第4.5話:頼んだ理由
放課後直後の学園裏のカフェ「ノーランド」は昨日より早い時間ということもあり、学生で賑わっていた。それもあと数時間もすれば学生は疎らになるらしい。
神威は店員を呼び、数分話をすれば奥の個室へと通された。咲夜はきょろきょろと周囲を見渡す。
通された部屋はカラオケボックスのような雰囲気だった。広い室内にテーブルとソファがあるだけのシンプルな造りである。
窓は無く、外から覗かれる心配はない。部屋も関係者区域の場所のため、店員がしっかりした人ならば出待ちや立ち聞きもされる心配がなかった。
「学生プロトーカーが良く使ってる部屋だ」
神威はメニュー表を店員に見せながら「お前は何にする」と促す。アイスココアを注文すると二人は席に座り、鞄から参考書とノートを取り出した。
「へぇー、プロトーカー専用かぁ」
「こういうところがねぇと周囲がうるせぇからな」
神威は面倒くさげにノートを広げながら言う。特に学生が多い場所だとゆっくりお茶もできないのだと。
プロトーカーとなるとテレビ出演もあり、そこそこの知名度を持つ。そうなると声をかけられるだけならばいい。けれど、ファンなどからの盗撮などいろいろと問題が起こる場合があるのだという。
「行かなきゃいいだけだが、待ち合わせなんかに丁度いいだろ。そんなときに便利なんだよ」
「確かに便利ですね」
気軽にファストフード店に行けないのは学生からしたら大変だろう。咲夜がそう思っていると、店員が飲み物を持って部屋へと入ってきた。
ごゆっくりどうぞと笑顔をみせる店員は慣れているのか、神威に「もう一時間もすれば学生はまばらになると思います」と耳打ちすると部屋を出て行った。
「えっと、じゃあ……やりましょうか。まずはこの参考書に付属されている小テストからやってみましょう。中学三年の学力総まとめテストみたいなんで」
「……頼む」
飲み物もきたことだしと咲夜がそういうと神威は参考書を開いた。
*
頼んだ飲み物を口にしつつ、もくもくと勉強をする。時折、だるそうに眠そうにする神威に咲夜はシャーペンで額を小突きながら間違っている箇所を指摘した。
そうやって一時間ほど経った頃だろうか。神威の集中力が切れているのを感じ取った咲夜は参考書を閉じた。
「そろそろやめますか、きりがいいですし」
「ほんっと、こんなん何の役に立つんだよ」
特に理科とぼやく神威。社会は一応、役に立つと思っているんだなと咲夜は関心しつつ、神威のノートに目を通す。
「数学、間違いが無いですね……」
参考書に付属されていた各教科の小テストの回答と照らし合わせながら咲夜は驚いてした。
数学だけは間違いが無かったのだ。これなら次の学力テストで他の教科が散々でも、順位が下のほうになるのは避けれそうであった。
「英語もスペルミスが所々あるだけですし、大丈夫かと。私なんかよりできてますよ」
苦手な教科上位に入るであろう二つを彼は得意としていた。これならば勉強を教わらなくても問題ないのではと思うほどである。
ただ、理科と社会が足を引っ張っていた。それさえどうにかできれば学力順位の平均をキープできるのではないだろうか。
「全ての教科を平均点以上取らなきゃ、親がうるせぇ」
「厳しいですね」
「プロトーカーってだけで頭悪い餓鬼だと思われたくねぇらしい」
神威はうーんと背伸びをするとノートと参考書を鞄にしまい頬杖をついた。
彼の両親が言わんとしていることは解らなくも無い。カードゲームの才能だけで頭はからっぽだと陰口叩かれるのは親も子も嫌だろう。
プロトーカーだけでなく、社会に出て困らないようにと勉強させるのは親心としては当然である。
「まぁ、英語も数学も、レコード・トーカーをする上で理解力上げるためにやったらできただけなんだがな」
計算力を上げるため、対戦相手との対話のためと。そうやって勉強していたら、他のところもできるようになっていた。
全てがレコード・トーカーで回ってますね。そう咲夜が口にすれば、「俺の唯一、好きなことだからな」と返事がかえってきた。
「唯一?」
咲夜が首を傾げると神威は「別に大した意味はねぇ」と笑う。
どんなに両親が玩具を与えようと、何かを薦めようと。友人が熱中していようと興味が湧かなかった。それの何処がいいのかと。
ただ、レコード・トーカーだけは違った。父親がカードゲームはどうだと流行していたレコード・トーカーを推した。そこから初めて何かに熱中できた、興味を持った。
「親が病気なんじゃねぇかって、心配するぐらいには無関心で遊んだりしねぇ餓鬼だったみたいでな。熱中してカード集めだしてたら、あの時まだ高騰していたオルター&レコードスコープを小学生に与えてきた」
「それだけ無関心だったら親も心配しますね」
やっと何かに興味を示したと喜んで買い与えてしまう気持ちも頷ける。
神威自身もどうしてあそこまで無関心だったのか、今でもよく分からないらしい。昔ほどではないが、今でも興味があるものは少ないのだとか。
オシャレやらゲームやら分からんと言う神威に、咲夜もそこらへんは自身も分からないなと思った。最近の流行なんかもそういえばよく知らない。
そこでふと、思った。
「そういえば、思ったんですが……どうして私だったんですか?」
咲夜は参考書を仕舞いながら、過ぎった疑問を口にした。
ノートなら他の誰かでもよかったのではないだろうか。彼にならきっとクラスの生徒は喜んで貸すだろう。
勉強だって家庭教師を雇えばいい、自身である理由はない。咲夜は昨日聞くべきだったなと思いつつ、神威を見詰める。
「お前は俺に興味がなさそうだったから」
神威はそう言って椅子の背もたれに寄りかかった。周りが騒いでいても、俺が隣にいても全く興味ないっていう態度、それがよかったと。
好意を持たれるのが嫌なわけではないが、「もしかしたら」と何か期待する眼差し。粗を探す邪ま欲、それが嫌だった。
「お前は俺がプロトーカーって知っても、特に対応が変わることはなかったからな」
咲夜はプロトーカーに疎いだけだったのだが。それでも知っていたとしても、きっと接し方は変わらなかっただろうなと咲夜は思う。
有名人だとしても、彼は一人の学生である。なら普通に接するのは当然のことだ、変に敏感になる必要は無い。
もちろん、豪い人ならば話は別だがそうではないのだ。気を使いすぎても相手に失礼だろう。そんな咲夜に神威はそのほうが俺は助かると言った。
「興味もたれてぎゃあぎゃあ騒がれなければそれでいいんだよ」
「まぁ、私はダスク・モナーク様以外には特に興味はないんで」
「俺はカード以下か」
「はい」
きっぱりと言い放つ咲夜に神威は呆れて黙ってしまった。
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