神威は額を弾くと席を立った。
騙されるぞと神威は注意する。カードの価値の把握や情報の登録を怠ると相手の罠に嵌りやすい。
神威の心配を他所に咲夜は「でこピンしなくてもいいじゃないですかー」とぶつぶつ文句を言っていた。こいつは本当に解っているのか。神威はそんな咲夜の額をもう一度、弾いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます