第三章……ゲストカードファイトが楽しみなのにそんなこと忘れちゃいますよ!

第10話:仲直りと公認大会

「今度は勝ちましたわ!」



 ふんっとマリアは胸を張る。咲夜はオルターに対戦データを保存しながら、マリアに「負けました」と頭を下げた。



「まだまだですのよ、咲夜さん」



 あの廊下での一戦からマリアは咲夜に何かとつけて絡んでいた。苛めるというわけでも、難癖をつけるでもなく。カードファイトを挑んだり、成績を比べたりと大したことではない。


『練習に付き合って差し上げますわ!』


 話題が無いとマリアはそう言って咲夜にカードファイトを挑んでくる。もちろん、対戦は勉強になるため咲夜も助かってはいた。



「あの、西園寺さん」

「なんですの?」

「話題が無くても話しに来ていいんですよ?」



 咲夜の言葉にびくっとマリアは肩を跳ねさせる。取り巻きの女子達もうんうんと頷いていた。


 流石に咲夜も気づく。昼休みだけでなく、何かと話す時間があればそわそわと様子を窺っている姿には気づかないほうが無理があった。



「ほら、言ったじゃないですか。マリアさん」

「大丈夫ですって」



 マリアは第一印象が悪い自覚があり、今までどう話かけていいのか悩んでいたようだ。取り巻きの女子はマリアの背を押した。うぅとマリアは暫く固まっていると振り絞るように声を出した。



「も、申し訳ありませんわ……」



 あの時の自身の行動をマリアは謝罪する。神威に注意されてはいたが、タイミングが掴めずにいて今の今まで謝れていなかった。



「気にしていませんよ」



 むしろ、私のほうが言い過ぎていましたしと咲夜は謝る。今、考えてもあの言葉は言いすぎであり、言っていいものではないかった。


 そんな咲夜にマリアは先に絡んだのは自身だと言って引かない。マリア自身も酷い言葉を言ったことについて気にしているようであった。



「じゃあ、二人とも悪いってことで」



 咲夜はそれで終わりにしましょうと笑むとマリアの手を握った。



「うっ。さ、咲夜さんがそう言うのなら……それで妥協しますわっ」



 マリアは恥ずかしそうに咲夜の手を払うと「教室に戻りますわよっ!」と身を翻した。その後に咲夜と取り巻きの女子が続く。


 教室に戻るとだるそうに教科書を捲っている神威の姿が目に留まる。神威は咲夜が戻ってきたことに気づくと教科書を閉じた。



「大変だな」

「そんなことないですよ」



 咲夜は席に着いたマリアをちらりと見遣る。


 会話をするきっかけがきっかけであったが、それでもお互い反省もしている。それに今日は改めて謝罪することができた。



「マリアさんは練習に付き合ってくれますし、あと一緒にいる子とも仲良くなったんです!」



 友達が少ない自覚がある咲夜にとって、マリアやその友人の女子と仲良くできたことは嬉しいことだ。それを喜ぶことはあっても、大変だとは一度も思ったことはなかった。



「それに西園寺さんのこと教えてくれなかったのは神威くんですよね?」



 それを言われてしまっては何も言い返せない、神威は机に頬をつける。言い忘れていたとかではなく、マリアのことを忘れていたのだ。


 興味がないことへの関心はほぼ無いに等しいのか、この人は。咲夜がそんなことを思っているとあっと神威は顔を上げる。



「あー、そうだ」



 神威は思い出したようにメモ用紙を取り出すと咲夜に手渡した。そのメモ用紙には複数の条件とそれに合ったデッキの構築が記載されていた。


 課題である。この条件のデッキを組めということだ。またその条件が面倒なもので、咲夜はうげぇと声を零した。



「うぇぇ、三個も組むんですかぁ……」



 咲夜はメモ用紙を見詰めながら愚痴る。ただでさえ、面倒な条件であるのにそれを三つもあるのだ。限りあるカードでそれを組むとなると大変である。



「期限は三日」

「一日一つの計算じゃないですかー!」



 足りないと咲夜は机に突っ伏した。神威の出す課題への締め切りは短い。そんな早く作れるものかと言うが、「一つでも作れ」と神威からは返されてしまう。


 メモ用紙を仕舞い、咲夜は自身の所持カードを思い出しながら教科書を取り出した。




          ***




「聞いてくださる? あの雲林院うんりんいんさんのところの息子さん!」



 久々に学校に来たかと思ったら、父の会社の悪口を言うんですのよ。と、マリアは咲夜に愚痴る。酷くありませんこととご立腹であった。


 昼休み、午後からスポンサーとの話し合いで神威は早退していた。いつもなら昼は二人で屋上にいるのだが、今日はマリアたちと昼食を共にしている。



「えっと、芸術学科Aクラスの雲林院祭うんりんいんまつりくんだっけ?」


「そうですの、あの男の娘アイドル!」



 女装男子の何処がいいんですの! と、マリアはお抱えシェフが作ったであろうデザートを怒りながら食べていた。


 雲林院 祭は雲林院グループの長男で、男子でありながら女性アイドルのような活動を行っているプロトーカーである。


 マリアは女装男子というジャンルをいまいち理解していない様子で、あれのどこがいいのかと首を傾げていた。


 咲夜はへぇと返事をしながらオルターを起動させる。そんな咲夜にどうかしましたのとマリアがオルターを覗き込んだ。



「新しいデッキでも作るんですの?」

「神威くんに三つ課題を出されちゃって」



 咲夜はメモ用紙をマリアに見せた。条件に目を通すとマリアは咲夜のオルターのカード一覧をさっと流し見、首を左右に振った。



「貴女の今のカードでは難しくなくて?」

「やっぱりそう思いますよねぇ……」

「持ってるカードが少なすぎませんこと?」

「いや、まだ家にあるんですけど……」



 家にまだ登録していないカードはあるのだが、昔のものは押入れの奥にしまってしまい、連休中でないと整理ができないのだと咲夜は話した。



「最近、土日は家事と勉強でそれどころじゃなくて……」



 ここ三週間ほどは学力テストや中間テストの勉強、溜まった家事などをしていて押入れの整理までいけなかったのだと咲夜は項垂れる。


 けれど、課題は待ってはくれない。これは次の休みにカードを発掘しなくてはと咲夜は決めた。マリアもカードを増やすのは戦略が増やすためにいいことだと言っている。


 どうしてあんな奥に仕舞っちゃったかなと後悔しつつ、オルターのカードを眺めた。



「何をそんなに悩んでいるんだい?」

「うへぁっ!」



 咲夜はオルターを抱え、声のしたほうへと振り向くとそこには見知った顔が。いつの間にか教室に入っていたグランの姿があった。


 いつの間にこんな近くまで来ていたのだと咲夜は身体を引かせる。



「相変わらずな反応だね!」



 短い金の髪を揺らし、グランはそう言うと爽やかに微笑む。途端に教室が黄色い声に包まれた。あぁ、またかと咲夜は苦笑しつつグランに挨拶をした。



「グラン先輩、こんにちは」

「グランでいいと何度もいっているじゃないか」

「いえ、先輩なんで」



 つれないねぇとグランは眉を下げるが咲夜は先輩ですからともう一度、答えるとオルターに視線を戻した。


 彼がこうして咲夜に構うのは今に始まったことではない。あのマリアとの対戦からずっと彼の時間が空くたびにやってきてはこうして話しかけてくる。順応性が高いのか、咲夜はもう慣れてしまっていた。



「先輩のファンの子に睨まれるんで嫌なんですけど」

「グラン様、聞いてないわよ」



 そう苦情を言うがグランは全く聞いていない。周囲に集まってきた女子生徒への対応をしていた。



「西園寺さんが居てよかったって思ってます」

「マリアでいいわよ、マリアで」

「じゃあ、マリアちゃん」



 グランに何故か気に入られてしまった咲夜はその次の日からグランのファンクラブの一部、女子から小さな嫌がらせを受けた。


 咲夜自身は大した被害も受けてはいない。そこまで抑える事ができたのはマリアが傍にいたからである。


 何かとつけて絡んでいたのはそうすることで、西園寺グループの名を響かせ一般生徒の嫌がらせを抑制させる。同じ立場の生徒には睨みを利かせ、手を出させないでいた。


 彼女なりに気にしていたのだろう。きっかけを作ったのはマリア自身なのだ。それで咲夜に迷惑をかけて、敬愛する神威にまで被害がいっては申し訳が立たない。



「神威様にまで迷惑かけてしまっては大変ですもの」



 別に貴女のためとかではないですからね! と、マリアはつんっと言い放つ。


 自分でもどうにかしようと思っているのだが、如何せん本人に伝わらない。関わらずにあしらっておけばいいと神威に言われて適度に対応していた。が、彼は恥ずかしがりやだねと全く逆の解釈していた。


 このままでは神威にも迷惑をかけてしまうのではないかと不安に思っていたためマリアの配慮は助かった。



「サクヤはどうして悩んでいたんだい?」



 集まってきた女子を捌ききったグランは咲夜の悩みなど露知らず。貴方にも悩まされてるんですがと口から出そうになるのを堪え、咲夜はメモ用紙をグランに見せた。



「神威くんに出された課題のデッキを考えていたんですよ」

「あぁ、確か教えてもらっていると言っていたね」



 なんて羨ましいと口にしながらメモ用紙を受け取る。記されている内容にうーんっと小さく呻る。



「これは初心者には少々難しい。大丈夫なのかい?」

「大丈夫ですよ、間違っていてもちゃんと一例を教えてくれますし。怒られるわけでもないですから」



 そう言う咲夜にグランはメモ用紙を返しながらそうだと指を鳴らす。



「僕が君にレコード・トーカーを教えようか?」

「え?」



 オルターの方に視線をやっていた咲夜が驚いたように顔を上げる。

 

 神威の出す課題は初心者向けではない。僕ならばもっと分かりやすく教えることができるよとグランは言った。


 グランの言い分も分からなくもない。神威の出す課題は初心者には難しいものも多く、教え方も専門用語が多くなりがちではある。


 けれど、咲夜は首を左右に振った。



「お気持ちだけ受け取っておきます。すみません、先輩」

「何故だい?」



 約束だからか。そう問うグランに咲夜は違いますと答える。



「神威くんに教えてもらいたいんです」



 決して教え方が上手いとは言い切れない。それでも神威はなるべく分かりやすく教えようとしてくれていた。咲夜はそんな彼に教えてもらいと思ったのだ。



「……そうか。わかったよ」



 咲夜の優しげな、けれどはっきりとした言葉にグランはそれ以上、自身を推すことはできなかった。


 胸の中でどろどろに湧き出る黒い何か。グランはあぁこれはと胸元を掴む、抑えるように落ち着かせるように。



「先輩、どうかしましたか?」



 はっとグランは咲夜のほうを見る。心配そうに見つめてくる彼女にグランは慌てて胸元を掴む手を放すと笑みを作った。



「いやぁ、今日は暑いね」

「え、あぁそうですね。梅雨時期ですし。少し蒸し暑い?」

「ジメジメしますわね」



 マリアは扇で仰ぎながら咲夜に答える。外の天気は少しだけ曇っていた。


 そうやって誤魔化すとグランは思い出したように内ポケットから封筒を取り出し咲夜に差し出す。なんだろうかと咲夜はそれを受け取り封を開けた。


 封筒の中にはチケットが一枚入っていた。若葉カップと書かれたそれに首を傾げる。



「若葉カップ?」

「大手企業祭のレコード・トーカー公認大会ですのよ」



 知らないといったふうの咲夜にマリアは説明した。


 若葉カップとは大手企業が集まって開催する企業祭で行われるレコード・トーカー公認大会だ。参加権を持つトーカーたちの他、各社がスポンサー契約しているプロトーカーの対戦も観覧できる。


 また、上位入賞者には公式大会への出場権が渡されるため、プロトーカーを目指すトーカーたちの登竜門的大会となっている。



「そのゲストカードファイト観覧チケットだ」

「ゲストってことはプロトーカーさんたちの対戦ってことですよね」

「僕と神威が対戦する部のチケットだよ」



 グランの言葉にマリアが前のめりになると、咲夜が持っているチケットを二度見していた。


 チケットにはグラン・ウォーカー対九条神威と記載されている。席も最前列の一番良い場所となっていた。



「これ、公式取引サービスでもチケット価格高騰していますわよっ!」

「えっ!」



 グランと神威は人気プロトーカーだ。特に同世代の若い女子のファンが多い。そんな二人のライバル戦とも言われているカードファイトだ。チケットは即日完売し、公式取引サービスの取引価格は高騰していた。



「公式チケット交換サイトですら高騰していますのよ。まぁ、ワタクシは自力で勝ち取りましたけれど」



 マリアは既にチケットを所持していたようだ。同じ最前列の一番良い場所であった。咲夜は話を聞き、封筒にチケットを仕舞うとグランに返した。



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