レコード・トーカー〜初心者カードゲーマーと運命のカード〜(改題)

巴 雪夜

一目惚れしたのはカードゲームのモンスターでした

一目惚れしたあのカードに近づくために

プロローグ:憧れのカード

 春、桜が咲き誇る並木道は見頃である。今日は高校の入学式があったということもあり、親子連れの姿もちらほらいた。まだ新品な制服に身を包み、親と話す子供たち。


 そんな桜舞う風に長い黒髪を靡かせ、並木道を歩きながら咲夜は振り絞るように声を出した。



「お父さん、私……オルターとレコードスコープが欲しい」



 オルターとレコードスコープその単語に父親は目を瞬かせる。


 それは全世界で流行している次世代VRカードゲーム【レコード・トーカー】をプレイするために必要なものだ。


 そのゲームをするためにはオルターと呼ばれる通信端末と、ホログラムで実体化したモンスターを見るためのレコードスコープが必須となっている。


 スマートフォン端末のような機能と形状をしているオルターは通信端末として携帯でき、そのため未成年は親の同意が無くては購入ができないようになっていた。



「その、女の子がカードゲームとかって思うかもしれないけど、私は好きで……」



 レコード・トーカーは今や世界規模とかし、カードファイトは競技や職業として認められている。それを生業にしている存在をプロトーカーと呼び、その中には女性も活躍していた。


 カードゲームは男の子向け、そんな風潮が未だにある。けれど、レコード・トーカーはプロとして女性が活躍していることもあるのか、女性プレイヤーも多い。


 真新しい制服のスカートの裾を握りしめ、咲夜は父の返事を待った。


 カードを集める娘を父は不思議そうに見つめていたのを覚えている。お小遣いを貯めて買ったカードを大事に仕舞っている姿に「楽しいのか」と一言だけ呟いていたことも。



「…………そうか」



 父は小さくそう返事をする。たったそれだけしか言わなかった。何か聞くでもなく、反対するでもなく。黙ったまま桜並木を抜け、駐車場にたどり着くと止めていた車の鍵を開け乗り込んだ。


 ダメだったか。咲夜は落ち込んだふうに俯くと後部座席へと乗る。断られるのも無理は無い。何せ、高いのだ、端末が。最新型のオルター&レコードスコープのセットは最新スマートフォン端末よりも、下手なパソコンよりも高い。


 旧型でも機能に支障はない。最新モデルじゃなくてもよかった。あのカード、小学生の時に出会ったあのカードをもう一度、見るためなら性能なんて関係ない。


『携帯電話が必要だろう』


 父から高校入学したことに対してのお祝いにと言われた言葉。今しか言えるチャンスはないと思った。それよりも欲しいものがあると。



「はぁ……」



 咲夜は小さく溜息をついた。

 咲き誇る桜を車の窓から眺めながらバイトでも始めようかと考えを巡らせている。そんな様子を父はバックミラー越しに見ていた。




          ***




「咲夜」



 仕事から帰ってきた父は背広を脱ぎながら大きな袋を咲夜に渡した。お土産だろうか。咲夜は特に気にもせず覗き、その中身に驚愕した。



「それでよかっただろうか」



 袋の中身、それはオルター&レコードスコープであった。父は不安げにそう言うと頬を掻いた。


 咲夜の父、久信は娘の初めてのお願いにどう返事をしていいのか解らなかった。妻を若くに亡くし、幼い娘を育ててきた。娘はそんな父に遠慮してか、幼い頃から我侭を言わなかった。


 病弱だった娘に「何か欲しいのはあるか」、「身体は大丈夫か」と声をかけても娘は首を左右に振り、「大丈夫だよ、お父さん」と答えるばかり。身体がよくなった今でさえ、その調子であった。


 子供に気を使わせてしまっている。何度、申し訳ないと思ったことか。そんな娘が競技や職業にも認められているカードゲームに熱中している姿を見て、楽しみをみつけられたことが嬉しかった。


 どうしてカードゲームなのか不思議に思わなくもなかったが、そんなことよりも楽しそうにカードを眺める娘の姿が微笑ましかった。


『お父さん、私……オルターとレコードスコープが欲しい』


 振り絞るような小さな声で言う咲夜の表情に久信の思考は固まってしまった。初めての娘からのお願いにどう反応していいのか、思考が追いつかなかったのだ。


『…………そうか』


 やっと出てきた言葉はあまりにも素っ気無く。娘の落胆した表情に違うのだと、お父さんは驚きのあまり声がでなかっただけなのだと。けれど、それ以上は何も言えず。


 次の日である今日、仕事が終わってすぐに初めてカードショップへと足を運び、店員に「一番、良いのをください」とテンプレのような言葉を口にしていた。



「あ、あぁ……最新型のメタリックピンクだっ……」



 咲夜は袋から箱を取り出すと恐る恐るオルターを手に持った。


 夢にまでみたオルターは携帯電話のように薄型で軽かった。タッチパネル式でレコードスコープをかければ映像が浮き出てみえる。

 

 眼鏡タイプのレコードスコープをかけ、恐る恐る電源を入れてみる。初期設定画面を映し出したそれに咲夜は身悶えた。

 


「あ、あぁ……」

「咲夜?」



 機械を掲げ、悶えている娘に間違っていただろうかと久信は不安げに呼ぶ。こんな姿の娘を見たのは初めてであった。



「あ、ありがとう、ございます!」



 がばっと顔を上げた咲夜の表情は嬉しさのあまり頬が緩んでいた。


 嬉しかったのだ。これであの憧れのカードをもう一度、拝めるかもしれないと。


 機械を操作しながらきゃっきゃっとはしゃぐ娘に久信は胸を撫で下ろした。そして、今までに見たこともないような、笑顔に眩しそうに目を細めた。


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