第二章……カードファイト

第5話:初カードファイトなんですけど!


 学校の屋上、フェンスにもたれながら神威はオルターを操作している。


 咲夜は神威と練習対戦をしていた。プロトーカーである彼は大会用とは別に咲夜の練習用デッキを組み上げてきてくれたのだ。


『まずはこのデッキに勝つのを目標にしてみろ』


 それから神威の練習デッキと対戦し、一週間。おしいというところすら辿りつけていない。



「お前は効果処理が苦手だな」



 神威の言う通り、カードの効果処理が咲夜は苦手であった。


 ディフェンスマジックなどが入ると途端に処理が分からなくなってしまうのだ。頭が混乱する中でやろうとするからさらにミスを犯してしまうこともある。



「お前は焦すぎなんだ、ゆっくり決めろ。公式大会でもねぇのに焦る必要はない」



 慣れていないうちはゆっくり考えて決めろ。神威はオルターの電源をスリープモードにすると背伸びをした。



「えっと、初期手札は五枚、毎ターン一枚ドロー、先攻一ターン目はできない……。効果処理は発動させるトーカーから……」



 咲夜は指を折り復唱する。練習対戦から一週間は経つのだが、カードファイトを開始する時の手順を間違えそうになるため、慣れるまでは復習を欠かさない。



「次は放課後な」

「あっ、もう昼休み終わりますね」



 もう間もなく鐘がなる時刻。咲夜はオルターの電源を切ると立ち上がり、スカートを叩く。神威は気だるげに腰を持ち上げ欠伸をしていた。



「午後の理科ほど眠いものはねぇ……」

「ほんと、理科嫌いですよね、神威くん」



 屋上の扉を開け、階段を下りながら咲夜が笑う。


 神威は理科が苦手だ。社会も得意でがないが理科が特に苦手であり、それはテストの点数を見ればわかる。赤点ぎりぎりといった数値を見て咲夜は思わず、おぉと声を漏らしてしまったほどだ。


 赤点を取っていないだけまだいいほうなのだろう。それでも理科が足を引っ張っていることには変わりない。



「化学と物理はまだな、まだ解る。生物、お前だよ、お前」

「いや、生物も大事だと思いますよ?」

「興味がわかねぇんだよ」



 あーだこーだと理科について愚痴る神威。文句を言っても避けれる教科ではない。次の授業の理科を仕方なく、本当に仕方なく受けるといった様子であった。


 そんな他愛ない会話をしながら教室に戻り、席に座る。



「…………」

「?」



 ふいに感じた視線に顔を上げると一人の女子生徒と目が合った。


 藍色の髪にウェーブかかったセミロングをツーサイドアップにし、西洋人の面影を残した顔立ち。透き通る水色の眼が咲夜を捉えれている。


 西園寺マリア。西園寺グループのご令嬢であり、母親が外国人のハーフだ。いつも周囲にはお嬢様仲間の女子がついている。


(あ、今日も寝てる)


 そして、彼女の肩にはいつも眠っているモンスターAIの女性の顔が寄りかかっている。マリアに抱きつくように、おぶられているように眠る氷のように冷たく美しい表情。


 白く床につく髪など気にもせず、雪の結晶を纏わせたようなドレスが擦れようとも彼女は起きない。氷の女帝―スノー・ブルーム、神威から教えてもらった彼女の名前だ。


 彼女の姿は見ていて飽きない。たまに起きては周囲をきょろきょろと窺い、パートナーであるマリアをからかってはまた眠るの繰り返し。それが彼女の日常だ。


 そんなパートナーを持つマリアと目が合ったのは初めてであった。同じクラスではあるが未だに会話をしたことがない。そんなマリアに睨まれている。


(私……何かしたかな?)


 あれっと考えるも思いつかない。話したこともすれ違ったこともない。席も一番前と一番後ろと離れている。


(スノー・ブルームさんを観察してるのがバレた?)


 自身のパートナーをじろじろと見られて気持ち悪く思ったのかもしれない。それぐらいしか思い当たる節はなかった。


(何か言われたら素直に謝ろう)


 これは自分が悪いと一人納得し、次の授業に使う教科書とノートを取り出す。



「お前、何かやったか?」



 神威は教科書をぱらぱらと捲りながら小声で問う。西園寺に睨まれてるだろと教科書越しにマリアを窺う神威に咲夜は首を振った。


 本当に睨まれる理由がないのだ。何かした覚えはない、会話も無い。どんなに考えても思い当たる節はなかった。



「あるとしても、スノー・ブルームさんを観察していたぐらいです」

「それは関係ねぇだろうな……」



 咲夜の言葉に神威は面倒くさげに教科書を閉じ、マリアを見る。その視線に気がついたマリアは頬を赤らめ、前を向いてしまった。


 神威はその態度に納得したのか、はぁと小さく溜息をつく。何かあったのだろうかと咲夜が首を傾げていれば、気をつけろよと言われてしまった。


 何をだろう。神威にそう問おうと口を開いたが、「授業始めるぞー」という理科教師の声に遮られてしまった。




          ***




「なんなのですの、なんなのですの!」



 放課後、教室で神威を待っているとマリアとその取り巻きの女子に咲夜は囲まれていた。


 どうしてよと怒った様子のマリアに咲夜はどう反応していいのか困っていた。女子に囲まれるとこうも威圧的なのだなと実感する。



「どうして、貴女が神威様と仲良くしているのよ!」

「どうしてって……その……」



 足を揺すり、苛立ったように詰め寄るマリアに返す言葉を必死に咲夜は選ぶ。


 どうやら、彼女は神威に気があるようだ。神威と何をしているんだ、何を話しているんだと問う彼女に迂闊なことは言えない。素直に答えたら何をされるか想像はできた。


(神威くんも知られたくないだろうしなぁ……)


 勉強を誰かに教えてもらっていることを彼はあまり知られたくはない様子であった。だからこうやって放課後、時間を空けてカフェが疎らになる時間を選び個室で勉強をしている。


(だからといって、このまま何も言わないのもなぁ……)


 口篭る咲夜にマリアはさらに苛立ったのか目を吊り上げている。きっと、神威の言っていた「気をつけろ」というのはこういうことだったのだろう。咲夜は今、理解した。


 もっと早く言ってくれと内心、神威に愚痴りながらどう打開しようかと考える。取り巻きの女子も「何か言いなよ」と責め立ててきた。



「えっと、その……レコード・トーカーを教えてもらっているんです」



 ひとまず、自身が教えてもらっていることだけを答えた。これだけなら、自身が頼み込んで講師をお願いしたふうに聞こえなくもない。


 その言葉にマリアも取り巻きの女子も固まった。彼女は今、なんといったといったふうに。もう一度、そう言えばマリアははぁっと声を上げた。


 信じられないとマリアは目を見開き仰け反る。取り巻きの女子も何を言っているんだといった表情だ。



「嘘でしょ、嘘っ!」

「いや、嘘では……」

『嘘ならば、我はこの者と共にはいないだろうな』



 マリアの言葉に反応してか、オルターで眠っていたであろうダスク・モナークが姿を現す。いつものように宙を浮きながら腕を組んでいる。



『あら、珍しい』



 ぱちりと目を覚ましたスノー・ブルームはダスク・モナークを珍しげに見詰めた。


 スノー・ブルームはダスク・モナークに触れるように手を差し伸べるとデータの解析を開始する。



『マリア。彼は九条神威のカードで間違いないわ。ただ、今はマスター権が彼女に渡っているけれど』



 データを照合したスノー・ブルームがマリアに告げる。マリアはそれを聞き、さらに咲夜に詰め寄った。




「どーーして、貴女が!」

「いや、その、貸していただいたんですっ」



 自身のカードではデッキをまともに組めないからと。そう咲夜が説明したらダンッと机を叩いた。睨みつけるその瞳に咲夜は黙ってしまう。



「ありえない、ありえない、ありえないいいいいい!」



 マリアは甲高く叫ぶ。こんなことはありえない、あってはならならいと。


 ワタクシがあの方をどれほど想っているか解ります? とマリアは胸に手を当て言う。


 彼がプロ入りしてからずっと追い駆け、応援してきた。何度も専属スポンサーに指名するが断られ、それでもめげずに支援してきた。



「それなのに、貴女は彼にカードの講師を……しかも、大した人間でもない」



 凡人がとマリアは咲夜を睨む。

 凡人。その言葉に咲夜はむっとする。確かに大した人間ではないけれどそこまで言われる筋合いは無い。



「いや、それ関係なくないですか?」

「はぁ?」



 咲夜はマリアの凡人がという発言に返す。凡人かどうかなんてそもそも関係ないだろうと咲夜はそう思った。


 どんな存在であろうとカードゲームは好きにやっていいはずだ。教えを講うのも自由である。誰に決められるものではない。



「その凡人からの頼みを聞き入れるのは相手なわけで、西園寺さんではないですよね?」



 何で貴女の許可がいるんですか。貴女を間に挟まなきゃいけないんですか。咲夜は冷静にけれどはっきりとマリアに言い通す。


 彼女には関係ないはずだ。決めるのは神威であり、マリアではない。それに目くじら立てられても困る。



「たぶん、そういうところが神威くんに受け入れられなかったんじゃないでしょうか?」



 恋人でもマネージャーでもないのにあーでもないと独占的で。支援だと頼んでもいないことをされて。普通ならどう思うか、それは言わなくてもわかるだろう。



「ただの一ファンならまだしも、そこまでされるとストーカーだと思われるかもしれませんよ?」



 ストーカー。その言葉にマリアは固まり取り巻きの女子はざわつく。


 ストーカーは少し言いすぎたかもしれない、咲夜は口に手を添える。いくら言われっぱなしでむっとしたとはいえ、それは口に出してはいいものではなかったなと反省する。


 けれど、口から出た言葉というのは取り返しがつかないものだ。



『その言葉はマリアには禁句ですのに』

「え?」



 あぁとスノー・ブルームは嘆くとオルターの中へと戻ってしまった。どういうことかと、マリアを見ると目に涙を溜め、咲夜を睨んでいた。


 あ、これはいけないと慌ててないか言おうとするのをマリアは遮った。



「こうなったら、こうなったらっ!」



 マリアは咲夜を指差した。泣くのを堪える瞳に涙を溜めながら叫ぶように言い放つ。



「ワタクシとカードファイトしなさい!」

「え、えぇぇぇっ!」



 咲夜の悲鳴など知らないと言ったふうに、引きずりながら廊下に出すと、マリアはスカウター型のレコードスコープを着け、オルターを起動させた。


 どうしてこうなったと咲夜は困ったように眉を下げている。そんな咲夜にダスク・モナークは「貴様のせいだろう」と冷たく返していた。


 確かに言い過ぎた言葉ではあったけれど、それとカードファイトに発展する理由がわかならない。


 暴力沙汰にならないだけ平和的と言えばそうであるのだが。ぶつぶつと呟いているとさっさとしなさいと怒鳴られてしまった。



「通常ルールで。練習じゃなくてよ!」



 やる気満々といったマリアに咲夜は逃れられないのだと諦め、眼鏡型のレコードスコープを装着するとオルターを操作する。すでにスタンバイモードとなっているマリアのオルターにアクセスした。


【両者アクセス確認、防壁カードをセットしてください】


 咲夜は指示の通りに防壁カードをセットする。両者のセットを確認すると、オルターのホログラム機能が起動し、プレイヤーを守る城壁・ランパートが出現した。


【咲夜 初期設置防壁カード「防御指令―ダメージ500ポイント軽減」


 マリア 初期設置防壁カード「特殊指令―初期手札にランダムで魔法カード一枚」】


 咲夜はマリアが設置した初期防壁カードを確認した。確か、スノー・ブルームは魔法モンスターだ。


(その召喚に使用するのかも……)


 即効型かなと、咲夜はマリアのデッキの傾向に予測を立てる。これも神威から教えられたポイントの一つであった。


『初期防壁カードの内容で相手がどの傾向か大まかに予測できる』


 防御的思考なのか、攻撃的な思考なのか。その内容で予測ができ、警戒し対策ができるのだと神威は話していた。


 先攻を決めるコイントス機能の結果、咲夜が後攻となった。先攻となったマリアはやりましたわと笑みをみせる。



「先攻はワタクシがもらいましたわっ! 準備はいいですわねっ!」



 カードファイト。マリアの掛け声と共に対戦が開始された。


 咲夜は緊張していた。これが練習とは違う、初めてのカードファイトだからだ。そんな咲夜の心情など知らず、マリアは手札を確認するとモンスターフィールドにカードを一枚選択する。



「まずは、ワタクシのターン。【氷の召使い―アンラビー】を召喚。アンラビーの効果で魔法カードをデッキから一枚手札に加えますわ」


『ふわっふう』



 ウサギ耳を付けている執事姿の幼い少年がぴょんっと姿を現した。その少年が手にしていたトレーを振ると、カードが一枚表示される。



「ワタクシはこの効果で【スノー・ワールド】を手札に加えますわ。さらに、アンラビーが召喚されたことで、手札から魔法カード【女帝のディナータイム】を発動させますの!」



【女帝のディナータイム 種類:ターンマジック


 効果:場に「氷の召使い~」と名のあるモンスターが召喚された時に発動できる。デッキから「氷の女帝―スノー・ブルーム」を手札に加える】


 リンリンリーンとアンラビーがベルを鳴らす。食事の時間だと知らせるように、周囲は慌しく執事やメイド姿のモンスターが走り回っていた。


 アンラビーがトレーの蓋を開けばそこからカードが一枚、現れる。それを手札に加えるとマリアはもう一体、モンスターを召喚した。



「ワタクシはさらに【氷の騎士―アイス・ナイン】を召喚。これでターンエンドですわ」



 白く氷の鎧を身に纏う騎士がアンラビーの隣に降り立った。剣と盾を携え、咲夜のほうを見据えている。



「わ、私のターン、ドローっ」



 咲夜はアイス・ナインの眼差しに怖気づきながらも、カードを引く。


(早くて、次のターンにスノー・ブルームがくる……)


 マリアの手札にはスノー・ブルームがある。魔法カードも一枚。自身の手札を眺めながら対戦を受けたことを後悔していた。


 練習と実際にホログラムを起動させた対戦は空気が違っていたのだ。神威との練習時はホログラム機能は切っている。それに二人だけという空間だ、誰かに見られることはない。しかし、此処は学校の廊下である。



「あ、カードファイトしてるじゃん」

「本当だ」



 騒ぎを聞きつけやってくる野次馬。その眼差しにまだ、まともに対戦した経験のない咲夜は緊張で押しつぶされそうになっていた。


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