11-1 指名の理由を言い当てた

 まさに彗星のごとく、魔王は空から降ってくるのだそうだ。

 空のどこかに現実世界と繋がっている「裂け目」がある。その「裂け目」はまるで意志があるかのように、現実世界で強い破壊衝動を抱えた人間を招き入れ、魔王化させる。

 多くの場合、魔王はその時点で孤立傾向にある国家に潜入して、内側から支配する。そうして拠点を確保したら、召喚魔法で軍隊を増強し、他国に侵攻する。

 魔王に対抗できる唯一の手段が「勇者」の召喚――現実との裂け目を地上に作る魔法――ということらしい。


 無人島で焚き火を囲んだ翌日、港湾都市リンドブルム。軍港を見下ろすリンドブルム城の作戦会議室で、俺は魔王軍からの「使節」として、リズ・フォン・マクノートから事のあらましを聞いた。

 そこへ、

「勇者様!」

 タイミングよく部屋に飛び込んできたのは、久方ぶりのココナ・フォン・ローエングリンであった。

「今は『勇者』じゃないぞ」

「そうでした。でも、またお会いできて嬉しいです」

「悪かった」

「? 何がです?」

「結局来るなら最初から来いよって話だよな」

「いえ、そんな! だって、今回は魔王軍に拉致されてこちらへいらしたんでしょう?」

「そうなんだけど、俺の意思でもあった。ココナたちの誘いを断ったあとに気が変わったんだ」

「なんと。それなら、もう少し粘っていればよかったですね」

「和んでいるところすまないが」

 と、リズ。

「今後の話をしたい」

 彼女の言うことはもっともである。魔王陣営が「現実世界からの助っ人(救世主)召喚」に成功したのは、長い歴史の中でも今回が初めてだという。独自に編み出したのか、あるいは召喚術を代々継承している貴族の誰かが裏切ったのか、いずれにせよ相当な脅威だ。

 現実世界から見ても、拉致被害者が際限なく増えることになりかねないのだから、他人事ではない。

 八坂と葛井は俺をリンドブルムに送り届けた後、すぐにまた出撃していった。

「すまん。のんびりしてられないのはわかってるんだが、もう一つだけいいか?」

 と、俺が許しを請うと、

「何だ?」

 と、リズは不満げに鼻を鳴らした。

「ココナ」

「はい」

「俺が『勇者』だっていう占いをしたのって、もしかしてお前の家族じゃないか?」

「え?」

「しかもその人は、占い師としての権威をなくしつつある。これはあくまで俺の想像だ。違ってたら言ってくれ」

「……」

「占いの結果を『実現』させることで、お前はその人の権威を回復したかったんじゃないか?」

 ココナは数秒間、黙って床を見つめた後、小さな声で「はい」と言った。

「その通りです。私がスギハラ様にこだわり続けていたのは、祖父のためです」

「……」

「占いがなかなか当たらなくなって、もう頭が半分ボケていても、私はおじいちゃん子でしたから、優しくしてくれた恩をいつか返したいと思っていました。私は個人の名誉のために効率を犠牲にしたんです。リズは今でも味方してくれていますが、私と祖父のことを悪く言う人は大勢います」

「じゃあ、そいつらに言ってやれ。じいさんの占いは当たってた」

「……?」

「俺を連れてこいっていうのは、魔王軍に拉致されることを見越してのことだったんだ。ココナにつきまとわれてなかったら、俺は何も知らずに『救世主』として侵略に加担してたかもしれない。いや、きっとそうなった」

「……」

「自慢していいよ。じいさんの言ったことは正しかったんだ」

 ココナは、

「ありがとうございます」

 と言って、弱々しく微笑んだ。

(間に合わなかったんだな)

 ココナの表情を見て、俺はそう思った。彼女の祖父はおそらく失意のうちに鬼籍に入られたのだろう。

 けれど、何もそこまで言い当てる必要はない。もし想像した通りなら、誉めたかった。それだけのことだ。

「悪かった、リズ。本題に戻ろう」

「わかった。それじゃあ、一番大事なことから訊く」

 リズは、切り替えが早く、物事の核心を躊躇なく突くことができる。人からはかわいげがないと言われそうだが、同僚になってほしいタイプだ。

「スギハラ、あんたはこれからどうするんだ?」

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