第2話:交渉成立
「あぁぁぁぁ!」
咲夜は思わず叫ぶ。自分でも驚くほどの声の大きさに慌てて口を覆った。辺りを見渡すと時間帯のせいか客は二人しかおらず、店員も特に気にはしていないようだった。
大声で話す学生で慣れてしまっているのだろう。咲夜は目の合った店員に小さく頭を下げると、カードを食い入るように見つめる。
「よ、よくわかりましたね」
「デッキとお前の言っていた容姿でわかった」
透明なスリーブに大事そうに仕舞われているそのカードを神威はテーブルに置くと、小さく溜息をつき考える素振りをみせた。
「…………よし」
何を考えているのだろうか。咲夜はそんなことを思いながらも、目の前にある憧れのカード、ダスク・モナークから目が離せない。
ダスク・モナークのカードは珍しい部類に入る。こんな間近で見れることなどそうないだろう。そんな咲夜を他所に暫く考えていた神威は、何かを決めたようにそのカードを差し出した。
「まずはこれを貸してやる」
「うぇっ、えっ⁈」
貸すと言われ、咲夜は動転する。これがどれだけ価値のあるカードかなんて咲夜でも解っていた。そんな軽く貸すことができるカードではないことを。
「このカード、プレミアついてるレアカードですよねっ!」
「あぁ、そうだな。大会入賞者限定の賞品カードだからな」
カードにはその希少性からプレミアがつき、価格が高騰する。ダスク・モナークもそのカードの一つだ。約五年前のカードではあるが、公式大会入賞者限定の賞品カードということでかなりの額になっていた。
数が限られているカードというのは出回りが少ない。故に高額となり、手が出せなくなってしまうものが殆どだ。
「なかなか見かけないって思ったんですけど、大会入賞者限定の賞品カードだったんですね」
カードショップで探しても見つからないわけだと咲夜は納得したように頷く。手に入れられなくともカードを拝めればとショップを回ったことはあったが、売っている店は知る限りなかった。
売っていたとしてもコレクターが買い占めるなんていうこともよくあると神威は言う。
「使ってるプロトーカーもいねぇからな」
「そうなんですよ、だから全然拝めなくてっ! 何でなんですかっ!」
「他にもっといいカードがあるからに決まってんだろうが」
あとはカードの好みだと神威はきっぱりと言い放つ。そう言われてしまうとぐうの音も出ない。誰だって好みはあるし、使えるカードのほうを扱いやすいカードのほうを選ぶ。
大会入賞商品当初は使われてはいたが、カードというのは日々変化していく。発売されるカードによって環境は変わってくるからだ。そうやって使われなくなってくるものは少なくない。
「カードはやらねぇよ。カード登録だけさせてやる」
カードは一度、登録すればオルターに記録される。持ち主から借り受けたものでも同意さえあれば問題なく使用ができる。
カード登録、咲夜はどうするか決めかねていた。目の前にあるのは憧れのカード、ずっとずっと探していたものだ。けれど、借りるというのも申し訳ない。
「お前が出世払いで払うっつうなら渡さなくもねぇがな」
悩んでいる咲夜に悪い笑みをみせながら神威はカードをひらひらと振った。なんてことを言うのだと咲夜は思ったが気持ちが揺らいでいた。
「…………」
「真剣に考えてんじゃねぇか」
「いや、だって! だって!」
憧れのカードが目の前にある。それが手に入るかもしれないと聞いて悩まないわけがない。例え、出世払いであっても欲しい、それほどに好きなのだ。
咲夜はテーブルに突っ伏し悶えていた。それはもう分かりやすく、悩む姿に神威は若干引いている。そこまで好きかと。
「……そんなに好きか、このカード」
「大好きです、ほんと……神」
「わっかんねぇわ……」
キャラクターが好きだというのは聞いたことはあるが、神と真剣な表情で言ってのける人物に会ったのは初めてだ。
一目惚れというだけあり、本当に求めていたものなのだろう。好きであるという思いは伝わってきた。
好きならば受け取ればいいだろうに、咲夜の悩みように神威は理解できない様子だ。
「……でも、出回り少ないし」
「俺は三枚所持してるがな」
「ふぁっ⁉」
「ジュニア部門で優勝してるからな、俺」
優勝者は限定賞品カードを複数枚、授与されるのだと神威は言う。このカードを三枚持っているというだけで咲夜は彼が神のように思えた。
他にもダスク・モナークをサポートする専用カードというのも所持していると言えば、咲夜は羨ましげに神威を見つめていた。
「登録したら大会に使用する以外は飾りだからな、カードは」
残りの二枚は部屋に飾ってあるという。その部屋に是非行ってみたいと口に出そうになるのをぐっと堪え、咲夜はじっとダスク・モナークを見つめた。
「でも、どうしてそうなったんですか?」
咲夜はどうしてこのカードを貸してくれるのか、それが気になっていた。カードの講師を頼んだけれど、貸してくれとは言っていない。
「お前の所持しているカードでデッキ組もうとしたら、切り札になるカードが無いんだよ」
神威は咲夜のオルター画面を指した。
レアカードを所持していないわけではない。強いカードが無いわけでもない。けれど、ダスク・モナークを求めるあまり、彼女の所持しているカードは偏っていた。
ダスク・モナークのモンスター効果に使用する、死霊族モンスターが多い。それ以外はパックに入っていたんだろうなといったものだけ。
「こんなもん、教える以前にどうしようもできねぇんだよ。お前がダスク・モナークが好きな気持ちは解った。だが、持ってもねぇのにデッキ作ることを考えてんじゃねぇ!」
「ごもっともです、はい」
「勿体無いカードが結構あるんだよ。このカードとか、切り札に成りえるモンスターカードなのにそれに合った大地属性のカードは持ってないし」
探したら出るわ出るわ。オルターのカード一覧に表示される数々のモンスターカードに、咲夜ははーっとそんなもの持っていたのかと言わん表情で眺めていた。
切り札になりえるカードもそうだが、有用なカードも多く咲夜は持っていた。持ってはいるけれどそれを活用できるほどのデッキを作りうるためのパーツが足りないのだ。
こんなの持ってたっけ? と驚いているそんな咲夜に神威ははーっと息を吐き、問う。
「このカードとカードファイトがしたいんだろ?」
「はい、それは間違いないです」
神威は咲夜の迷い無い返事にカードをもう一度、差し出した。
「なら、このカードを仮登録しろ」
カードレンタルなどで使用される仮登録機能。それは、モンスターAIが組み込まれているカードを保護するための機能だ。
モンスターAIはパートナー登録をするとマスターであるプレイヤーデータに依存する。それにより、ゲームから日常までのサポートを行うことができるのだ。
持ち主のデータを不正利用しないため、あるいはコレクターからカードデータを登録するだけの時などに使用される。
本登録するにはカードデータのクリーンアップか、持ち主がAIに登録相手をマスターとして認める設定にするしか方法はない。その場合、前持ち主のデータは削除される。
有無を言わさない神威の瞳に咲夜は恐る恐るそのカードに触れる。そして、震える手でオルターに翳した。
【新規カードデータを確認。モンスターAIが導入されています】
起動しますか? 表示された選択に咲夜は起動を選択した。
オルターが起動し、ホログラムが現れる。薄く表示されたそれは、瞼の裏に焼きついて離れないあの姿をしていた。
黒き鎧を身に纏い、兜から見える白い肌に全てを見透かすような赤い瞳。黒く長い一つに結われた髪をマントと共に靡かせ凛とした姿。
大鎌を携え空中を浮くそれは紛れもない憧れの、一目惚れしたモンスター。常夜の国―ダスク・モナーク。
咲夜は慌てて眼鏡タイプのレコードスコープを装着する。綺麗に映し出されるその姿に感嘆の声を漏らした。
ダスク・モナークは咲夜に目を向けると腕を組んだ。
『せいぜい、マスターとして認められるように励むといい』
ダスク・モナークは低くけれど佳音な声でそう言い果つとオルターの中へと戻っていった。
返事すらできなかった。目の前に現われたそれを再び見ることができた、その衝撃で。信じられない、夢かもしれないそう思う自身と嬉しいという感情が込上げてくる。
感動で声も出ない咲夜はテーブルを何度も叩き、喜びを噛み締めている。
「大丈夫か、お前」
「もう、死んでもいい……」
「いや、そこは言われたんだがら、励めよ」
「励む、頑張る、私、頑張る」
語彙力を無くしたように励む、頑張るを繰り返す咲夜に神威は呆れて。それ以上は突っ込まなかった。
「まぁ、とりあえず明日からな」
「解りました。じゃあ、今日までのノートをどうぞ」
落ち着きを取り戻した咲夜はオルターの電源を切る。そうなるまでに数十分かかったのだが、それは置いておく。憧れだったのだがら興奮するのは仕方ないことなのだ。
咲夜が落ち着くまで待っていた神威からしたら、とんでもない奴だと思われたかもしれないと思わなくもない。けれど、感情は抑え切れなかった。
とりあえず、勉強もカードのことも明日からと決めた二人。咲夜は鞄からノートを取り出すと神威に渡した。
「まだ、そんなに授業進んでないので大丈夫だとは思いますけど。来週、学力テストがあるみたいなんですよ、中学三年間分の総まとめ的なやつ」
「面倒くせぇ……」
咲夜は出てくるであろう大まかに当たりをつけていた箇所を神威に教える。神威はうわっと嫌そうな表情を見せる。苦手な部類が含まれていたようで、生物とかふざけんなと呟いていた。
「外れるかもしれませんけど、多分出ると思うんですよ」
「わかった」
助かる。神威は教えられた箇所をメモするとノートを鞄に仕舞う。
「じゃあ、明日」
神威は伝票を手に立ち上がる。咲夜は日が暮れ始めていることに気づくと、慌てて席を立った。伝票を持っている神威は支払いを済ませ、店を出ようとしている。
「ちょっと、お金」
「たかだか、数百円だろ。気にすんな」
神威はひらひらと手を振って駅の方へ歩いていってしまった。
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