10-3 足止めするのも一苦労
魔導装甲艦プレデターの甲板で、俺は【両手剣LV75】の海軍大佐を相手に、【両手剣LV99】の訓練をしてみた。
残念ながら、残り30分で使いこなせるとはとても思えなかった。LV99の動きをするのに必要な身体能力やコツが身についているという実感はあるのだが、自分の意思で操るにはやはりそれなりに時間をかけて慣らす必要があるようだ。
Fランお花畑の脳みそに天才の頭脳を外付けしてもいきなりプロ棋士に勝てるかみたいな話である。
同じ「現実出身」でも、向こうは豊富な実戦経験がある。しかも二人。まともに戦っても勝ち目はない。
といっても、勝つ必要はない。俺の顔や声に気づけば攻撃を中断してくれるはず。
だが、何しろ向こうは「敵地」を「高速」で移動しているのである。どうしても数秒は足止めをする必要がある。
(どうする)
残り10分で、俺はとにかく魔力の容量に物を言わせるという結論に至った。
戦艦を竜騎兵とを上下左右等間隔に並べ、その全員を対象に、最大まで【広域化】した【防御壁】を施す。と、およそ2キロ四方の巨大な壁ができあがった。 これで止まってくれることを祈るしかない。
銀髪のエルフ、フレイア特務官が叫んだ。
「前方から高エネルギー反応!」
げ。超長距離から撃ってきたか。八坂の奴、手紙じゃ「抵抗がある」とか言ってたくせにやる気満々じゃねーか。
水平線上で何かが光った――と思った次の瞬間には、戦艦一隻ほどもある葡萄色の【光弾】がもう壁に着弾していた。
「ぐ……!」
術者である俺に衝撃が走る。重い。どうにか受け切ったが、何発も撃ち込まれたらひとたまりもない。
「敵影を肉眼で確認! 単騎! 『侍』です!」
まだ豆粒ほどに見える距離だが、奴の一閃にこの壁が耐えられないことは察せられる。
「死んだほうが世の中のためでござる」とか言ってうじうじしていた廃課金のキモヲタがあんなに立派になって……と、個人的には感慨深い。
「ガロン大佐」
と、俺は先ほど訓練に付き合ってくれたヒゲのマッチョを呼んで、フレイアから恭しく授かったばかりの宝剣を投げ渡した。
「侍の一太刀目を止めてくれ」
「しかし、救世主様」
「俺よりあなたのほうが強い」
「……御意!」
飛竜にまたがった大佐に、ありったけの補助魔法をかける。
衝突まであと数秒。
「主砲発射用意」
さらに、疑問を差し挟む間を作らず、
「目標、勇者と侍の中間地点。水しぶきで二人を分断する」
と、指示する。
「了解」
と、フレイア。
「さすが救世主様ですわ!」
と、姫様。彼女は俺がこの世界に来てからほぼそのセリフしか言っていない。
葛井が、来た。ガロン大佐が打って出る。と、侍は垂直に軌道修正して、あくまで壁を壊そうとする。
(合わせろ!)
俺の願いが通じたのか、大佐も垂直に飛び上がって葛井を迎え撃つ。刀と宝剣が――ぶつかった。白い火花が弾ける。
「撃て!」
魔導装甲艦プレデターの主砲が低い弾道で飛び、海原を叩いた。盛大な水しぶき――いや、水の柱が、雲を濡らさんばかりの勢いで立つ。これで一瞬は八坂の接近が止まるはず。
(今だ)
スキル【飛翔】発動。最大速度で葛井に近づく。
鍔迫り合いの状態から、葛井がガロン大佐を蹴り飛ばした。その直後、
「葛井! 俺だ!」
と、力の限り叫んだ。
葛井がギョッとして俺を見た。
よし! 気づいてくれた。
「俺だ! 俺俺! 覚えてるだろ」
詐欺師のようなセリフになってしまったが、わざとではない。
「命の恩人のお顔を忘れはせぬ。杉原殿、お久しゅうござる」
そう言う葛井は陽に灼けて精悍な顔つきになっていた。もともと高身長だから漆黒の袴がよく似合っている。
「話がしたい」
と俺が言うと、葛井は、
「承知」
と言って、馬首を返した。
八坂は水柱の陰で虎視眈々と【光弾】の溜めを行っていたが、葛井の呼びかけにより、すんでのところで発射は中止された。
俺はプレデターの面々に、
「じゃあ、あとは頼む」
と言った。
3日以内に魔王軍に戻ると約束している。何の保証もできないが、信じてもらうしかない。
ガロン大佐が「どうかご無事で」と言って敬礼した。フレイア特務官は黙って敬礼した。
姫様は不安そうに俺を見ている。偶然とは言え、敵方の内通者を連れてきてしまったと見なされて、彼女は責任を問われるかもしれない。
召喚してくれた陣営を軽々に裏切るつもりはない。どうにか講和の糸口がつかめればいいが。
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