9-4 ブン殴られても仕方ない

 手紙を読み終えて呆然としているところへ、

「何してるんだい?」

 背後から突然声をかけられた。

 振り向くと、

(ついにこの日が……!)

 山田太郎さんがそこに立っていた。

「通りで君を見かけてね、あとをつけさせてもらったんだ。今何してるの? 宝探しゴッコかな?」

「あ、いや、えっと……」

「あー、いい、いい。一切口を開かないでくれ。僕が一方的に喋るから」

 こ、怖い。以前はかっこよく見えてきた胸筋に、今は凄まじい圧力を感じる。

「実のところ珍しくないんだよ、作家が急に消えることは。特にライトノベルの作家は精神的に未熟な人も多いから」

「……」

「でも、いくらよくあることだからって、平気なわけじゃない。損失は大きいよ。僕が今まで君のために使ってきた時間とコーヒー代は全部無駄になったわけだ」

「……」

「まさか、ないとは思うけど、一応警告しとく。また出版の世界に来ようとしても無駄だよ。一度バックれた奴の噂はすぐに広まる。っていうか、ブラックリストがシェアされてるんだ。仮に君が今後、元・杉原一馬であることを巧みに隠して運良く他社の新人賞を取ったとしても、賞金だけポンと出て、二作目の話は来ないだろう。面影が完全に消えるほど整形すればバレずに済むかもしれないけどね」

「……」

「それにしても、さすがに意外だった。あんなに現実逃避を否定してたくせにいきなり逃げるなんてね。事故にでも遭ったんじゃないかと心配したよ。君のバイト先に様子を見に行って、何だ、いるじゃん、ってなったわけだ」

「あの、本当にすいま」

 山田さんは左の掌をずいと前に出して俺の言葉を遮り、

「口を開くなと言っただろう。暴力を振るいたくなっちゃうじゃないか」

 と言って、艶やかに微笑んだ。

 いっそ殴られてしまおうかと思った。何の解決にもならないけど。殴られても仕方ないぐらいのことを確かに俺はしたのだから。

 その時、

「どうかなさいましたか?」

 と言って現れたのは、ウェーブのかかった金髪の巫女さんだった。手には竹ぼうき。不穏な空気を感じて声をかけてくれたようだ。

 山田さんは、

「ああ、すいません。何でもないんです。それじゃ、僕はこれで」

 と言って、くるりと僕に背を向けた。

 そして、去っていく途中、顔半分だけ振り向いて、

「本当に残念だった」

 と言った。

 壊れてしまうんじゃないかというほど胸が痛んで、俺は深々と頭を下げた。


「大丈夫でしたか?」

 と、巫女さん。

 もうすっかり見慣れていて特に意識していなかったが、実はこの人の頭上にもクエストのサインが出ている。ご尊顔は北欧の血が入っていそうな美形。まるで外国人美少女が巫女さんのコスプレをしているかのようだ。

「大丈夫です。本当にただ、雑談をしていただけなんで」

「そうなのですか?」

「はい。それじゃあ、僕もこれで」

「お待ちください! よろしければ、事情を聞かせていただけませんか?」

「……」

 え? いや、心配してくれるのはありがたいが、会ったばかりの巫女さんに話すようなことじゃない。

「私、神様に仕える者として、人々を救いたいと常日頃願っているのです。雨の日も風の日も。病める時も健やかなる時も」

(お、おう)

「どうかお聞かせください。話すだけでも幾分か心が軽くなるはずですから」

 ちょっと押しつけがましいものも感じたが、俺は少しだけ話を聞いてもらうことにした。

 このまま帰ってもつらい。八坂からの手紙の内容はまだ消化しきれていないが、とにかく異世界を救済するという役目はもう彼女が果たしてしまうということであり、本屋が残り3ヶ月ちょいで潰れ、作家としての再起は絶望的だという現実は何も変わらない。

 濡れ縁に並んで腰掛け、話した。無論、異世界だの何だのという部分は省略している。ライトノベル作家として一発屋で終わってしまったという話をした。

「まぁ、それはお気の毒に……」

 巫女さんは親身になって聞いてくれたので、だいぶ救われた。声に出して話すと確かに楽になる。いつでも話せる友達がいる人が羨ましい。

「もうやり直すことはできないのですか?」

「そうですね……ほぼほぼ、無理だと思います」

「まぁ……」

「こうなったらもう、全部放り出して、どっか行っちゃいたいですね」

 死にたい、とは言わなかった。そんな勇気がないことはよくわかっている。

「どこか、とおっしゃいますと?」

「どこでもいいです」

「では、連れていって差し上げましょうか?」

「……?」

 頭がオートでフル回転する。

(あもしかしてこの子異世界からの第三の使者ってことかそいつぁ渡りに船だけど何も準備してなかった急にいなくなったら本屋に迷惑かかるし家賃の支払い)

 がっっ

 と、後頭部に激痛が入った。急激に意識が遠のいていく。

(ええーそんな手荒な真似せんでも大人しく行くのにまぁいいやもうどうだって山田さんすいませんでした星川さんごめんなさ)

 思考はそこで途絶えた。

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