10-4 焚き火を囲んで語り合う
葛井・八坂・俺の三人で近くの無人島に移動。まだ陽は高かったが、気温がかなり低かったので、八坂の提案で焚き火を囲むことになった。この世界の「季節」はおおむね現実とリンクしているらしい。
俺と八坂で森に入り、枯れ枝を集める。こういう地味な作業に役立つスキルは特にない。
一方の葛井は【潜水】及び【狩猟】スキルを発動して海へ飛び込み、長い刀に新鮮な魚を何匹も刺して帰ってきた。
砂浜の上、パチパチと炎がはぜて、魚の表面がいい色に変わっていく。一同、言葉少なにそれを見つめる。
この絵だけを切り取れば、まさしく子供の頃に憧れた冒険の世界だ。しかし現状、冒険と呼ぶには事情が込み入りすぎている。
思ってたのと違う。大人になってみると、そんなことばっかりだ。逆に、思った通りだったことって何があっただろう。
火の中に枯れ枝を投げ込みながら、
「二作目はどうなったの?」
と、八坂が口を開いた。
「駄目だった」
と、俺は簡潔に答えた。バックレを白状する勇気はなかった。
「そっか」
「手紙読んだよ。八坂のせいじゃない」
「……」
「むしろ、俺が一冊でも本を出せたのは八坂のおかげだった。ありがとう」
「そう言ってもらえると嬉しいね」
二作目だの手紙だの、葛井が蚊帳の外に置かれた形になったが、その目は落ち着いて炎を見つめている。この成長した姿を親御さんに見せて差し上げたい。
親と言えば。
「葛井はこっちに来てから一度も現実には帰ってないのか?」
「うむ。しかし魔王を倒したら帰るつもりでござる。スキルは持ち帰れぬが、努力する面白さを学んだ。今ならば現実でも何とかやっていけそうな気がするでござる」
(偉い)
「それもこれも、八坂殿のおかげでござるがな」
「私は何もしてないよ」
「聞いてくだされ杉原殿。拙者、この世界に来て最初の頃はザコモンスターを狩って日銭を稼ぐというしょうもない暮らしをしていたのでござるが……ああ、そのあたりはココナ殿からお聞き及びでござろうか」
「うん、まぁな」
その話を聞いた時には、やっぱり駄目な奴はどこへ行っても駄目なんだと、妙な優越感を感じたりしていた。
「拙者、八坂殿のひたむきな姿に胸を打たれ、それまでの自分が恥ずかしくなったのでござる」
「それさー、結局、私が女子だからだよね? 女の子が戦ってるのに男が引っ込んでられるかってことでしょ? 別にいいんだけど、やっぱりちょっと腑に落ちないとこあるんだよね」
「確かに、杉原殿が頑張っておられる姿を見ても、奮い立ちはしなかったでござろうな」
「ほら」
「ご容赦くだされ、八坂殿。男というのは馬鹿な生き物なのでござるよ」
「陳腐なまとめ方だなあ」
「拙者は物書きではござらぬ故」
(おや)
噛み合っている、と感じた。
(もしかしてこの二人)
そんな場合ではないのだが、それを思わずにはいられなかった。
いや、でも、だったら何だ? 八坂のことは別れて二年後に吹っ切れている。新しい恋人ができようがどうなろうが俺には関係ない。手紙の最後の「土産話をしに行くよ」という一文にほのかな期待など抱いてはいない。
というか、俺よ。ココナと会えなくなったことに侘しさを感じていたんじゃなかったか。目先の女子の動向に振り回されて、情けないったらない。
ええい、よせよせ。戦争の話をしよう。
「そもそもの話になるんだが」
そう前置きした上で、
「魔王軍って、『悪』なのか?」
と、二人に対して訊いてみた。
「『悪』でござる」
と、葛井は即答した。そのまま戦闘に入っても構わないという、肝の座った声だった。
「杉原君はいつこっちに来たの?」
と、八坂。
「実は、まだ半日も経ってない」
俺がそう答えると、
「あ、そうだったんだ!」
と言って、八坂は目を丸くした。
「来ていきなりであんな風に立ち回れるなんてさすがだね。でも、そっか。来たばっかじゃ私たちが侵略してるみたいに見えるかもしれないね」
「いや、そうとまでは言ってない」
「拙者が来た時点では」
と、葛井。
「世界全体のおよそ7割が魔王軍に占領されていたでござる。さらに、拙者がだらだらしている間に8割近くにまで広がったでござる」
「今は私たちが押し返して、残り1割ぐらいになってるけどね」
「もともと魔王軍の領土だった、って土地はないのか?」
と俺が訊くと、八坂と葛井は目を見合わせた。
それから、八坂が言った。
「もしかして杉原君、魔王にはまだ会ってない?」
言われてみれば。
「会ってない。何者かだかも知らない」
「何者だと思う?」
「いや、八坂殿。ノーヒントすぎるでござろう」
「杉原君は勘がいいからわかるかもしれないよ」
もしかして。
「現実から来た人間か」
「おお、本当に当たったでござる」
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