第一章……レコード・トーカー

第1話:九条神威の頼みごと

 放課後の教室というのは静かなものだ。運動場から部活動生の掛け声がわずかに聞こえるだけ。


 左腕につけたオルターで時刻を確認すると咲夜は黒板消しを仕舞った。この私立御伽学園に入学してから一ヶ月。高校生活、初めての日直業務に中学校とは少し違うのだなと不慣れな手つきで作業をこなしていた。


 後ろでは共に日直業務をしている男子生徒、九条神威くじょうかむいが自身の席で欠伸をし、頬杖をつきながら日誌を書いている。長い紅の、ポニーテールにされた髪が机にだらしなく乗っていた。


(今日は登校してこれたんだな……)


 九条神威はプロトーカーだ。最年少でプロ入りした彼には多数のスポンサーが付き、公認大会のゲストや広告出演などで多忙を極めている。


 入学式にも彼は出席せず、登校してきたのは新学期が始まってから二週間が経った後だ。クラスの生徒は神威が教室に入ってきた途端にざわめき、ちょっとした騒ぎになっていた。


 けれど、レコード・トーカーは好きだが、選手には特に興味の無い咲夜は彼を知らなかった。有名人かと思った程度だ。CMで見たことあったかもしれない、それぐらいである。


 その後も日を飛ばし飛ばしに彼は登校し、今日は三日ぶりとなる。


(隣の席の子が有名人だとは思わなかったなぁ)


 こんなこともあるのかぁと次の日直を示すプレートを変えていれば、ぱこんとノートで頭を叩かれた。


 頭を抑え振り返ると日誌を持った神威が腰に手をあて立っていた。書き終わったのかと咲夜はそれを受け取ろうとする。すると、彼は切れ長の金色の瞳を細め、日誌を担任のデスクに抛ってしまう。



「ちょっと付き合え」



 神威の行動に固まっている咲夜の有無も聞かず、彼は二人分の鞄を手にすると教室を出て行ってしまった。



          ***



 学園の裏側、駅から反対の場所にあるカフェ【ノーランド】。その奥の席に咲夜は腰を下ろしていた。目の前には携帯電話をいじりながら、ジュースを飲んでいる神威がいる。


 彼に言われるがままに着いてきたのだが、何のために呼ばれたのか解らなかった。



「あの、どうしました?」

「頼みがある。ノートを写させてくれ」

「……はい?」

「勉強も教えてくれると助かる」



 意外な言葉に咲夜は間抜けな声を出してしまう。彼の口から勉強という言葉が出るとは思わなかったのだ。


 彼はプロトーカーだ。多少、勉学ができなくともカードセンスでやっていける。そう聞いたことがあるので意外だった。



「親がうっせぇんだよ、成績下がると……」

「あー、なるほど」



 どうやら神威の両親は厳しいようだ。カードばかりで勉学をおろそかにするのは許されないらしい。勉強ができない、頭が悪い、カードゲームだけと言われるのを避けたいようだ。



「えっと、私はそんな頭良いわけではないから……」

「別に多少できればいいんだよ、出来れば。それにタダとは言わねぇ。俺にできることならする」


「できることって……えっと、九条くん」

「神威でいい」


「あ、じゃあ、神威くんがえーっと……できることなら、いいんですよね? でも、そんなの気にしなくても……」


「お前が気にしなくても、俺が気になるんだ。頼む」



 勉強を教えているというのを弱みとして、あれやこれやと言ってくるのを避ける目的もあるらしい。確かにそれは面倒であるなと咲夜は考える。真剣に頼んでくる彼を無下にはできなかった。


 そうは言われても何かあっただろうか。そもそも彼のことをあまり知らない。うーんと考え、彼がプロトーカーであることを思い出す。そうだ、彼はプロトーカー。このカードゲームのプロなのだと。



「じゃあ、あの……」

「なんだ」



 一つ思い浮かんだ咲夜は遠慮しがちに口を開く。



「レコード・トーカーを、教えてくれませんか?」

「はぁ?」



 考えを巡らす咲夜に、何を言われるんだと身構えていた神威は意外なことに驚き目をぱちくりさせていた。



「いや、その、私……ルールとかがいまいち解らなくて……」

「その腕に装着つけてるのはなんだ」

「……オルターです」

「最新型だな」

「はい……」



 咲夜は神威に指摘され、左腕に装着しいるオルターに触れる。そんなものを持っていたらルールぐらい解っているだろうと普通の人なら思う。何故なら、オルターにはルールが表示されるのだ。


 特に咲夜の持っているオルターは最新型である。旧型と違いルールの説明などもより分かりやすく表示されているのだ。それにオルターにはいくつかの機能がある。



「モンスターAI設定すれば教えてくれるだろうが」

「そう、なんですけど……」



 機能の一つ。レコード・トーカーの一部、モンスターカードには特殊なAIが組み込まれている。それをオルターに登録することで、パートナーとしてゲームのことから日常のことまで様々なことをサポートしてくれるのだ。



「こう……いっぺんに話されると、よく解んなくて……」



 AIには性格が設定されている。彼らは人間のように対話をし、話し方も上手い。自己学習能力も高く、日常だけでなく仕事などもサポートしてくれる。


 確かに話し方は上手い。上手いのだが、口で映像で説明されてもいまいちよく解らない。



「こう、なんていうか……頭に入ってこないというか……」

「なんでそんなのでやりたいと思うんだよ」



 神威は呆れたふうに咲夜を見る。


 呆れられるのも仕方ない。AIの説明で理解できていないのだから、教えても意味がないだろうと思われるのは当然だ。それでも咲夜は諦めたくはなかった。



「……憧れというかもう一度見たい、手にしてみたいカードがあるんです」



 咲夜はストローでココアをかき混ぜながら語った。


 咲夜は幼い頃に母を亡くした、病である。母に似てか昔は病弱であった彼女は入退院を繰り返していた。そのせいか友達という友達もいなかった。



「あ、今は大丈夫ですよ。父は母を亡くしたこともあり仕事と家事で忙しくて……。そんな時に出会ったカードがあったんです」



 病室のテレビで流れていた大会の映像。そこに映し出されたモンスターカードの姿に目が奪われていた。


 黒き鎧を身に纏い、大鎌を携えている。兜から見える白い肌に赤い瞳は全てを見通すかのように澄んでいた。黒く長い一つに結われた髪をマントと共に靡かせ凛とした姿。瞼の裏に今でも浮かぶその立ち振る舞い。


 子供ながらにその綺麗で美しい姿に感動した。そして、思ったのだ。


『使ってみたい』


 もう一度、会いたい。使って対戦してみたい。そう思いカードを集め、治療にも専念したのだと咲夜は話す。



「一目惚れってやつですかね。それに単純だったんです、私。ルールも解らないくせに、カード集めてデッキみたいなのを作って……やってる友達もいないのに……」



 自身の周りの女子はレコード・トーカーには興味がなく、かといって男友達がいたわけでもない。ただでさえ友達が少ない咲夜には話のできる存在はいなかった。



「まぁ、女の子がカードかって言われたこともありましたけど……」



 女性プロトーカーが活躍し、女性プレイヤーの数が増えたとはいえ、まだ偏見というものは残っていた。今ではだいぶ減ってきたが、咲夜が小学生の頃にはまだあり、何度か言われたこともある。



「可愛いモンスターカードとかを好んで集めていれば、まだよかったのかもしれないんですけどね……」



 咲夜は苦笑しながら、オルターに登録したカードの一覧を神威に見せた。登録されているモンスターを見て神威ははぁ? っと思わず声を上げる。



「ほとんど、死霊族じゃねぇか」



 咲夜の登録されたカードは殆どが死霊族モンスターであった。見た目が綺麗なものや、可愛らしいものも中には存在するが、どれも女子受けするかと言われると微妙なカードばかりだ。


 肉塊やミイラ、ゾンビ、幽霊。独特な絵柄から可愛らしいものまで混在する死霊族のモンスターを選ぶ女子はそう多くはない。



「それにお前……デッキの組み方……」



 咲夜のオルターをいじり、デッキを確認した神威はあまりの意味不明さに項垂れる。


 どれが切り札なのかも解らなければ、相性すら考えられていない内容だったのだ。ど初心者であることはこのどうしようもないデッキを見れば分かる。


 神威はあーっと息を吐くと表示されたデッキを咲夜に見せた。



「まず種族統一。切り札に合わせて考えられているならいいが……このデッキの切り札はなんだ。レアカードは入っているが、どれも切り札ってほどまではいかねぇぞ。あと、防壁カードも魔法カードもとりあえず入れとけってもんじゃぁねぇ」



 まず、デッキのテーマが決まっていないため、何がしたいのかまったく解らない。初心者にありがちなものもあるが、それ以前にルールを把握できていないことによるミスなども多い。ダメなところを挙げてはみるがありすぎて困る。指摘するほうも大変なレベルだ。


 自身でも上手くできていないのは理解していたのか、咲夜は指摘された言葉を頷きながら聞いていた。


 そんな咲夜の様子に神威は何か褒める箇所、良い箇所がないかと探す。指摘するだけでは相手を落ち込ませるだけで伸びはしないと彼は知っている。


 再びデッキのカードを一枚一枚確認するとふと、何かに気がついたのか神威は目を細めた。


(……このカード。こんなのあったか?)


 咲夜の選んだカード。それは要所要所、他とは違っていた。


 今は使っているトーカーもいない、けれど使えなくはないカード。神威ですら忘れていたものまで含まれていた。そのどれもが今でも通用するような性能を兼ね備えている。



「……お前、カードを見つけてくる才能だけはあるんだな」

「どういう意味ですか?」

「昔のカードから今でも通用するカードを見つけてくる才能」



 レコード・トーカーは他のカードゲームと違い、突然販売中止になったパックや発売から一週間も経たずに販売終了したパックなどが存在する。


 再販されることはなく、そのためリストすらネットに掲載されずに販売価格すら設定されていないカードも多い。


 しかし、販売が終了しただけでそのカード自体は使用が可能である。さらにカードの発売も多く、企業コラボの限定ものも存在した。



「このゲームの難点はカードデータは機械に登録されていても、カードを所持していないと使用できない。オルターからデータだけを購入することも不可能」



 全てを機械だけで終わらせず、カードという物品として販売する。それが悪いことではないが面倒な部分もある。使いたいと思っていても、そのカードを所持していなければ使用はできないのだ。


 何度も指摘されていることではあるが公式はそれを直そうとはしない。だから、プロトーカーはカードを多く集め、時にはコレクターと交渉し、カードを集めているのだと神威は話す。



「こういうのを探せるやつはコレクターに向いている。っても、お前はカードファイトがしたいんだったな」



 対人にも向いてはいる才能ではあるが、本人の実力がついてきていないことには話しにはならない。どうしたものかと考えていると、ふいにこのデッキの共通点を見つけた。


 一つは種族の統一、咲夜のデッキは死霊族で統一されていた。二つ目は進化モンスターのサポート系モンスターが多く含まれていること。そこで、咲夜の言っていた憧れのカードが頭に過ぎる。



「お前の一目惚れしたカードっていうのは……」



 神威は鞄をあけ、一冊のカードファイルを取り出した。それをぱらぱらと捲り、一枚のカードを取り出して咲夜に見せる。



「常夜の国―ダスク・モナークのことだろ」



 見せられたカード。それは紛れも無く、小学生の時に見たあの綺麗で美しいカードだった。

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