11-4 異世界に来たから負けたと思ってる
「草薙……さん?」
八坂が言った。
「お前、まだいたのか。草薙さんって誰だ。いいから逃げろ!」
「草薙さんだよ! ほら、『きりかぶ』の!」
きりかぶって、大学の時の……
(ウソだろ)
4年前に死んだはずの草薙さんが……
歩いてくる。放電する剣を携えて。魔王として。
自殺だと、噂されていた。
草薙さんは八坂と同等かそれ以上に自分の力を信じていて、新人賞に応募するのではなく、自力で電子書籍を出版していた。今でもアマゾンで買うことができる。売れ行きについて直接聞いたことはなかったが、売れていたならきっと死ぬことはなかっただろう。
というか、死んだのではなく、「裂け目」に飲まれて異世界に来ていたのか。
夢破れた作家志望者の末路。他人事とは思えない。
けれど、今は、負けるわけにはいかない。
「とりあえず八坂、お前はもう役立たずだ。引っ込め」
「そうかもしれないけど、放っとけない。だって草薙さんじゃん」
「情に流されてる場合か。あの表情を見ろ。たぶん、元の人格はほとんど残ってない。破壊衝動だけで動いてるんだ」
「だったら冷静に反撃してきたのおかしくない?」
う、それもそうだ。が。
「いくら放っとけないと思ってもお前には何もできないんだ。退却して回復に専念しろ」
「でも」
接触まであと20メートル。言い争ってる場合じゃない。
俺に意識を向けさせる。
今撃てる最強術。【黒竜破】、の、【諸手撃ち】――【螺旋黒竜破】!
渦巻く黒い波動は……
(マジかよ)
……あっさりと両断され、左右に分かれて空しく木立に突っ込んだ。
草薙さん、いや、魔王の目は、八坂を見ている。やはり冷静。弱っているほうから潰す気だ。
(そうだ!)
土壇場で閃いた。俺の固有スキル、【挑発】!
「やぁどうも草薙さん! お久しぶりですねお元気でしたか」
「え、ちょ、杉原君どうしたの」
八坂に構わず、続ける。
「草薙さんって確か個人で電書出してましたよね? 今さらですけど、売れました? 俺はおかげさまで去年、新人賞取ったんですよ。初回一万部でしたけどバンバン重版かかって八万部までいきました。しかもね、売れ筋のテンプレじゃないんですよ。担当からも『君は十年に一人の逸材だから自由に書いてくれ』って言われてて。自分で言うのもなんですけど俺って才能あったんですね」
ほぼほぼ嘘だ。重版などかかっていない。
「で? 草薙さんはどうなんです? 十万部ぐらいいきました? 新人賞の関門スキップして自信満々で発表しちゃうんだから、それぐらい売れてなきゃ恥ずかしいですよねえ」
魔王の足が止まった。もう一押し。
「あれれ、もしかしてですけど、見向きもされなかった系ですか? そんで心折れて闇堕ち? うわー、最悪。中学生じゃないんだから、身の程を知って社会の片隅でひっそりと生きていけばいいじゃないですか」
「ナンかイってるヤツ、だれダっけ、キミ」
目が合った。
背筋に悪寒。
(殺される!)
けど、挑発は成功だ。
【飛翔】発動!
「ねぇクソ薙さん、ゲームでもしましょうか。俺のこと捕まえられたらクソ薙さんのクソ原稿読んで、プロ目線でアドバイスしてあげますけど、どうです?」
「ふウん、ジャアおネガいシようかナ」
来……た!
全力で離脱。捕まったら終わりだ。
海へ!
持てる力をスピードに全振りする。応戦はしない。
――本音を言うと、草薙さん、あなたが羨ましいです。俺はあなたほど……死ぬほどには、思いつめていない――
およそ15分後、俺は八坂たちと焚火を囲んだ無人島に着地し、意を決して身構えた。
魔王がゆったりと着地する。
日の暮れた海岸。決戦には似つかわしくない、穏やかな潮騒。
砂を踏みしめて、一歩一歩、文学に殉じた魔王が近づいてくる。
「おもいダしたぞオまえはスギハラとかイウしろうと。オまえのよウなやつがジュショーだと? ああソウ、よカったネすごいすごい。どうせコネだろ? そうデなきゃナンにもわかッてないオまえごとキがショーなんかとレルわけがないんだゼッタイそうにキまってる。そうとも」
「……」
「お前より俺のほうが優れているお前より俺のほうが売れるはずお前より俺のほうが時間をかけた必死だった石にかじりついたお前より俺のほうが」
ヒュッ……と、魔王は穴に落ちた。
(……ふう)
「やりましたね、勇者様!」
と、そこらへんの茂みに隠れていたココナが姿を現し、親指を立てた。
現実世界へ繋がる魔法陣を描かせ、砂で隠した。狙撃で仕留め損なったら、ここへおびき寄せて、強制送還する計画だったのだ。
うまくいってよかった。
「死んだと思ったわ」
一気に力が抜けて、俺は砂の上にへたり込んだ。
たまたま面識があったから、挑発できた。運に恵まれた。
(……いや、違うな)
そのへんのこともひっくるめて、ココナのじいさんの占い通りだったってことだろう。宿命論は嫌いだったけど、世の中「巡り合わせ」ってあるもんな。
「じゃあ、俺も行くよ」
「え、もうですか? まだこちらにいらしてくださいよ。これから英雄としての凱旋パーティーで女の子たちにモテモテですよ?」
「……」
「お疲れでしょうし、ゆっくりしていったらいいじゃないですか。な、何でしたら、そのー、『女の子たち』に私も加わったりなんかして……いえ、別に、需要がなかったらいいんですけど!」
「ありがとう、ココナ。この何ヶ月か、楽しかった」
「……」
「この世界には望んで逃げてきた。けど、やっぱり俺は現実世界の住人だ。異世界に行ったら負けだと思ってる。負けた分、今から取り戻したい。草薙さんと一緒に」
「……」
「挑発のために滅茶苦茶言ったけど、実は俺のほうが状況はずっと悪い。信用をなくしてる。ここから作家として再起するのは、ゼロから新人賞を取るより難しいだろうと思う。でも、俺はそれがしたいんだ」
「……」
「今度、そっちから遊びに来てくれよ」
「わかりました。また夜中にいきなりインターホン鳴らしますね」
「そうしてくれ」
晴れやかな気持ちで、俺は魔法陣に近づいていった。
「あ、勇者様。お土産です」
と、投げ渡されたのは、一見、ただの石ころだった。
「ふっふっふ。私が勇者様たちの世界でお金に困らなかった理由、まだ言ってませんでしたよね」
「まさか」
「そう、そのまさかです! こちらではなんてことのない石ころがそちらではレアメタルだったのです!」
「……」
「どうぞ遠慮なくお持ち帰りください。先立つものがないと作品も書けないでしょう?」
無駄に生々しい幕切れだな……なんて、野暮なことは思うまい。金がなきゃ生きていけないのは動かし難い真理である。
さて、現実に帰ったら、まず何をしよう。草薙さん探して謝ってバイト休んだこと星川さんに謝って改めて山田さんに謝って……いや、ひとまず今日のところは、新作の構想でも練ろうかな。
(了)
異世界に行ったら負けだと思ってる 森山智仁 @moriyama-tomohito
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
親を紹介された話/森山智仁
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます