第9話:言い過ぎました

「おい、マジかよ……」

「一気にいきやがった」



 西園寺マリアはプロではないが名の通ったトーカーである。その彼女に初心者同然の動きをしていた咲夜が勝てたことに周囲はざわめいていた。


 勝てた。咲夜は信じられないといったふうに立ち尽くしている。



「なんで、なんでですの!」



 逆転勝利。マリアは座り込み、嘆く。その潤み声に泣いているのだと咲夜は気がつくと駆け寄った。


 西園寺さんと呼びかけると、蔑みにでもきたのとマリアはそっぽを向く。咲夜は頭を下げた。



「ごめんなさい」

「勝ったから謝っているのっ。バカにするのも大概に……」

「言い過ぎました」



 咲夜の言葉にマリアは目をぱちくりさせている。何を言ってるのだといったふうに見つめるマリアに、咲夜は頬を搔ながら「その、ストーカーっていうのとか……」と小声で言う。


 咲夜は冷静になった頭で自身の発言した言葉を整理していた。今になってあまりの言葉に無礼であったことを詫びる。


 いくらそうとは思っていても、もっと言い方というものがある。咲夜のあの時の言葉は諭すようなものではなかった。それはいけないことだと指摘するべきであったのだ。



「凡人って言われてむっとしたのもあるんですけど。言うにしてもちゃんと訳も説明するべきだったなって。ストーカーは言いすぎでした。でも、迷惑行為だと相手に訴えられたら大変ですよって……」



 好きだという気持ちは悪くはない。けれど、好意を抱いている人への配慮は必要だ。その人のためだと思ってやっていることであっても、相手からしたら迷惑でしかないことだってある。


 そう諭されたマリアは確かにと、自身の行っていた数々の好意という名の迷惑行為が頭を過ぎる。そして、自身が空回りしていたことにマリアは気がつき、恥ずかしくなった。



「それに、ありがとうございます」

「な、なにっ!」



 礼を述べる咲夜にマリアは今度は何だと驚く。礼を言われることを自身は何もしていないと。



「この戦いも私、初めて上手くいったんです」



 何度か神威との練習で使用したデッキ。けれど、上手く墓地を肥やせず活躍できなかった。


 神威に「慣れてから考えろ」と言われていたけれど、諦めきれず改良していた。それを活躍させることができて嬉しかったのだ。



「ど、どうして神威様からやめろと言われていたのに使おうと思ったんですの」



 嬉しそうに笑みをみせる咲夜にマリアは問う。カードの講師である神威の言葉を無視してまで諦めなかったその訳が気になったのだ。



「だって……」



 咲夜は少し間を置くとしゃがみこんだ。そして、ホログラムで実体化したコピット06の頭を撫でるような仕草をする。



「コピットさん、可愛いじゃないですか」

『こっぴー』



 ぴょんっとコピット06は跳ねた。


 えっとマリアは声を零す。それだけで彼女は諦めなかったのかと、講師の意見をきかなかったのかと。思わず、それだけ? と返していた。


 咲夜はそれだけですとはっきと答える。だって好きな子を活躍させたいじゃないですか。咲夜はコピットにねぇーと手を振った。


(好きな子を活躍させたい……か……)


 マリアは後ろに立つスノー・ブルームを見つめる。スノー・ブルームはマリアの視線に気がつくとふっと笑みを浮かべ抱きつくように肩に寄り添った。



「……貴女の言うこと、解りますわ」



 私もそうだったと。だから負けたのかなとマリアは思った。自身のことしか考えずにカードファイトをしていたから。



「C'est merveilleux」



 そんな二人の会話に割ってはいるように発音の良い言葉が響く。なんだろかと咲夜は顔を上げた。


 整った顔が目の前にあり、咲夜は驚き飛び退く。掘り深い端整な顔立ちの男子生徒は片膝を付き、咲夜を見詰めながら流暢な言葉で何かを話している。英語とは違う発音に咲夜は理解できず、困惑していた。



「グラン。日本語で話せ」

「あぁっ! そうだった、すまない。興奮するとつい母国語に戻ってしまうんだ」



 外国人とは思えないすらすらとした日本語を話すグランに、神威ははぁと小さく溜息をつく。



「神威くん!」

「あー、遅くなって悪かった」



 神威を見つけた咲夜はむっと眉間に皺を寄せる。その表情に言わんとしていることが解っているため、素直に遅れたことを謝罪した。


 神威は咲夜に遅くなった訳を話す。この外国人、グランに追いかけ回されていたために教室に戻るのに時間がかかってしまったことを。



「こいつはしつこいからな、ほんと……」

「酷いじゃないか、神威。僕はリベンジがしたかっただけだというのにっ!」


「用事があるっていっただろうがっ!」

「その用事はこの子と会うためかい!」

「うっせぇ!」



 あ、勉強を教えてもらっていることは話していないんだな。神威の反応で察した咲夜は余計なことは言わないで置こうと、二人の会話が終わるまで口を閉じることにした。


 暫く二人の言い争いは行われていたが、神威は早々に切り上げる。いつまで経っても終わらないと解っているのだろう。あーでもないとまだグランが何か言っているが、そんなものは関係ないと神威は咲夜に言う。



「見てたぞ、カードファイト」



 その言葉にさっと血の気が引く咲夜。眉間に寄っていた皺は消え、表情が途端に強張る。


 あわわと自身のプレイングを思い出し、咲夜は思わず正座してしまった。何かしら指摘される、そう空気が察していた。



「モンスター効果の確認、焦るなって言ったよな?」

「はい……」

「お前にはまだ墓地利用も早いって言ったよなぁ?」

「すみません……」



 でも、可愛いしと呟けば、神威の「あぁ?」という低音の声に跳ね除けられてしまう。まだ早かったなと自身でも思わなくはなかったので、咲夜が大人しく神威の厳しい言葉を聞く。


 焦らずにもっとよく考えろ、難しいことをやろうとするなと耳に痛い。



「はぁ……。デッキについていろいろ言いたいが、どうせ使うんだろうからもういい」



 咲夜の態度に神威は言っても無駄だと判断した。カードを教えてからまだ短いが、こういうところは頑固だというのは課題で組んだデッキ構築を確認して知っている。


 デッキというのは人の個性ができるものだ。咲夜は特にそれが出ているため、よく分かる。やりたいことはそれだけでよく分かるのだが、それが上手くできていないところは置いておく。



「あと、西園寺」

「は、はい……」



 神威の声にマリアも姿勢を正す。何か言われるであろうとマリアは思っていたらしく、大人しくしていた。



「俺はこいつから授業のノートを借りる代わりにカード教えてるだけだ」



 他意はない。勘違いして暴走するなと神威に言われ、マリアは「申し訳ありません」と俯いた。自身が空回りしていたことには気づいていたのでマリアは素直に反省する。


 二人の様子に全くと神威が溜息をつけば、グランがそれはいいんだと言ったふうに前に出た。



「僕の名はグラン・ウォーカー」



 グランは咲夜の手を取り立たせながら自身の名を名乗った。それに釣られて咲夜も名乗るとグランは数回、咲夜の名を呟いた。



「サクヤ……良い名だ」

「は、はぁ……」



 グランは咲夜の手を取りそう囁くと髪を掻き上げた。それだけで黄色い声が聞こえてくる。グランがいるということで彼のファンが集まってきていたのだ。


 それをグランは物ともせず咲夜の手を握る。



「君のあの勇ましさ、想い。僕は君に痺れたよ」



 あれは日本語で般若のような形相と言うのだったかとグランは思い出す。その言葉に咲夜は頬を覆った。


 グランは褒めたつもりだろうけれど、咲夜からしたらそれは傷つくわけで。



「私、そんなに酷かったです?」

「まぁ……」



 マリアは目を逸らす、咲夜は神威のほうを見た。神威は何と言おうかと言葉を選びながら答えた。



「怒鳴ったときの表情は知らねぇが、後ろ振り返った時は目が釣り上がってたぞ」



 マリアの視線の逸らしように、怒鳴った時の表情はもっと酷かったのだろう。予想がつき、咲夜は恥ずかしさに顔を覆ってしまった。


 そんな咲夜の様子にどうしたんだい? とグランが心配げに声を掛ける。



「あぁ、どうして顔を隠してしまうんだい?」

「お前の余計な一言のせいだろ」



 グランは咲夜の顔を覗きながら「すまない、僕が悪かった」と謝るも、咲夜は顔を覆ったまま教室に戻ってしまった。



「サクヤー!」

「グランはどうした、急に」



 あんなに神威を追い駆けていたグランは今や、咲夜しか見ていない。教室の扉を開け咲夜に謝罪している。



「気に入ったんじゃないですの?」



 神威の問いにマリアが代わりに答えた。なるほどと頷き、神威は大変だろうなと呟く。何せ、グランのファンはこの学園に多いのだから。


 神威は明日からの咲夜の生活を想像し、同情した。グランを連れて来てしまったのは自身なのだがそれは置いておいて。


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