10-1 何やら様子がおかしいぞ

 気を失ってすぐに目覚めた。と言っても、ゲームしながら寝落ちかけて起きたみたいなアレではなくて、ちゃんと寝て超熟睡してスパッと目覚めた感じだ。

 明らかに、いや、ちょっと怖いぐらいに体が軽い。まだ何もしていないのに全能感がある。スミノフ粒子とやらの濃度差のせいだろう。

「私たちの世界へようこそ、救世主様」

 と、透き通った女性の声。

 救世主? 勇者じゃなくて? まぁ呼び名は何でもいい。

 さらば現実。よろしく異世界。望んだ通りに離脱できたんだから、このままどんどん逃げまくってやる。

 どうせ元の俺は負け犬ですよーだ。こっちでハーレム作って楽しく暮らすんだもーん。

「さぁ救世主様、王家に伝わる宝剣をお取りください」

 剣? うん、まぁ、くれるっていうなら取るんだけど、ちょっと待って。まだ目が見えてないんだ。

 おかしいな。意識ははっきりしてて、耳もばっちり聞こえてるんだけど、なんで目だけ?

「救世主様?」

 だからちょっと待てって。

 ん? あ、これ、もしかして……


 ・スキル【トラップサーチ】が習得可能になりました。

 ・スキル【片手剣LV12】が習得可能になりました。

 ・スキル【物理防御LV35】が習得可能になりました。

 ・スキル【アバターチェンジ】が習得可能になりました。

 ・スキル【赤竜破】が習得可能になりました。

 ・スキル【回避カウンター70%】が習得可能になりました。

 ・スキル……


 習得可能スキルの新着通知で視界が覆われていたというまさかの事態。ニコ動で言うところの弾幕である。

 こんなにバカスカ習得可能になるということは、ほとんどのスキルの解放条件が「魔力の現在値」に設定されているということだろう。俺がここへ来て得たものと言えばまだそれだけだからだ。

「あのー、救世主様」

「静かにしろ。気分が優れぬ……」

 つい口が滑って、永き封印から解かれたばかりの龍みたいなことを言ってしまった。

 これが現実ならドン引かれ間違いなしだが、周囲から「おおっ」という肯定的などよめきが聞こえた。人が大勢いるのか。

 俺有名人じゃん。それにしても通知が止まらん。

(初めて来た奴ってみんなこうなるのか?)

 いや……違う。

 俺は現実世界で一足先にコマンド画面を与えられていた。普通、こうはならないはずなんだ。

 そこにいる(らしい)女性は、口ぶりからして、俺の弾幕状態に気づいていない。ってことは、俺が「以前ココナに勧誘されていた人間」だと知らずに連れてきたってことになる。使者同士の連携がうまくいっていないのだろうか。

(お)

 ようやく視界が晴れてきた。

 目の前にいたのは銀髪のエルフだった。美女だったことにはいちいち驚かない。どうせこの世界には美形しかいないのだ。

「救世主様、どうか私たちの世界をお救いください」

「よかろう」

 と重々しく言って、エルフから剣を受け取る。もうこの厨二キャラでいっちまえ。

 周囲からの野太い歓声に続いて、聞き覚えのあるソプラノが背後から聞こえてきた。

「この状況に動じないなんて、さすが救世主様ですわ!」

 俺を気絶させて拉致した巫女さんは、何やら手間のかかりそうなお団子ヘアにピンクのドレスという、いかにもお嬢様風の装いになっていた。

「姫様のおっしゃる通りだ」

 と、誰かが言った。

「並の人間ならさぞかし動揺するはず」

「動揺どころではない。動転だ」

「腰を抜かしてもおかしくないぞ」

「俺なら失禁するかもしれん」

「救世主様の適応力ハンパねえ」

 救世主!

 救世主!

 巻き起こる救世主コール。バカバカしいが、正直、気持ちいい。

「それでは救世主様、秘められた力の解放をお手伝い致します。あちらの魔法陣へお乗りください」

 と、エルフが示した先には、いつだったか玄関先に描かれていたのと同じ魔法陣があった。なるほど、通常はここでコマンドが見えるようになるってわけだ。

 省略してもよかったが、とりあえず手順に従おう。以前から身につけていたことがバレたら話がややこしくなる気がする。

 というわけで、魔法陣に乗る。


  通知「あなたもう見えてますやん」


 なんで急にフランクになった?

 まぁいい。えーと、スキルの習得にはSPを割り振るのか。オーソドックスだな。

「いかがですか?」

 と、エルフ。

 俺は返事をする代わりに、【飛翔】スキルを使ってみた。

 ふわり。おお、飛べる飛べる。

「何の説明もなしにスキルをお使いになるなんて、さすが救世主様ですわ!」

 再び巻き起こる救世主コール。

 この時俺は、名実共に浮かれていた。

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